前回までは、私の最新刊 『ビジネススクール意思決定入門』 から、人間の思考の限界を知るためのゲームや数値化の問題を紹介しました。今回は、意思決定の基本的なメソッドであるディシジョンツリーの問題を考えてください。意思決定というのは「選択」であり、選択肢を検討するのに役立つ考え方の1つがディシジョンツリーです。選択肢を整理してツリー状に分解し、確率や得られそうな利益を基に損得を考えるものです。

 意思決定というのは「選択」です。「この投資を実行するか、やめるか」「どこにお金を使うのか」といった選択をするということです。

 選択肢は、限定されていることもありますが、自分で新たな選択肢を創り出すこともできます。どういう選択肢があって、それぞれの選択肢を選んだ場合にはどうなるのかということを整理するのが、意思決定の第一歩です。

 選択肢を検討するのに役立つ考え方の1つが「ディシジョンツリー」です。意思決定の問題をツリー状に分解して、損得などを考えるものです。

画像のクリックで拡大表示

 では、ディシジョンツリーを使って、次の問題を考えてみましょう。

<問題>土地売却の利益を最大化したい

 2020年のオリンピックが東京で開催されることが決まったのは2013年9月のことだった。その半年前、東京にあるA社の経営陣は、ある意思決定を迫られていた。A社は東京都江東区で創業し、創業の地には長らく本社兼工場があった。しかし20年前に工場は別の場所に移転した。そしてこのほど新しい本社オフィスを別の場所に借りて、創業の地を売却することになった。土地の売却で得た資金は、1年後に迫った社債の償還資金に充てることになっていた。

 その土地はいくらで売れそうなのか。1年前に不動産の専門家に見積もってもらったところ「50億円」ということだった。社債の償還に必要な資金は40億円だったから、十分に足りる。ただし、A社はできるだけ良い条件での売却を探っていた。その土地は東京オリンピックの会場予定地が集まる臨海地区にあり、近隣では高層マンションなどの建設計画が続々と発表されていた。

不動産業者のX社とY社からの提案

 オリンピック開催地の決定が半年後に迫った頃、A社には、不動産会社X社から「今、売ってくれるなら55億円で買います」という提案が舞い込んできた。

 同時に、不動産会社Y社からは、次のような提案があった。「売買の実行はオリンピック誘致の結果が判明してからにして、次の条件で契約を結びませんか。誘致が成功すれば62億円で買います。誘致が成功しなかった場合は48 億円で買います」というものである。

 A社の経営陣は、オリンピック誘致の可能性や土地の価格の見通しについて、専門家の意見を聞いていた。それを総合すると次のようになる。

●東京がオリンピック誘致に成功する確率:40%
●開催地決定の半年後(社債の償還に間に合う期限)の土地価格の見通し:
①東京が誘致に成功した場合、その直後は60億円。
② 東京が誘致に成功した場合、その半年後に、65億円に値上がりする確率が30 %、反動で値下がりして58億円になる確率が70%。
③東京が誘致に失敗した場合、その直後は45億円。
④ 東京が誘致に失敗した場合、その半年後に、50億円に戻る確率が30%、さらに値下がりして42億円になる確率が70%。

 仮に、最悪のシナリオである④になったとしても、社債の償還には十分に足りる。

 以上の条件で、次の2つのディシジョンツリーを考えてみましょう。

<問題1> A社は、どういう選択をするのがいいだろうか?

<問題2> 東京がオリンピック誘致に成功する確率が60%だったら、どうなるか?

