二つの粒子が遠く離れていても、まるで見えない糸で結ばれているかのように相関した振る舞いを示す「量子もつれ」。シュレーディンガーが「量子力学の本質的な特徴」と呼んだこの現象は、私たちの日常的な直感では簡単に理解できません。『 量子革命 量子コンピュータからネット、ハード、AIまで ― すべてを変える新技術 』からの抜粋で、二人の人間の「目の色」にたとえながら、その不思議な性質を解説します。

二つの古典的なビットが取りうる状態は、00、01、10、11の四通りだけです。二つのビットは、ある瞬間においてそのうちの一つの状態にしか存在できません。それ以外の可能性はありません。
しかし、量子ビットになると、私たちはまったく異なる世界に足を踏み入れます。量子力学の法則に従うため、二つの量子ビットはこれら四つの状態のどれか一つに限定されることはありません。一つの量子ビットの場合と同様に、これらすべての状態の重ね合わせとして存在することができ、あたかもすべての可能性を同時に抱え込んでいるかのようです。この特異な性質が、古典的な世界には存在しない驚くべき現象への扉を開きます。それが「量子もつれ」です。これは量子ビット同士の深い結びつき、いわば「絡み合い」とも呼べる関係です。この結びつきによって、二つの量子ビットは遠く離れていても相関した振る舞いを示します。まるで不思議な力によって同期しているかのように見えるのです。
量子力学の偉大な先駆者の一人であるエルヴィン・シュレーディンガーは、量子もつれを「量子力学の本質的な特徴」と呼びました。この言葉は、量子もつれがいかに根本的な概念であるかを示しています。同時に、それが重ね合わせとどのように異なるのかを理解することの重要性も示唆しています。というのも、重ね合わせという考え方自体は、必ずしも量子力学だけのものではないからです。
「重ね合わせ」と「量子もつれ」は何が違う?
たとえば楽器の弦を考えてみましょう。ピアノで鍵盤を叩いたり、ギターで弦をはじいたり、バイオリンで弓を動かしたりすると、弦は振動して音を生み出します。私たちはその音を、高い音や低い音として聞き分けています。低い音は低い周波数に、高い音は高い周波数に対応します。しかし、実際に生じる音は単一の純粋な周波数ではなく、複数の周波数が重なり合ったものです。この重ね合わせこそが、それぞれの楽器に固有の音色を与え、私たちが数多くの楽器の中からそれを聞き分けることを可能にしているのです。
では、異なる二つの楽器を同時に鳴らしたとしましょう。一方の楽器が奏でる音は、もう一方の楽器の音に影響を与えません。二つの音は互いに独立して存在しています。古典的な世界では、現実はこのように振る舞います。ところが量子力学では、ここで驚くべきことが起こります。二つの異なる対象の状態同士を重ね合わせることができ、まるでそれらが不思議な形で絡み合っているかのようになるのです。
遠く離れていても「見えない糸」で結ばれる
この点をもう少し具体的に考えてみましょう。二人の人間を考え、その特徴の一つとして目の色に注目します。私たちの日常的な感覚では、目の色は観察者とは無関係に存在する客観的な性質です。誰かが見ていようと見ていまいと、その人の目は明るい色か暗い色かのどちらかであり、それは現実世界の一つの事実です。
しかし量子力学によれば、この二人を量子もつれ状態にすることができます。その状態では、二人の目の色が重ね合わせになっています。つまり、「一人目は明るい目で、二人目は暗い目」という状態と、「一人目は暗い目で、二人目は明るい目」という状態が組み合わさった状態です。
ここで量子もつれが登場します。いま、この二人のうち一人がアリスと呼ばれる観測者のもとへ行き、もう一人がボブという観測者のもとへ行くとしましょう。アリスがヨーロッパに、ボブがアメリカにいて、二人が何千キロも離れていたとしても、量子力学は彼らの観測結果が深く結びついていることを示します。
アリスが目の前の人物の目の色を観察するとき、それが明るいか暗いかは同じ確率で現れ、事前に確実に予測することはできません。しかし、アリスが観測を行った瞬間、驚くべきことが起こります。遠く離れたボブのもとにいる人物の目の色が、その瞬間に確定するのです。もしアリスが明るい目を観測すれば、ボブは必ず暗い目を観測し、逆もまた同様です。まるで見えない力によって同期しているかのようです。
これは二人の状態が量子もつれによって結びついているためです。二つの粒子がもつれている場合と同様に、一方に作用を及ぼすと、距離に関係なくもう一方の状態にも即座に影響が及びます。あたかもこの二人が、深いレベルでは一つの存在であり、私たちの理解を超えた見えない糸で結ばれているかのようです。
もちろん、今の例のように人間同士を量子的にもつれさせることは現実にはできません。しかし、マクロな世界では不可能なことも、ミクロな世界では現実に起こります。光子や原子のような粒子の間では、量子もつれの状態を実際に作り出し、観測することができるのです。これらの極めて小さな粒子は、古典的な系ではあり得ないような量子的な相関を示し、それらの目に見えない不思議な結び付きは、私たちを日常経験から得られた直感が通用しない領域へと導きます。そして、このことは後にベルの不等式を考えると、さらに明確になります。ベルの不等式こそが、量子もつれの謎を解き明かす鍵だからです。
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