「CRO(最高収益責任者=Chief Revenue Officer)」は、IBM、SAP、セールスフォースといった世界的IT企業や急成長するスタートアップ企業が戦略的に配置し始めており、企業成長の要となる変革リーダーを担う役職として注目を集めている。ここでは、富士通のCROである大西俊介執行役員副社長が陣頭指揮を執り、2022年度に実施した緊急プロジェクト「TIGER(タイガー)」によって組織と役員の意識改革・行動変容につなげた成功事例を、『CROの流儀 人・サービス・売り方を変え提供価値と収益を最大化する』(日経BP)の一部を抜粋、再編集して紹介する。(協力:富士通)

現実的な目標設定と権限委譲

「それしかないと思うけど、これ誰がやるんだ?」

 突然、パソコンの画面にチャットが届きました。送り主はいま目の前に座っている富士通社長の時田隆仁です。送り先は私と当時副社長COO(最高執行責任者)の古田英範(現取締役会長)だけ。冗談めかしていますが、これが意味することは明らかでした。時田はときどきこういうことをします。

 2022年3月。都内某所での富士通役員合宿の会議中の出来事です。富士通では年に数回、役員が泊まり込みで重要課題を話し合う慣例があります。このときの議題は2022年度の経営目標の達成可能性で、問題はトップライン(売り上げ)が目標未達になる可能性がはっきり見えていたことでした。早急に手を打つ必要があるというものの、今から公共案件などを伸ばすのは難しい。企業の顧客の中から対象を絞って戦略的にアプローチするしかないだろう……。目の前の話はそこまで進んでいました。

 まぁそういうことだよな、私は1人うなずいて返信を打ち込みました。

「私がやりますよ」

 それがTIGERプロジェクトの始まりでした。その時点で私のアタマの中では「やりたいこと」「やるべきこと」が整理されつつありました。2022年度は、時田が社長になって2020年にスタートした中期経営計画(20-22年中計)の最終年度で、計画では2022年度に3兆5000億円の売り上げと営業利益率10%を掲げていました。しかし直近の2021年度は売り上げ3兆563億円、営業利益率6.3%で着地するのが見えていた状況でいずれも中期計画の目標に届いていません。2022年度に関しても売り上げ目標の達成はかなり困難だと、2021年の中盤には分かってきていました。「DX(デジタルトランスフォーメーション)企業への転換」という改革の途上であり、コロナ禍など予期せぬ逆風を考えるとやむを得ない理由もあったのですが、とはいえ、手をこまねいていて良い状況ではありませんでした。

 TIGERプロジェクトはこうした状況下で、「売り上げ未達分の約1割を積み上げる」ことを目標に立ち上がった社長直轄の緊急営業プロジェクトでした。プロジェクトオーナーは時田、古田がサブオーナー、私はプロジェクトリーダーとなり、2022年の4月13日から1年間の期間限定で始めたのです。名称は勇ましいですが、2022年の干支(えと)が寅(とら)で、かつ時田と私が共に寅年だからという単純な理由で冠しただけで他意はありません。「売り上げ未達分の約1割」はずいぶん控えめに聞こえるかもしれませんが、たった1年で「未達すべての解消」は最初から無理でした。できない目標を掲げても現場が疲弊し、サボタージュを正当化するだけです。ただし、私としてはそれでもかなり欲張った数字でした。

 社長直轄、しかも緊急プロジェクトですから、従来の枠を外して進める方針は役員合宿で了承されています。当時私が統括していた製造分野や、流通分野から特に大きな可能性がある顧客を選び、指名したプロジェクト担当者には、決裁権など大幅に権限を委譲することも決まりました。私はこれを大きなチャンスと捉えました。もちろん掲げた売り上げ数値の目標は厳しいものでしたが、担当者への大幅な権限委譲と社長直轄プロジェクトであることを生かせば、これまでなかなか浸透しなかった営業フロント改革の最初の成功事例にできると考えたのです。

