オープンイノベーションを実現するには、新しい事業の種を見つけるだけでなく、事業化していくための行動も必要になる。しかし「自前主義」で成長してきた日本企業の現場は、オープンイノベーションに消極的である。協力を取り付けるために飛び回り、「自社でもできるかもしれないが、社外にもこんな企業や技術がある」と提案を続け、組織を駆動させる必要がある。『 企業進化を加速する「ポリネーター」の行動原則 スタートアップ×伝統企業 』から日立ソリューションズの事例などを抜粋、その処方箋を提示する。

本社が動いてくれない

 「いくら良い情報を投げ込んでも、本社が動いてくれない」

 シリコンバレーに限らず、スタートアップの企業開拓をしている事業会社の方と話していると、頻繁に耳にする言葉だ。

 スタートアップを開拓し、一定の信頼を得て、協業を目指して本社に持ちかけるところまで進めるのは簡単ではない。だが、何とかそこまで漕ぎ着けたとしても、その協業案件を持ちかけたはずの本社側が、その情報の価値をしっかりと理解して受け取り、適切に展開してくれるとは限らない。

 この背景には、「オープンイノベーションが有用だといっても、できれば自社内だけでイノベーションを成し遂げられたらベスト」という発想が横たわっているからだろう。これはスタートアップを探索し、協業を目指す企業が直面する課題である。

 だが、自社とスタートアップを媒介する「ポリネーター」はそこで引き下がってはいけない。いつまでも社内の大勢の意見に従っていたら、オープンイノベーション実現の可能性も、結果として将来的な会社の競争力も、低下していく可能性が高まる。

 オープンイノベーションを実現するためには、新しい事業の種を見つけて運ぶだけでなく、事業化していくための行動も必要になる。社内を巻き込んで協力を取り付けるために飛び回り、「自社でもできるかもしれないが、社外にもこんな企業や技術がある」と提案を続け、組織を実際に駆動させるのである。ポリネーターの力量が問われるのはむしろここからだ。

 そのために必要なことは何か。次の4点は重要である。

■ピッチャーになりキャッチャーにもなる
■間接部門を巻き込む
■事業スタート時にしっかりと支援する
■時に、「独立した」新事業組織を提案する

ピッチャーとキャッチャーの役割

 冒頭でも述べたが、日本企業のシリコンバレー駐在者と話をしていると、「良いネタをたくさん投げているのに日本側がそれに応えてくれない」「投げたボールがどこかに落ちてしまっている」との嘆きを頻繁に耳にする。

 外で得た知見や情報を社内に伝えるという性質上、ポリネーターは野球でいうところのピッチャーに似ている。それゆえスポットライトが当たりがちなポジションでもあるが、ピッチャーだけでは野球はできない。何よりも欠かせないのは、ピッチャーが投げたボールを受けるキャッチャーである。

 オープンイノベーション活動に社内を巻き込んでいく上では、このピッチャー・キャッチャー問題に対応していくことが重要である。オープンイノベーションにつながる種(スタートアップに関する情報など)を、本社に向かって「投げる」役割=ピッチャーと、本社側で「受け取る」役割=キャッチャーの双方が機能することによって、オープンイノベーションは駆動されていく。

 ピッチャーはスタートアップを探索し、自社への展開を促していく。スタートアップのコミュニティに入り込み、協業候補先を探す。日本企業からシリコンバレーに派遣されている社員の方々の多くが、ピッチャーと言ってよい。協業候補先となるスタートアップに自社の魅力やニーズを伝え、スタートアップとの初期の関係性を構築することが仕事である。

 そのピッチャーとコンビを組み、スタートアップとの協業に向けて社内での調整を担っていくのがキャッチャーである。ピッチャーが投げた情報を受け取り、事業部へつなぎ、協業に向けた調整を行うのがキャッチャー役になる。キャッチャーは、経営企画部や新規事業部などに籍を置いていることが多く、社内を横断的に動くことが求められる。

