シリコンバレーで多くのAI(人工知能)スタートアップに触れて投資をしてきた投資家のシバタナオキさん。AIが広く使われるようになった後の世界について、著書『アフターAI 世界の一流には見えている生成AIの未来地図』で、その牽引(けんいん)する重力の強さを語っています。世界ではすでにAIによる変化が進んでいます。このままでは日本はスマートフォンやクラウドのときと同様、AIの分野でもデジタル負け組になってしまうのではないか。日本で働き、企業を経営する皆さんの中にも、そうした危機感を持ちつつ、対応に悩んでいる方が多くいらっしゃるのではないのでしょうか。世界の事情を目の当たりにしているシバタさんに、日本がこのままデジタル負け組にならないためのヒントを聞きました。実は日本は、世界で一番になれるチャンスがあるといいます。(聞き手・構成/岩元直久、写真/小野さやか)

少子高齢化が最も進む日本にこそ生成AIで大チャンスが

デジタルの世界で日本は世界に後れを取っている印象が強くあります。AIは様々な用途で活用されているとはいえ、日本の産業や社会のDX(デジタル改革)を本格的に支えるものにはまだなっていないでしょう。ChatGPTが登場してから3年近くがたち、生成AIの認知が高まってきた現在の日本の状況をシバタさんはどのように見ていますか。

シバタナオキさん(以下、シバタ):日本が生成AIの登場後に置かれている環境については、メディアなどでは悲観的な捉え方をされることが少なくありません。でもぼくは、普通のメディアの人たちよりもポジティブに捉えています。生成AIをうまく活用できれば、日本にはすごく大きなチャンスがあるという考え方です。

シバタ ナオキ氏
シバタ ナオキ氏
NSV Wolf Capitalにて、パートナーとして、シリコンバレーの新興VCへのファンド投資、スタートアップへの直接投資を担う。エンジェル投資家として50社以上のスタートアップへ投資実績あり。楽天執行役員、東京大学助教を経て、スタンフォード大学の客員研究員として渡米。米国シリコンバレーでAppGroovesを起業。「決算が読めるようになるノート」を創業(2022年に事業譲渡)。東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻 博士課程修了(工学博士)。著書は『MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣』(日経BP)、『テクノロジーの地政学』(共著)(日経BP)。

それはどんな理由からですか?

シバタ:その理由は大きく2つあります。1つ目は、日本は世界で最も少子高齢化が進んだ国だということです。すでに様々なところで弊害が現れているように、労働力不足は顕著になっています。その労働力が足りなくなった部分に生成AIを活用できれば、いろいろな問題が解決できるんです。

 今の生成AIは、LLM(大規模言語モデル)を中心に進歩しています。これは言語化された情報をデジタル化して取り扱う段階です。でも生成AIの世界は、言語化された情報を扱う段階から、物理的なタスクを処理する段階へと進化が続いています。生成AIを活用したロボットがどんどん出てくると、製造業を含めた多様な産業で生成AIの効用を享受できるようになります。これは日本にとって大きなプラスになるはずです。

デジタルの世界だけでなく、物理的なタスクでも生成AIが生産性を高めてくれるのですね。

シバタ:これまでの世の中では、国の経済規模を示すGDP(国内総生産)を増やすには、人口を増やすことが不可欠でした。しかし先進国でその方法が成功しているのは、移民を受け入れて人口を増やしているアメリカだけです。一方で多くの先進国では少子化が進み、人口減少の危機に向き合っています。人口が減ると、GDPは減少して国が衰退していくのです。

 そうした状況を打破できる「国の新しい成長モデル」として、生成AIの活用が有効だと思います。日本は先進国のさらに先を行く課題先進国です。一番困っている国だからこそ、生成AIを活用して生産性を高めて、GDPを増加させる成長モデルの導入がうまくいく可能性が高いのです。日本で成長モデルを描ければ、世界に与えるインパクトは大きいでしょう。

“新人教育”は日本の強み、欧米よりLLMの能力を高められる

日本に生成AIがチャンスを与える理由の1つ目はよく分かりました。もう1つの理由についても教えてください。

シバタ:LLMは、皆さんもご存じのようにとっても賢いですよね。でもそれを実際のビジネスの現場に入れようとすると、それぞれの業界や業務の知識が足りないことが分かります。追加学習をしないと使い物にならないのです。追加学習のことをファインチューニングと言いますが、学習させるデータを整理して用意するだけでもかなり大変なプロセスになります。

ファインチューニングをする際に、日本に強みがあるんですか?