行動変容とデータドリブン経営への転換

 成果の1つが役員と顧客フロントの行動変容です。時田をはじめとする経営幹部や常務以上の役員・執行役員・CxOが顧客と直接対話して、ビジネスの機会を作るビヘイビア(行動様式)の改革を実践しました。その結果、営業フロントも積極的に役員を活用し、自らも進んで顧客の経営幹部にアプローチする意識が生まれました。インティマシー(親密さ)の面でも変革の萌芽をつかめたのです。

TIGERプロジェクトにおけるOneCRM管理
TIGERプロジェクトにおけるOneCRM管理
TIGERプロジェクトでは、すべての商談をOneCRMで管理した。担当者には週次での進捗入力を義務付け、これを基に大西が2週間ごとにプロジェクトを個別にレビュー。データ・アナリティクス・センターによる分析も併用して、成約率を高める対策を講じ続けた。図中の「SS」は、「セールス・ステージ」の略(出所:富士通)
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 次の成果は、セールスフォースのCRM(顧客関係管理)をベースにした富士通の「OneCRM(ワン・シーアールエム)」によるパイプライン管理の運用を、曲がりなりにも始められたことです。富士通は2006年から内製のCRMを導入していましたが、残念なことに各国・地域で使い方が異なったり、部署によっては異なるツールを使っていたりするなど、グローバルで統一した運用ではありませんでした。

 例えばOneCRM以前は、各国・地域で商談パイプラインのステージの定義が違っていました。そのためグローバルで全体を管理するために「この国のパイプラインのこのステージは他国ではこのステージに該当する」と、マニュアルをもとに担当者がデータを読み替えて調整するといった生産性の低い作業に時間を割かれていました。時田体制になってこれではダメだとなり、グローバルで全社のパイプライン管理の定義とプロセスを統一して、2022年にようやくOneCRMの全面稼働が始まったのですが、残念ながらその時点では現場での活用があまり進んでいませんでした。

 TIGERプロジェクトでは、プロジェクト担当者が動かす案件の管理にOneCRMの利用を義務付けました。商談の状況を逐一入力するように命じて、OneCRMを使って動かしているすべての商談を1週間ごとにステージ管理しました。さらにデータ分析チーム「データ・アナリティクス・センター」が、それらのデータを解析して傾向や状況を把握。これを基に私自らが2週間単位で個別の案件を逐一レビューしてプロジェクト担当者をサポートする運用を実現できました。成約率の高さには、こうしたサポート体制も奏功していると思います。

 パイプラインでは商談がどの段階にあるかを「管(パイプ)」の中で流れている水流のように管理します。商談が始まってから、成約(契約成立)に至るまでを、リード(見込み客)、アプローチ、提案、交渉、成約(契約)などに分けて、個別の商談がいまどこの段階にあるかを把握するわけです。結果として、TIGERプロジェクトでは、われわれマネジメント側にとっても、現場リーダーにとっても、データドリブンな営業管理の実効性を実感する成功体験となり、これを手本に全社にOneCRMの運用を浸透させていくきっかけにできました。

デジタルマーケティングの威力も確認

 3つ目の成果は、デジタルマーケティングの威力を確認できたことです。TIGERプロジェクトでは気合いと根性だけの営業ではなく、マーケティングの力を最大限に使おうと考えて、マーケティング部門のチームを入れていました。具体的には、デジタルセールスと案件創出ワークショップを実施しました。

 デジタルセールスのチームは特に、TIGERプロジェクトの成功に大きく貢献しました。SNSや顧客のWebサイトにある公開情報と、日々の営業活動でわれわれが蓄積している顧客企業の情報、名刺の情報などを組み合わせて分析し、われわれが提供したいサービスの見込み顧客を見つけるのです。このチームは当時マーケティング部門にいたのですが、現在は私が直轄するカスタマーグロース戦略室に移しています。