場合分けして期待値を計算

 この問題では、意思決定の分かれ道がいくつも用意されています。A社の経営陣が自分たちで決められること(土地の売却時期、売却相手)、自分たちでは決められないこと(オリンピックの開催地、土地の価格の推移)が絡み合っています。これを整理して、それぞれの場合の確率、土地売却価格を整理していくわけです。そして、選択肢を整理したうえで、それぞれの期待値を計算します。

 それでは、A社の土地売却について、選択肢を整理してディシジョンツリーを描き、期待値を計算してみましょう。ディシジョンツリーを描くときには、自分で決められる分岐点は「□」、自分では決められない分岐点は「〇」にします。

<問題1の解答>期待値計算の結果

 次の図のように、最初の分岐点の選択肢は3つあります。1つ目は「今、売ってくれるなら55億円で買います」というX社の提案に乗ってすぐに土地を売る。2つ目は「売買の実行はオリンピック誘致の結果が判明してからにして、次の条件で契約を結びませんか。誘致が成功すれば62億円で買います。誘致が成功しなかった場合は48億円で買います」というY社と契約を結ぶ。3つ目は、X社ともY社とも契約しないで待つ。

<問題1>のディシジョンツリー
<問題1>のディシジョンツリー
画像のクリックで拡大表示

 X社にすぐ売る場合は、売却価格は55億円で確定します。

 Y社と契約した場合は、東京が誘致に成功するかどうかで、価格がまったく違います。それを踏まえてY社と契約した場合の期待値を計算すると、53.6億円になります。

62億円×40%+48億円×60%=53.6億円

 開催地の決定まで待つことにした場合は、オリンピック誘致の結果が分かった時点で、次の意思決定をすることになります。誘致成功の場合も誘致失敗の場合も、それぞれ「すぐに売る」「さらに半年後まで待つ」という選択があります。

 開催地の決定後すぐに売る場合は、A社の調査の通り、誘致成功なら60億円、誘致失敗なら45億円です。それぞれについて、さらに半年後まで待つ場合の期待値と比較してみましょう。

 東京開催が決まって、さらに半年後まで待つ場合の期待値は、60.1億円です。

65億円×30%+58億円×70%=60.1億円

 ということは、東京が誘致に成功した場合は、さらに半年待つほうが期待値は高くなる(すぐに売る:60億円<待つ:60.1億円)。

 東京が負けた場合、さらに半年後まで待つと、期待値は44.4億円です。

50億円×30%+42億円×70%=44.4億円

 ということは、東京が負けた場合は、すぐに売るほうが期待値は高くなる(すぐに売る:45億円>待つ:44.4億円)。

 それぞれの期待値を基にして、最初の分岐点で「開催地の決定まで待つ」を選んだ場合の期待値を計算すると51.04億円です。

60.1億円×40%+45億円×60%=51.04億円

 従って、期待値で比較すると、「X社にすぐに売る(55億円)」が一番有利だということが分かります(55億円、53.6億円、51.04億円の比較)。

 <問題2>も、計算方法は同じですが、東京が誘致に成功する確率が違うので、期待値計算の結果も違います。ここではあえて解答を書きませんが、みなさん自身で計算してみてください。

条件や確率を変えて計算してみる

 <問題1>と<問題2> の計算結果を見て、「いやいや、最初の分岐点では待ったほうがいいと思う」と考える人もいるのではないでしょうか。「東京開催が決まれば65億円で売れる可能性があるし、もし東京が負けても最低42億円で売れるから社債の返済に支障はない。だから待ったほうがいい」という考え方もあり得ます。

 そういうときに、どういう結論を出すかというのは、その人の考え方によって違います。「リスク選好度」などによって違いが出てくるのです。意思決定には「こうでなければいけない」という絶対的な正解があるわけではありません。

 そして重要なことは、前提が変わると数字が変わるということです。だから、いろいろな状況を想定しながら、条件や確率を変えて計算をしてみる。そのうえで、「この決定では何を重視すべきなのか」ということを踏まえて、最善の選択肢を選ぶということが基本です。

(写真:Shutterstock)
(写真:Shutterstock)
ビジネスパーソンなら誰でも知っておきたい意思決定の基本を紹介。早稲田大学ビジネススクールにおける講義「経営者の意思決定」を基にして、ケーススタディ形式のディスカッション、判断に必要な数値化の演習、人間の癖や思考の限界を知る行動経済学の実験などを再現し、意思決定のポイントを解説する。

内田和成(著)/日経BP/1870円(税込み)