仕事ではスケジュール管理や需要予測・予算の達成率など、日常生活では体重やお金のやりくりなど、「間違えた」「読みが甘かった…」ということはありませんか? データを見て決めたことでも「こんなはずじゃなかったのに」となることも珍しくありません。『THIRD MILLENNIUM THINKING アメリカ最高峰大学の人気講義 1000年古びない思考が身につく』(ソール・パールマッター、ジョン・キャンベル、ロバート・マクーン著/花塚恵訳/日経BP)から、ノーベル賞受賞の天才が考案し、UCバークレー、ハーバード大学、シカゴ大学、フンボルト大学をはじめとする欧米の最高峰の大学で学ばれている科学的思考法を紹介します。4回目は、科学者たちのエラーの防ぎ方と、直感的にエラーを理解する方法。
不確かさの原因に気づく感覚を磨くには
地球の温度変化の測定値に系統的な偏りを発生させうるさまざまな原因を特定する事例から、偏りを生じさせる原因に対処する方法はひとつではないとわかる。測定値に生じた偏りを相殺できることもあれば、系統的な偏りの影響を測定し、扱いが容易な統計的不確かさに変えられるケースもある。
また、ここでは例示しなかったが、系統的な偏りが測定値に及ぼす影響の規模が、それほど大きなものではないと証明するだけでいい場合もある。系統的不確かさの原因となりうるものを“見つけ出しさえすれば”、それらについて研究し、影響を明らかにできる。
だからこそ、科学者はつねづね、不確かさの原因となりそうなものに気づく感覚を磨くためだけに多くの修練をこなし、さらには、一つひとつの不確かさに見合った扱い方やバランスのとり方、測り方を考案し、測った値に不確かな部分が多すぎて判断材料にできない、ということがないようにしなければならない。
本書の後半では、意見を異にする人々と連携することの大切さについて論じる。大切である理由はいろいろあるが、何と言っても、異を唱える人の立場になってみると、系統的不確かさの原因となりうるものが格段に目に入りやすくなる! 自分が測定した値を歪曲しかねない系統的不確かさを探すときは、その測定値に疑問を呈しそうな人々に声をかけることを推奨したい(気は進まないかもしれないが)。
互いの研究に目を通して厳しく批判し合うという科学者の伝統は、系統的不確かさ探しにとって最善のアプローチとなるものであり、不確かさを探すためのどんな修練より重要なのだ。
よりよい意思決定をするための科学的思考
系統的な偏りの問題に慣れてくると、自分が決断を下すときに参照するエビデンスのなかに系統的な偏りが潜んでいないか探すようになる(たとえば、上司から自分の書いたものを批判的に手直しされたことや、自分の提案に部分的に反対されたことは強く印象に残るが、上司が自分の仕事をすんなりと認めたことはあまり印象に残らない。このような系統的な偏りが自己評価の根拠に含まれれば、自分はこの仕事に向いていないと誤解して別の仕事を探し始めるかもしれない)。
ただし、科学の世界の外で、異論を唱える人や系統的な偏りを探すのに協力してくれる人を探すのは本当に大変だ(この場合の「偏り」には、バイアスの偏見という意味も含まれる)。
今後、科学の研究結果にもとづいて決断を下す必要があるとき、たとえば摂取する薬をどれにするか選ぶときや、天然ガス開発のためのフラッキング(岩盤に割れ目をつくって大量の化学物質と水を流し込む、環境汚染が懸念される採掘法)の活用に賛成するかどうかを決めるときは、研究のなかで系統的不確かさがどの程度模索されたか確かめるくらい敏感になってもらいたい。
そういう意味では、薬や開発に反対の立場の人やライバル関係にある人たちが、系統的不確かさについて調べたかどうかも情報として欲しいところだ。そして自らの科学的発見について説明する専門家には、そうした疑問にすべて答えると期待したい。
2種類の不確かさを感覚的に理解するための「ダーツ」
ここまでで見てきた、統計的不確かさと系統的不確かさの違いを明確にし、覚えやすくするためによく使用される象徴的な図がある。
何かの量を測定する試みをダーツに喩えると、1本1本の矢は実施した測定に相当し、ボード中央の二重円「ブル」を中心とした矢の散らばり具合は、測定の不確かさを表す。ブルという「真の値」からどれほど遠ざかっているかが、不確かさの度合いを表しているのだ。
もうおわかりのように、真の値から外れる測定値には2種類あり、正解の周辺にランダムに広がる(統計的不確かさ)か、正解からどこか一方向に外れる(系統的不確かさ)かのどちらかになる。