シバタ:はい。日本企業は新卒一括採用を長く続けて、社員を育てるプロセスを持続していますよね。能力があるLLMも新入社員も、まだ自社や業界で必要な情報は学習していない状態です。新入社員は研修で一人前に育てます。このプロセスがあることは、LLMをファインチューニングする際にも生かされます。LLMも、最初はできなかったことが経験を蓄積することでできるように成長するからです。

 欧米ではスキルマッチングやジョブマッチングの形で、スキルがある人を採用します。育成プロセスが組織にありません。日本には育成プロセスが組織に染み込んでいます。今まで日本企業の弱点と言われがちだった新卒一括採用への対応が、日本企業の組織としての強みに変わる可能性があります。

そうしたチャンスを日本企業はうまく生かせるでしょうか。

シバタ:一番困っているところに適用すれば、うまく使えると思います。ポジティブに考えてほしいです。これまでスマートフォンの波があって、クラウドの波があって、日本は完全に乗り遅れましたよね。デジタル植民地、デジタル赤字といった話が国会でも出るほどです。でも、今回のAIの話は、LLMやチップのレイヤーはアメリカの一強になっていますが、高性能なLLMをビジネスの世界で使い倒していくレイヤーでは世界で一番になれる可能性があると思います。

 少子化、人手不足でどんよりしている部分のある日本ですが、AIをフル活用して国が明るい方向に向かう未来ができるといいなと思います。

ロボットに生成AIが載り、製造業が強い日本の勝ち筋に

生成AIがロボットを変えていくことが、日本にとって1つの着目点になるというお話がありました。

シバタ:生成AIは、現在はLLMとしてデジタル化されている部分で使われていますが、次は必ずロボットに応用されるようになります。すでに用途特化型のロボットは出来上がってきています。生成AIとロボットの掛け合わせは、製造業が強い国に恩恵を与えることになるでしょう。

製造業が強い国が恩恵を得られるのはなぜでしょう。

シバタ:AIの世界は、学習データがないとどうにもならないことはご存じでしょう。LLMの開発では、インターネット上の多くの文書や画像を学習できるグローバルのIT大手に有利に働きました。ではロボットの世界ではどうでしょう。例えば製造業の現場のオペレーションのデータがなければ、ロボットを賢く学習させることができません。現場のデータは、日本やドイツ、韓国、台湾といった製造業に注力している国・地域にはしっかりとした蓄積があります。製造業は賃金が安い国にシフトすればいいと言われることもありましたが、生成AIの時代になると製造業が強い国の価値が改めて見直されるでしょう。

 生成AIによって付加価値が高い製造業を生み出すようなロボットは、今年、来年にはまだ登場しないかもしれません。それでも少なくとも数年後にはLLMで得た知性がロボットや物理世界にも広がります。そのときに慌てることがないように、今すぐに生成AIをどんどん活用していくことが必要です。

生成AIの世界の中心が、LLMやチップから現実社会のアプリケーションのレイヤーに移り変わっていくのですね。

シバタ:書籍『アフターAI』の中で説明していますが、クラウドとAIの比較が分かりやすいと思います。クラウドの世界は、当初は下層のインフラのレイヤーが大きく、上位層のアプリケーションのレイヤーが小さい三角形の産業構造でした。ところがSaaSが広がり、現在ではアプリケーションのレイヤーが大きい逆三角形になっています。一方で、AIはまだLLMやチップという下位レイヤーが大きい三角形です。それが今後アプリケーションのレイヤーが大きな逆三角形になっていくことは間違いないです。アプリケーションのレイヤーの大きな部分を占める現実社会の課題解決ができれば、日本はそのレイヤーの主導権を握ることができるでしょう。

 日本企業が生成AIを活用していけば、企業自体が再成長してグローバルに勝てるようになるというのも、突拍子もないストーリーではないと思いますよ。

日本の生成AIのビジネス実装は一見、諸外国に比べて立ち遅れているように見えるが、その実、ひとたび実装に向けてかじを切ることさえできれば、有利な状況はそろっている。AI革命以降に日本企業がたどるべき道を示した生成AIの「未来地図」となる一冊。

シバタナオキ・尾原和啓著/日経BP/2420円(税込み)
『アフターAI 世界の一流には見えている生成AIの未来地図』(日経BP)の刊行を記念したイベントが開催されます。2025年9月5日19時~ 六本木 蔦屋書店にて著者のシバタナオキさんが登壇、「アフターAI」時代に日本のビジネスパーソンの勝ち筋はどこにあるのかを語ります。オンライン参加も可能です。

■日時:2025年9月5日(金)19時(18時30分開場)~20時
■会場:六本木 蔦屋書店 2階SHARE LOUNGE内イベントスペース
※参加チケットの種類と料金などイベントの詳細とお申し込みはこちらから>>六本木 蔦屋書店『アフターAI』刊行記念イベント特設ページ