『進撃の巨人』(エレン・イェーガー役)や『七つの大罪』(メリオダス役)、『からかい上手の高木さん』(西片役)など、数多くの人気アニメや吹替えで活躍する、実力派声優の梶裕貴さん。

 日経BOOKプラスでは、そんな梶さんに、3冊のビジネス書の朗読をオファー。さらに、梶さんが大切にしている本を紹介してもらった。

声優・梶裕貴が朗読する『天才を殺す凡人』 【音声】

 「刺激をもらったり、影響を受けたりした本はたくさんあるのですが…今回は自分の人生にとって“ターニングポイントになった本”を選びました」と2冊の本を手にしながら、穏やかに言葉を紡いでいく。

 「僕は、声優になりたいと思った中学時代から今に至るまで、ずっと“声優”のことだけを考えて生きてきた人間。なので、どうしても日常生活から切り離せなくて(笑)」。そんな言葉通り、“声優・梶裕貴”の原点ともいえる本のエピソードを語ってくれた。

母から届いた、思い出の動画

 絵本 『アレクサンダとぜんまいねずみ』 (レオ・レオニ作・絵、谷川 俊太郎訳、好学社)は、嫌われ者のねずみのアレクサンダと、人間からかわいがられているぜんまいねずみのウイリーとの友情を描いた物語。哲学的・道徳的でありながら、とても人間味があふれるストーリーで、ただ明るく楽しいだけではなく、哀愁すらも感じさせてくれる絵本です。

『スイミー』や『フレデリック』『あおくんときいろちゃん』などで知られる、世界的な絵本作家レオ・レオニが、1969年に発表した作品。日本語版の翻訳は、谷川俊太郎が手掛けている。温かみのある絵と深いストーリーで、世界中で愛され続けている名作絵本
『スイミー』や『フレデリック』『あおくんときいろちゃん』などで知られる、世界的な絵本作家レオ・レオニが、1969年に発表した作品。日本語版の翻訳は、谷川俊太郎が手掛けている。温かみのある絵と深いストーリーで、世界中で愛され続けている名作絵本
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 この作品と出合ったのは、僕が8歳の頃。小学校の国語の教科書に掲載されていたんです。家族に音読を聞いてもらうという宿題があり、当時、よく母の前で読んでいましたね。それを聞いた母が褒めてくれていたことは、自分にとって、とても大きな成功体験でした。

 あれは2021年の年末のこと。母から、家庭用のビデオカメラで撮影した1本の動画が送られてきました。

 そこに映っていたのは、なんと8歳の僕が『アレクサンダとぜんまいねずみ』を音読している姿。見てみると、ただ教科書を読むだけでなく、しっかりと表情まで作ってお芝居している自分の姿が(笑)。どこか今と通じる部分があるな…とも感じましたね。

 今は、スマホ1つあれば、誰でも気軽に動画や音声を記録できる時代。でも、僕が子どもの頃は、まだスマホもパソコンもありません。家庭用のビデオカメラがあったとしても、旅行や運動会といった、特別なイベントごとくらいでしか撮影する機会はなかった時代です。持ち運ぶには重いし大きいし、フィルムも高価でしたからね。にもかかわらず、“音読の宿題をしている息子の姿”という、日常生活の何気ないワンシーンを映像に残しておいてくれたことが、純粋にうれしかったですね。

 なぜなら、声優である僕にとって、ある意味原点ともいえる動画ですから。

「自分のYouTubeにも動画をアップし、シェアしています」
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リアクションがうれしくて

 8歳の僕は、国語の授業を頑張るのが好きな子どもでした。そうなったきっかけは、母が音読をすごく褒めてくれたから(笑)。学校の先生やクラスメイトはもちろんのこと、母にも喜んでほしい、楽しんでほしいという気持ちが生まれて、より一層頑張ることができたんです。

 つまりは、本を読むこと自体が面白いというよりも、自分が読むことで周りの人からリアクションをもらえることがうれしかったんですよね。なので、「どう読んだら、みんなに驚いてもらえるかな?」と、子どもながらに考えながら練習していた気がします。「何か1つのものごとにハマると、『それしかしたくない!』 という極端な子どもだったので、読書にハマった時期なんかは図書室に入り浸っていました。雨の日は校庭では遊べないけれど、図書室で本を開けば、こんなにも自由にいろいろな世界に行けるんだ!という喜びがありましたね。

 幼い頃から恥ずかしがり屋な性格の僕でしたが、授業で音読することへの照れや恥ずかしさはありませんでした。中学時代には、もう声優を目指していたこともあって、「人前で何か表現をすることを、いちいち恥ずかしがっていてはダメだ!」と思うようにもなっていましたね。

 今思えば…もしかすると、母がこの本の音読を褒めてくれた経験が、自分の“声優人生”のスタート地点だったのかもしれません。

「当時、小学校の図書室で人気だったのは、『となりのせきのますだくん』や『かいけつゾロリシリーズ』(ともにポプラ社)、『かぎばあさんシリーズ』(岩崎書店)など。人気の本はいつも貸出中だったので、やっと自分の順番が回ってきたときはすごくうれしかったです。何回も借りたのは『どろんここぶた』(文化出版局)。うちの小学校で、すごくはやっていたんですよね」
「当時、小学校の図書室で人気だったのは、『となりのせきのますだくん』や『かいけつゾロリシリーズ』(ともにポプラ社)、『かぎばあさんシリーズ』(岩崎書店)など。人気の本はいつも貸出中だったので、やっと自分の順番が回ってきたときはすごくうれしかったです。何回も借りたのは『どろんここぶた』(文化出版局)。うちの小学校で、すごくはやっていたんですよね」
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 幼い僕にとって、音読を通して誰かが喜んでくれたこと、誰かに褒めてもらえたことが、ポジティブな経験として、強く心に残ったのだと思うんです。

ささやかな成功体験が、やがて大きな自信に

 まず、「自分は音読が苦手じゃないんだ」と思えるだけで、自然と自信が湧いてくる。さらに、練習を重ねることで感じた、“頑張れば結果につながること”も実感できました。“誰かに喜んでもらえることの面白さ”も。そういったエンタテインメントに関する原体験が、のちに声優を目指したことや、今もそれを仕事にできているエネルギーにつながっているんだろうなと、改めて感じましたね。

 学校の先生から、具体的な読み方のコツというものを教わった記憶はないので…、もしかすると僕の音読の基礎は、幼い僕に絵本を読み聞かせてくれていた、“母の教え”から生まれているのかもしれませんね(笑)。

 なので…お子さんのいらっしゃる読者の皆様! 読み聞かせをしてあげることも大切ですが、お子さん自身がする音読の宿題の時間も、ぜひ大切にしてあげてください。子どもの頃のちょっとした成功体験や、誰かに喜んでもらえたという経験が、その後の人生に大きく関わることになるかもしれませんから。

 たとえその時は自覚がなくとも、僕にとっては大切な思い出であり、原点ですね。

「子どもの頃の小さな成功体験が僕の原点です」
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取材・文/実川瑞穂 写真/江藤はんな ヘアメイク/中山芽美(エミュー) スタイリング/SUGI 構成/平島綾子(日経エンタテインメント!編集部)