ダーツの場合、前者の統計的不確かさは、ブルの周辺に矢が何本も刺さっている状態を表し、後者の系統的不確かさは、ブルを外れたどこか一方向に固まって矢が刺さっている状態を表す。統計的不確かさが強いほど、矢が刺さる範囲がブルを中心に広がり、系統的不確かさが強いほど、固まって刺さる矢全体の位置がブルから遠ざかる。もちろん、測定時にはたいていどちらの種類のエラーも同時に起こるので、ダーツの矢はあちこちに散らばる(統計的不確かさ)“とともに”、刺さった矢の群れの中心は、ブルからずれる(系統的不確かさ)。
次のダーツの図は、2種類の不確かさの配分に応じた4つのパターンの測定結果を表す[※注1]。
2種類の不確かさの違いを理解するうえで、これほどわかりやすい図はほかにないように思う。
ついでに、ダーツを使って専門用語もいくつか紹介しておこう。ボードの下部などに矢が密集して刺さっている状態は「分散が小さい」と表現されるが、上の右側の図のようにブルを中心にして矢の群れができれば、「偏りが小さい」とみなされる。
エビデンスはひとつだけでは物足りない
これから系統的不確かさと呼ばれるものと向き合っていかねばならず、それより扱いやすいとはいえ、統計的不確かさというものもあると知り、不安に駆られた人もいるだろう。しかも、系統的不確かさという代物は、扱いがひどく複雑そうに思える。
自分が騙されてもおかしくない手段や状況を思いつく限りあげてもなお、すべてを見つけ出せたかどうかを確かめる術はないというのだから! おまけに、私たち人間に特有のバイアスのせいで生じる系統的なエラーまである。
混乱してパニックに陥って、「測定にもとづいて下された決断なんて、二度と信用するものか!」とならないように、ここで科学的思考に目を向けよう。それによって冷静さを取り戻し、そういう不確かさに対処できるという自信をつけてほしい。最初に見ていくのは「トライアンギュレーション」の活用だ。
第2章の後半で、複数の道具――複数の感覚器官の強化も含む――を使い、ひとつの道具だけで見える姿より鮮明に現実をとらえることを「トライアンギュレーション」と呼ぶと説明した。不確かさを解明するにあたってこのトライアンギュレーションを用いると、さらなるメリットが生まれる。
明確に異なる複数の方法で測定を行えば、測定方法に応じてさまざまな系統的不確かさが生じる。それに、異なる方法で同じ結果を得られた場合、異なる系統的不確かさのすべてが「共謀」し、同じ方向に歪んだ(正しくない)結果をもたらしたとは考えづらい。
たとえば、市長選挙を控えた都市に住む有権者の投票意思を測定することになったとしよう。そして、有権者のランダムなサンプルを大量に集めることに成功し、統計的不確かさは少ないと強い確信を得た[※注2]。
ただし、先にも紹介した2種類の系統的不確かさ――印字されたリストでは最初に記された氏名を選び、口頭で告げられた場合は最後に耳にした氏名を選ぶバイアス――に対する懸念があった。だがそこで、半数の調査は電話を使って口頭で尋ね、残る半数はインターネットを使って記述方式で行えば、トライアンギュレーションによって2種類の系統的不確かさを浮き彫りにできる。2種類の投票方式からは、それぞれ異なる系統的不確かさが生まれるからだ。
そして両方の投票方式の結果が同じなら、どちらの系統的不確かさも重要でないとの確信が持てる。結果が同じでない場合は、結果の異なり具合を通じて、それぞれの系統的不確かさがどれくらいの規模で影響を及ぼしているかを推定すればいい。
なぜ「科学者以外」の人にも科学的思考が必要なのか?
トライアンギュレーションという重要な科学的思考のひとつを掘り下げて、統計的不確かさや系統的不確かさの原因となりうるものを確かめたところで、全体の話に戻そう。
不確かさを生み出すものを模索する必要があるのは、意思決定に不確かさの影響が及ぶのをうまく抑えるためである。私たちが共有する現実を観測しやすくする目的で測定が実施され、その結果にもとづいて決断を下そうとすれば、どうしても不確かさの影響が及ぶ。
このパート2では、そういう「現実にもとづく」意思決定は、現実を蓋然的に理解する力に左右されるということを見てきた。問題の解決や世界を変えるために必要な「因果のレバー」を見つけ出すテクニックについて紹介したパート1、そして、因果の要素、確率、系統的不確かさの原因、検出の基準などで頭がいっぱいになっていても、落ち着いて行動し、結果を出していくための科学の秘密兵器を述べたパート3と合わせて、科学的思考をさまざまな場面で役立ててほしい。
※注2 統計的不確かさについて調べる場合、サンプルの規模は望ましい信頼区間と受け入れられるエラーバーの範囲によって決まる。たとえば、人口20万の都市で投票すると思われる人数を把握するとなれば、世論調査の結果の数値が誤差2パーセント以内に収まると95パーセント信頼できるようになるためには、約2400人に意見を聞く必要がある。
ソール・パールマッター、ジョン・キャンベル、ロバート・マクーン著/花塚恵訳/日経BP/2420円(税込み)