 実のところ私は、プロジェクトリーダーに任命されたときからTIGERプロジェクトをこうしたやり方でやろうと決めていました。実際、このプロジェクトのPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)を任せた担当者にも最初からそう指示していました。顧客の経営幹部への直接セールス、CRMによる営業ステージのパイプライン管理、そしてデジタルセールスやデータドリブン管理はどれもグローバル企業では当たり前の手法ですが、富士通ではまだ懐疑的な声が大きかったのです。そこでTIGERプロジェクトで成功体験をつくり、これらを富士通に根付かせる良い機会だともくろんでいたのです。

 ただ、今振り返れば、やはり時田がオーナーの社長直轄のプロジェクトとして進められたことが効果的でした。他の部門長や役員への説得力が全然違ったからです。私は当時まだ専務クラスでしたから、その立場のままで同じことを同格や上位の役員に提言してもきちんと聞いてもらえなかったかもしれません。

緊急営業プロジェクトで得た成功体験

 CRO(最高収益責任者)が主導する企業変革には、企業文化や組織、役員や従業員の行動変容が欠かせません。それにはいろいろなやり方があります。よくあるやり方は、詳細に検討した上で、人員や組織の規範を改め、それに併せて組織の構造を変えて、従業員の行動変容を促すといったやり方です。

 それに対して私はまず「処方箋」を出し、小さな組織や特別なプロジェクトで実践してうまくいかない点を都度修正しつつ成功に導き、これをひな型に方法論や成功体験を組織全体に広めていくアジャイルなやり方を好みます。スピード感もあり、成功体験を先に得て納得感を得た人たちが改革の先導者になって組織全体に広げてくれるからです。

 こうしたやり方で組織と役員の行動変容に成功したのが、2022年4月から1年間限定で実施した緊急営業活動「TIGERプロジェクト」でした。結論としてTIGERプロジェクトは大成功でした。受注総額はプロジェクトの目標数値の約2倍、2022年度の売上高に限っても目標値の1割増を超える成果を上げたのです。特筆すべきなのは成約率で65%を超えました。IT業界の営業の実態をご存じの方なら、1年間限定の緊急営業プロジェクトで1000件以上の案件に取り組み、5割を超える成約率という結果の意味をご理解いただけると思います。

 数字もさることながら私にとってもっと大きかった成果は、組織の行動変容に大きく貢献した点です。役員自らが商談に行き、デジタルツールで顧客フロントを支援し、科学的なデータで商談の進行をパイプライン管理していく形が実践できたのは大きな成果でした。

 CROキーアジェンダに沿って整理し直すと、⑤ビヘイビアと⑥インティマシーの改革を実践し、①ポートフォリオと②インサイト(洞察)の改革に最初の成果を出したといえます。海外拠点のメンバーも最初は懐疑的でしたがデータを見せることで説得力が増し、積極的に動いてくれるように変わりました。

CROキーアジェンダ
CROキーアジェンダ
顧客への提供価値と自社の収益を同時に最大化することを目的に、CROが進める変革を6つのキーワードでまとめた(出所:富士通)
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大西俊介(おおにし しゅんすけ)
富士通 執行役員副社長CRO、コンサルティング担当

1984年一橋大学経済学部卒業、日本電信電話に入社、NTTデータ、外資系コンサルティング会社などを経て、2013年、NTTデータグローバルソリューションズ代表取締役社長。2017年、インフォシスVice President日本代表。2019年、富士通に入社。2023年4月よりCRO兼グローバルカスタマーサクセスビジネスグループ長。CRO(最高収益責任者)として、フロント組織のガバナンス強化とグローバル横断で顧客のビジネス拡大をリードしている。2025年4月より現職。

富士通が今まさに断行している変革をCROの立場で主導する著者が、変革の舞台裏を成功体験だけでなく直面した課題や障害、それを乗り越えるための処方箋も含めて明らかにし、CROという役職の役割をつまびらかにします。国内IT大手を皮切りに、外資系コンサルティング会社やインド系大手IT企業の日本代表といった多彩なキャリアを積んだ著者だからこそ語れる、企業変革とリーダーシップのリアルな姿がそこにあります。

大西俊介著/日経BP/1980円(税込み)