キャッチャー不在では勝てない

 スタートアップとのオープンイノベーションを実践する上で、この2つの役割が機能することは極めて重要である。筆者の経験からは、ピッチャーよりもキャッチャーが機能していないことが、スタートアップとの協業において事業会社のボトルネックとなっていることが多い。

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 シリコンバレーに派遣された社員が、ピッチャーとして多くのスタートアップとの関係性を築くものの、会社としての成果につながらない原因は、キャッチャーの機能不全が主因なのである。そもそもキャッチャー役が存在せず、ピッチャーから事業部門にいきなりボールを投げているような組織も存在している。

 事業部門は、目先の損益を向上させることに邁進している。そのプラスになるとは思えないボールが投げ込まれたとしても、事業部に受け手は不在であり、情報は放置されたり、棚上げされたりしがちである。

 そこでピッチャーの情報をしっかり受け止めて、社内に展開していくキャッチャーが欠かせない。キャッチャーの役割としては、事業部への普段からの啓蒙活動、事業部での協力者の開拓、タイミングを見計らっての事業部へのつなぎ、間接部門との調整、そして事業立ち上げ時における支援などが求められる。

 2020年時点においてシリコンバレーにオフィスを構える日系企業数は1000社を越えており、歴史的にみても最多レベルである。もちろんこのすべてがスタートアップやテクノロジー探索をしているわけではないが、この会社数と比例して、ピッチャー役の人材が数多く派遣されていることは間違いない。事業会社としては、高いコストをかけながらピッチャーを派遣する以上、キャッチャー体制の整備を進め、社内を大いに巻き込みながら成果につなげていただきたい。

両方の経験者が挙げる10項目

 日立ソリューションズでスタートアップの探索事業=ピッチャー役を15年以上続けてきた市川博一氏は、海外ベンダーの商材担当を経て、2010年からアメリカ支社に異動し、シリコンバレーでの探索に従事する「ピッチャー役」として経験を積んだ。だが、そこで感じたジレンマから、本社のキャッチャー役へとシフトする。

 「シリコンバレー赴任後は、アメリカのほぼ全エリアをターゲットにしたスタートアップ商材の探索やトレンド把握を行ってきました。そこでの経験を踏まえてわかったことは、スタートアップとの連携が進むかどうかは、こちらではなく相手のタイミング次第であるということ。

 スタートアップは日々アジャイル開発ですから、たった1日で開発背景がガラッと変わってしまうこともざらです。そうした動きに臨機応変に対応するには、こちら側があらかじめ予算を確保しておき、事業部につなげた後のリソース負担も含めて自分たちがサポートする必要がありました。けれども、日本の本社側はそこまでの実情に理解が追いついていなかったため、現実問題として、そうスムーズにはバトンを渡せなかったケースが頻発したのです。それならば日本に戻って自分で組織を変えたほうが早いのでは、と考えるようになりました」

 渡米から6年後、日本に帰国した市川氏は、海外からの情報を受け止める本社の「キャッチャー役」となるべく、グローバルビジネス推進本部 戦略アライアンス部のリーダーに就任する。

 「シリコンバレーでスタートアップと交渉し、日本の事業部に変更や追加投資の判断を投げて、『ノー』が出たときはそれを説得してまた戻して……という作業を6年間続けてみて、ピッチャー側が追加投資の判断や裁量権を持つことはもちろん重要ですが、並行して自社のキャッチャー体制も整えないと結局は企業として乗り遅れてしまう。現在は間接部門のメンバーにもスタートアップ文化を理解してもらうため、調達・営業も入れたタスクフォースを作って、情報共有会を行っています」

 ピッチャーとキャッチャー、両役を実践してきたポリネーターの先駆者的存在とも言える市川氏は、「オープンイノベーション実現はキャッチャー次第である」と断言し、キャッチャーとして社内を動かすために必要な10項目を挙げている。

█自社開発vsスタートアップアライアンス
█打席に立たせる
█トップダウンアプローチ
█ヒット狙い
█とにかく続ける
█間接部門強化
█ベンダーよりの支援
█ギブ&ギブからスタート
█ライフサイクルマネジメント対応
█事業部⇄米国赴任サイクル

