投資家として1000社にのぼるAI(人工知能)スタートアップを見てきたシバタナオキさんは、著書『アフターAI 世界の一流には見えている生成AIの未来地図』で、企業にとってのAIビジネス実装はもはや喫緊の課題であると警鐘を鳴らしています。AI活用を強力に推進するには、トップダウンのアプローチが有効であり、その成功の鍵は「ワクワク感」にあると語ります。インタビュー中編では日本の企業や経営者が持つべき緊迫感とマインドセットについて、シバタさんに尋ねました。(聞き手・構成/岩元直久、写真/小野さやか)
GAFAMのまねは不要 営業や生産の現場でこそAI活用を
前編では、アフターAIの世界には、日本企業にこそチャンスがあるというお話に勇気づけられました。とは言っても、悠長に構えているわけにはいかないだろうという直感があります。実際のところ、アフターAI行きのバスは、まだあるのでしょうか。これからでも最終バスに飛び乗れるのでしょうか。
シバタナオキさん(以下、シバタ):生成AIが仕事や生活の様々な部分をサポートしてくれるアフターAIの世界に向けて、前のめりになってAIを活用した競争力を付けたいと思う企業にとっては、すでにラストバスの出発は近いと思ったほうがよさそうです。

ここで1つ衝撃的な事実をお伝えしましょう。GAFAMの売上高と従業員数の推移をデータ化してみたところ、5社が同じようなカーブを示していたのです。それは、「2021年頃から従業員数は増えず、一方で売上高はその後も伸び続けている」という傾向です。各社とも従業員1人当たりの生産性が飛躍的に向上していることを示すデータです。
それはAIの影響ということでしょうか。
シバタ:ITのトップ企業は、ガリガリに社内でAIを使い倒しています。だから生産性が向上し、従業員を増やすことなく売上高を伸ばすことができているのです。GAFAMがこうなっている以上、世界中の企業がこうした方向性に向かうことは間違いありません。生産性が低いままでは競争できなくなるので、AIを活用して生産性を高めなければならなくなるのです。こうした競争にガッツリ食らいつくとしたら、もうラストバスに近いでしょう。GAFAMほどの企業が、少ない人員で利益を上げるために、最新のテクノロジーを貪欲に取り入れているからです。
GAFAMほどの先進企業ではない会社の動きはどうでしょう。
シバタ:GAFAMのレベルではなくて、上場しているSaaSの会社などを見てもAIを社内で使い倒して決算の数値が伸びている企業が増えてきました。特に営業プロセスにAIを導入している会社が多いですね。決算発表を見ると、「AIを使ったら、リードから商談に至る数が何十倍になりました」「AIだけで、1万件のリードを獲得しました」といった成果が並んでいます。
そこで何をやっているかというと、営業担当者1人当たりの売り上げを増やすためにAIを使っているのです。内部の営業事務をいかに早く回すか、たくさんの商談ができるかというレイヤーです。こうした企業はGAFAMと違ってLLM(大規模言語モデル)を独自に作ったりはしていません。様々な既存のLLMに営業プロセスを教え込んで、AIを使って営業担当者の生産性を劇的に上げているのです。この使い方ならば、まだラストバスは出ていません。日本企業が持つ多くの現場のデータをLLMに学習させることで、営業だけでなく、生産から販売、マーケティング、アフターサービスなどの多くの業務の生産性を高めることができるでしょう。
「AIはまだカオス」でも、すぐ使い始めるべき
シバタさんは米国を拠点にしていらっしゃいます。仕事の仕方がAIによって変化していると感じるところはどのような部分でしょうか。
シバタ:AIによる変化の典型は、「エンジニアがコードを書かなくなった」ということでしょうか。スタートアップでも、ほとんど人間がプログラムのコードを書かなくなっています。AIが書いてくれるようになったからです。最近の米国の統計で出身学部別の就職状況を見ると、大学でコンピューターサイエンスを専攻したのに卒業後に就職できない人が増えています。コンピューターサイエンスといえば、数年前までは最も給料が高くて就職しやすい専攻分野でした。それがもうAIに置き換わって、コードを書くだけでは就職できなくなっているのです。
それはびっくりする事実です。
シバタ:妻がうちの子どもたちに向けて「コーディングキャンプに入れたらいいのでは」と提案してきました。数年前までは正しい考え方でしたが、子どもたちが大人になる頃にはコーディング技術はコモディティーになっています。コーディングのような高いスキルが必要な仕事であっても、AIに置き換わりやすい部分があったのだと現実の厳しさを感じています。
