売り上げが伸びれば「取り組みが当たった」と思い、落ちれば「運が悪かった」と考える。私たちは日々、ごく自然に直感で判断しています。けれど、その直感は驚くほどあてになりません。しかも厄介なのは、知識が乏しいほど自分ではかなり正しいと思ってしまう性質が人にはあることです。思い込みに惑わされないようにするための経済学の仕組みとは? 『原因と結果を武器にする思考』(安井翔太、伊藤寛武、金子雄祐著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けします。
合理的なはずの人間がなぜ間違えるのか
わざわざ言うほどのことではありませんが、「こうではないか」「きっとこうだ」といった私たちの思いつきや直感はよく間違います。ランチの店選びなら大した問題にはなりません。しかし、ビジネス上の重要な意思決定となると話は別です。それほどまでに、私たちの直感は頻繁に間違えます。
元凶は、「認知バイアス」です。認知バイアスとは、無意識のうちに思考や判断を歪(ゆが)める癖のことを指します。詳しくは専門的な本に譲りますが、私たちは多くの認知バイアスの影響を受けます。自分の信念に合う情報ばかり目に入る「確証バイアス」や成功例だけを見て失敗例を無視する「生存者バイアス」。こうした思考の癖が、私たちの判断を系統的に歪めます。
『 FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣 』(ハンス・ロスリング、オーラ・ロスリング、アンナ・ロスリング・ロンランド著/上杉周作、関美和訳/日経BP)では、冒頭で世界にまつわる基本的な事実についてのクイズが出題されます(※1)。「世界の人口のうち、極度の貧困状態にある人の割合は?」「世界中の1歳児のうち、なんらかの予防接種を受けている子どもの割合は?」といった問題です。
そして、そのクイズの一般的な正答率はチンパンジーがランダムに選んだ場合よりも低いという事実が明かされます(注1)。つまり、問題は無知ではなく、何らかの思い込みです。認知バイアスの影響のもとで、「自信満々に間違えている」のです。
知識が乏しいほど自信満々になってしまう理由
さらに厄介なのは、自分がどれほど知らないかすら把握できていないことです(※2)。知識が乏しい人ほど自分の能力を過大評価する傾向にあり、経験が豊富な人ほど自分の限界を自覚して謙虚になる、皮肉な傾向があります(ダニング=クルーガー効果)。直感は「分かった!」という確信を私たちに与えてくれます。しかしその確信こそが、正しい判断から私たちを遠ざけます。
こうした認知バイアスは、効果の推測においても私たちを惑わせます。クーポンを配布する施策を行い、売り上げが大きく跳ね上がったとしましょう。施策の可能性を信じる担当者は「やっぱりだ!」と確信を深めます。
しかし、その後、売り上げがもとに戻ってしまったとき、どうなるでしょうか。担当者は「本当はクーポンは効いているのだが、他の要因で相殺されたのだ」とか、なんとか最初の確信を擁護する方針で考えてしまうものでしょう。
ここで本来必要なのは「クーポンがなかったらどうなっていたか」と反実仮想(編集注:実際には起きなかったケースにおける結果)を問い、検証することです。しかし、すでに確証バイアスにとらわれた私たちには、「効果があった」という思いをいったん手放して問い直すこと自体が難しすぎます。
広告が増えたら「有料会員が減る」のは当たり前か
誤った見解を導き出してしまうのは私たちの認知バイアスだけではありません。データもまた同様です。
せっかくなので、1つ事例を紹介しましょう。音楽ストリーミングサービスPandoraは、2014年から21カ月間、約3500万人のユーザーを対象にサービス内で表示する広告量を変える大規模なA/Bテストを行いました(※3)。
テーマは「広告量が増えたら、ユーザー行動にどう影響するか」です。研究者たちは実験と並行して、「もし実験をしない状態で分析したらどうなるか」も検証しました。表示された広告量ごとにユーザーの行動を比較する分析を行ったのです。
すると、表示された広告量が増えると有料会員が減るという結果となりました。これは「広告でイライラした人はサービス自体を嫌いになり、課金もしなくなる」とでも言えるような結果で、広告のことが嫌いな多くの人の溜飲(りゅういん)を下げるような結果でしょう。
「数字は嘘をつかない」という格言の危うさ
しかし、広告量を変えるA/Bテストにまつわる実験の結論は真逆でした。広告が増えると有料会員はむしろ増えていたのです。正確には、若い人の間ではPandoraから他の音楽サービスに乗り換える人が増える一方で、年配層では有料会員が増えた、という複雑な結果でした。しかし、全体としては広告量の増加は有料会員の増加に寄与していたのです。

なぜ実験なしの分析は間違っていたのでしょうか。広告を多く見る人、つまり無料で長時間使う人は、もともと課金する気がない人々であり、「広告を多く見た人」と「広告を少なく見た人」の単純な比較では、ユーザーの性質と広告の効果がごちゃ混ぜになってしまっていたのです。このように、A/Bテストをしていないデータを分析しても、正しい反実仮想の推測にはたどり着けないことはよくあります。
「数字は嘘をつかない」とよく言いますが、それは読み手である私たちに正しいリテラシーがある場合に成立する言葉です。データがあっても、適切な比較をしなければ、正しい答えにはたどり着けません。正しい分析が伴わなければ、数字はいとも簡単に私たちを騙(だま)します。
注1 「チンパンジークイズ」と本の中では呼ばれています。三択問題なのでランダムに選べば約33%の正答率になりますが、人間の正答率はそれを下回りました。つまり、何も知らないより悪い結果だったのです。
※1 Rosling, H., Rosling, O., & Rönnlund, A. R.(2018). Factfulness: Ten Reasons We’re Wrong about the World――and Why Things Are Better than You Think. Flatiron Books.(上杉周作、関美和訳[2019]『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』日経BP)
※2 スティーブン・スローマン、フィリップ・ファーンバック、土方奈美訳(2018)『知ってるつもり 無知の科学』早川書房
※3 Goli, A., Huang, J., Reiley, D., et al.(2025). Measuring Consumer Sensitivity to Audio Advertising: A Long-Run Field Experiment on Pandora Internet Radio. Quantitative Marketing and Economics, 23(3): 347‒377.
安井翔太、伊藤寛武、金子雄祐著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)
