感情や行動、健康までも左右する「脳」。世界各国の脳科学者によって日々新たな発見が続いている。例えば父親のストレスと、子どもの性格や「脳」との関係。精子を通じて遺伝していくその驚きのメカニズムとは? 日経ビジネス人文庫『最新研究でわかった!くじけない脳のつくり方』(毛内拡著)から抜粋・再構成してお届けする。
子育ての新常識「脳科学」
誰しも一度は「我が子を天才に育てたい」と願うものです。しかし、いざ子育てとなると、育児書やインターネット、SNS(交流サイト)などに情報があふれかえり、どれを信じればいいのかわからなくなってしまいます。
早期教育か、自然な成長に任せるべきか、それとも…。
そんな悩める親たちの指針となるのが、「脳科学」という確かな知見です。
AI(人工知能)時代において求められる能力は、単なる知識の多さや計算の速さではありません。
検索すればすぐに答えが得られるこの時代に本当に必要なのは、「考え続ける力」や「立ち直る力」。
つまり、困難にぶつかっても投げ出さずに試行錯誤を続ける“脳の持久力”と、失敗しても再び立ち上がる回復力。
これらは総じて「非認知能力」と呼ばれています。これが「くじけない脳」なのです。
「くじけない脳」は鍛えられる
非認知能力は、IQのようにテストで数値化される「認知能力」とは異なり、見えにくく評価しづらいものです。
しかし、近年の脳科学の研究では、この非認知能力こそが、人生の満足度や成功、幸福感といった長期的な成果に強く関わることが示されてきました。
例えば、脳の前頭前野は「我慢する力」や「計画する力」を司(つかさど)る場所ですが、この領域は乳幼児期から思春期にかけて急速に発達します。
適度な挑戦と成功体験、失敗からの回復経験を通じて、神経回路は強化され、より柔軟でしなやかな脳が育ちます。
言い換えれば、「くじけない脳」は“鍛える”ことができるのです。
親がすべきことは、子どもを「結果で評価」するのではなく、「努力のプロセス」に注目し、適切にフィードバックすること。小さな成功を積み重ねながら、自信と自己効力感を育んでいくことが、脳の成長においてきわめて重要です。
脳科学のエビデンスに支えられた子育ては、不安を減らし、親自身にも安心感をもたらします。
我が子にとって、点数では測れない豊かな人生をプレゼントするために、まずは「脳の仕組み」を知ることから始めてみましょう。
子どもの性格を決めるのは遺伝情報?
父親のストレスはその生殖細胞に長期的な変化を引き起こし、世代を超えて気質や身体的な特徴などの遺伝的な変化を子に引き起こす可能性があることがわかっています。
しかし、これまで、父親のストレスが子どもに影響を与える理由として、精子そのものが遺伝情報を伝達する「生まれ」の問題か、それとも生後に子育てなどによって親の行動が影響を及ぼす「育ち」の問題なのかは明らかになっていませんでした。
精子を介して子に伝わるストレス耐性
アメリカ・マウントサイナイ医科大学の研究者らは、普通のマウスを攻撃的なマウスと同居させることで、慢性的な社会的敗北ストレスを与え、観察した結果から「ストレスからの回復力が強いグループ」と「ストレスからの回復力が弱いグループ」に分類しました。
そして双方のグループに子孫をつくらせ、生まれてきた子マウスのストレス耐性を調査した結果、ストレスを受けた父親から生まれた子どもには、父親が怒りっぽければ怒りっぽく、怯(おび)えているようならば不安が強いというような、父親の気質に依存した違いが生じることが明らかになりました。
さらに、この事実は人工授精によっても確かめられたことから、精子が媒介すると考えることができます。
父親が日々の生活で直面するストレスとその対処が、自己の「くじけない脳」を構築するための鍵となり、その精神的状態が遺伝子レベルで子どもに影響を及ぼす可能性があるということです。
父親の「ストレス管理」が大事
次に、ストレス後の父親マウスの精子の遺伝子配列を調べた結果、ストレスに弱いマウスでは1460個の遺伝子が変化したのに対して、回復力のあるマウスでは62個の遺伝子しか変化していませんでした。
ストレスからの回復力が弱い父親の精子では、特に、「長鎖ノンコーディングRNA」によるタンパク質コード遺伝子の制御が失われていることが明らかになりました。
これは、遺伝子の活性度を制御する遺伝子の一種として知られているものです。
これらの結果から、ストレスによって精子の遺伝子配列が変化することで、父親がそのとき置かれていたストレスなどの環境情報を子孫に伝達している可能性が考えられます。
ということは、父親が日常生活で十分な睡眠やバランスの取れた食事、定期的な運動、瞑想(めいそう)などのリラクゼーションを取り入れ、健全なストレス管理を実践することで自らの「くじけない脳」を育めば、その強靭(きょうじん)な精神状態が遺伝的な影響として子どもに伝わり、結果、将来的な不安障害やうつ病などのリスク低減に寄与する可能性があるのです。
Cunningham, A. M. et al. Sperm transcriptional state associated with paternal transmission of stress phenotypes. J. Neurosci., 41(29):6202-6216. (2021)
『 最新研究でわかった!くじけない脳のつくり方 』
実はちょっとおバカで憎めない。驚異の再生力と柔軟性がある…のが脳の正体。その意外な特性や驚きの真実を、気鋭の脳科学者が最新研究とユニークなエピソードから解説。楽しく読めて役に立つ1冊です。
毛内拡著/日本経済新聞出版/880円(税込み)