多くの仕事で、そうした変化が起きていくのでしょうか。
シバタ:LLMのレイヤーがどんどん賢くなり、半年前にはできなかったことが今ならできるという現実が押し寄せています。仕事の効率化というのは、ある意味では終わりがない挑戦であり、早くやり始めたほうがいいことは間違いありません。早めにAIを使い倒していれば、新しいことができるようになったときにアップデートしやすくなります。早く使うことは大切です。
「AIはまだカオスだから使わないほうがいい」と言う人もいます。その考え方も分からなくはないですが、アフターAIの世界に向かうトレンドは不可逆だと思います。AIがない世界には決して戻らないからです。パソコンが出てきたとき、嫌いだとか理由を付けて使わない人がいました。でも今の世界でパソコンが使えない人は仕事ができません。どうせ使うなら、AIも早くから使って慣れておくといいと思いますよ。
日本企業では、AI活用に向けて障壁が高い印象があります。
シバタ:私は現在ベンチャーキャピタルのプロフェッショナルファームで仕事をしていますから、人数も少なくAIについても分かる人が多いので活用の自由度は高いのですね。でも特に大企業では制約が多いことも分かります。そうした中で日本が遅れているのではという話がありますが、大企業の社内に制約が多いことは日本だけではなく世界中で共通した課題です。そうした中で、生成AIの活用といった新しいことをしようとしたら、既存のルールが足かせになるケースが多いと感じています。特に大企業では、人が入れ替わっても業務が継続できるように、新しいことや異なることがしにくいルールができているからです。
そうした環境を打破するには、トップダウンが有効です。社長の一声で、「AIを活用するんだ!」と宣言する必要があるでしょう。もちろんセキュリティーやガバナンスはしっかりしないとダメですが、AI時代に即した形で社内ルールも変えて、トップダウンで推進するのが近道です。
紙でオペレーションしていた頃の社内ルールと、パソコン時代のルールは違いますよね。それと同じように、生成AI時代に適したルールも必要です。経営陣が真剣に向き合っていけると事態が進んでいくでしょう。
AIはコスト削減ではなく、「ワクワクする売上向上」に使え
トップダウンでAIを活用するためのヒントはありますか。
シバタ:大企業の経営者にお話しするとき、基本的には「AIを使い倒して会社の成長率を上げましょう」と言っています。少子高齢化が進み、成長が頭打ちになったり減少したりしている会社もあります。でも、すべての企業の経営者は、頭打ちの会社を年3%、できたら年10%の成長に変えたいと思っているはずです。ですから会社を成長させるためにAIを使えばいいのです。「自分の会社をもう一度速いペースに成長させるためにAIを使う」と割り切りましょう。そうなると、「何となくAIを使え」といった指示にはならないはずです。

KPIとしては、従業員1人当たりの売り上げの向上を掲げましょう。コスト削減の文脈で語られることが多いAI活用ですが、これまで以上に早く成長するためにAIを使うというポジティブな発想に転換してください。コスト削減はワクワクしません。一方で1人当たりの売り上げが増えれば、給料も増えるでしょうし、働き方もフレキシブルになります。AIをポジティブな成長のドライバーとして使う覚悟が必要です。
どんな業種や業態でも生きてくることですね。
シバタ:書籍『アフターAI』では、「営業」や「顧客対応」など6つの職種と、「ヘルスケア」「フィンテック」という2つの業種において、実際にどのように生成AIが仕事を変え、企業の成長に貢献しているかを、事例を交えて説明しています。生成AIスタートアップの具体的な事例からは、AIを活用したビジネスに直結するサービスの現在地も見えてきます。特殊な職種や業種の問題ではなく、誰もがAIを活用できる時代としてのアフターAIが迫ってきているのです。
シバタナオキ・尾原和啓著/日経BP/2420円(税込み)
■日時:2025年9月5日(金)19時(18時30分開場)~20時
■会場:六本木 蔦屋書店 2階SHARE LOUNGE内イベントスペース
※参加チケットの種類と料金などイベントの詳細とお申し込みはこちらから>>六本木 蔦屋書店『アフターAI』刊行記念イベント特設ページ