既存事業部へのリスペクトを忘れない

 市場開拓や新しいニーズの把握・開発に取り組む新規事業部は、基本的には社内で疎まれやすい存在だ。疎まれるとまではいかなくとも、既存事業からはどうしても軽んじられる傾向にある。会社に利益をもたらしているのは既存事業部なのだから、これはある意味で仕方ない。

 だが、「両利きの経営」における既存事業の深掘りと新規事業の探索は、「どちらが偉い」という話ではない。既存事業でしっかり稼ぎながら、新規事業で次の芽を育てていくのが鉄則だ。

 だからこそ、探索を担うポリネーター側は、既存事業部へのリスペクトを忘れてはならない。収益の柱としての既存事業に敬意を払いつつ、自分たちが行っている探索の意義を折に触れて伝え、「この探索が既存事業を加速することにもつながるはずだ」とその価値を訴えて理解と協力を引き出し、巻き込んでいく。そうしたバランス感覚とコミュニケーション能力がポリネーターには求められる。

 社内の事業への理解と経験、さらには個人の愛嬌などのキャラクターも問われるため、経験の浅い若手社員にはやや高いハードルかもしれない。誰もがすぐにうまく立ち回れるわけでもないだろう。

 だが、社内から理解や協力を得られない新規事業は、予算を削られ、最終的には継続できなくなっていくことが往々にしてある。自分たちの存在価値や正しさをアピールするだけでは、社内を巻き込んでいくことはできない。歩み寄り、知ってもらい、可能性を感じてもらうことで、居場所を確保する。その地道なプロセスの積み重ねていくしか道はない。

成功事例を作るコンシェルジュになる

 日立ソリューションズの市川氏は、「スタートアップとの協業は、最初の成功事例を作るまでがとにかく難所。だからこそ、まずは成功事例を作ることを何よりも最優先させます」と言い切る。市川氏は社内を動かすために、具体的に次のようなサポートを心がけたと語る。

 「協業のスタート段階から、事業部の不安を取り除くための全面的なサポートを心がけています。海外スタートアップとの協業であれば、英語の通訳やプレゼン作成も一緒になって行う。協業はとにかく場数と慣れが肝心。翻訳ソフトや音訳ツールなどをどう使うかといったところから、スタートアップとの付き合い方に至るまで、徹底して寄り添うコンシェルジュのような存在であることを心がけています。事業部の不安を取り除き、1回でも多く打席に立ってもらう。

 オープンイノベーションは可能性の宝庫ではありますが、最初から数億円ビジネスの成功といったヒットが出せるとはまったく思っていません。重要なのは『それならうちの部署でもトライできるかも?』と他部署から思ってもらえるような存在感を示すこと。スモールステップで少しずつ成功体験を積み重ねていき、1つの商材でも提携できるようになれば、それが社内へのアピールにもなります。さらにその小さな成功を営業が顧客向けにアピールしてくれるようになれば、花形事業へと発展させていくことも可能です。

 とにかく継続が大事であり、かつフレキシブルな対応が求められる現場ですから、当社ではそのための活動費用は戦略アライアンス部が年間でプールし、全面的に負担する形を取っています」

 成功事例がなければ、何をやっても刺さらない。それはすべてのビジネスの現場に共通する。成功事例の説得力は絶大だ。逆に言えば、成功事例を1つでも作り出せれば、事業部は動かせる。

 スタートアップとの協業に失敗はつきものだ。だが、解決策をくり出しながらスモールステップで小さな成功体験を積み重ねていけば、道は開けるはずだ。オープンイノベーションの成否を決めるのは、自社の強みを正しく認識し、社内を動かしていくポリネーターの活動にかかっている。

(写真:Shutterstock)
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企業進化のスピードを上げなければ生き残れない時代、その実現に向けた提言と事例が満載。日本の伝統的企業がスタートアップ企業と連携し、オープンイノベーションを推進していく上での実践的ポイントを解説。連携をスムーズに進めるためのカギとして「ポリネーター」に着眼し、その行動や育成について解説。

中垣徹二郎、加藤雅則(著)、根来龍之 (監修)、日経BP、2420円(税込み)