企業の不祥事のニュースなどを見るたびに、「なぜそんな意思決定をしたのか?」と思うことは少なくないでしょう。世間でよく批判の的になるのは、経営者の判断や責任者の言動です。しかし、組織の失敗には、“集団”だからこそ起きるものもあります。同調圧力、「前例踏襲」の合言葉、責任の所在が曖昧なまま進む会議…。それらは遠いどこかの会社だけの話ではなく、あなたが属する組織にも多かれ少なかれ潜んでいるはずです。

 今回、読書のプロである荒木博行さんに選んでもらったのは、若手からマネジメント層まで、「意思決定」について学べる本。組織はなぜ判断を誤るのか。よりよい意思決定のために何ができるのか。厳選の5冊を通して探ります。

「優秀な人」だけの集団がなぜ間違うのか

1. 『集団浅慮 「優秀だった男たち」はなぜ道を誤るのか?』(古賀史健著、ダイヤモンド社)

『集団浅慮 「優秀だった男たち」はなぜ道を誤るのか?』(古賀史健著、ダイヤモンド社)/画像クリックでAmazonページへ
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 「自分はちょっと違和感があるけど、問題があるなら誰かが言うはずだよね」「誰も言わないってことは、大丈夫ということか」と集団の過ちを黙認してしまう。そうして、誰も声を上げないまま、最善とは思えない意思決定がするすると承認されていく。そんな会議に覚えはないでしょうか。

 驚くのは、そうした空気は仲の悪い組織ではなく、むしろ一体感のある“いいチーム”のほうが生まれやすいということです。異論を口にすることが仲間への裏切りのように感じられると、疑問はどんどん封じられていきます。

 この「集団浅慮」という現象に正面から切り込んだのが、古賀史健さんの本書です。2025年に表面化したフジテレビ問題を題材にしたことで、大きな話題を呼びました。第三者委員会の調査報告書から見えてくるのは、問題の背景には、個人だけではなく企業風土があったということ。何か大きな失敗が起きると、「結局、誰の判断が悪かったのか」と考えたくなりますが、組織の場合、誰か1人が間違えたというより、集団だったからこそ間違った方向へ進んでしまうことがある。それがまさに、この本で扱う「集団浅慮」です。

 こうした問題は、個人のトレーニングだけではなかなか改善しないのも厄介なところです。ビジネススクールなどには「個人の意思決定力を鍛えるプログラム」といったものがありますが、一人ひとりの判断力を高めれば、組織の判断力も同時に高まるというわけではない。どれだけ優秀な人でも、集団の中に入れば判断を誤る可能性があります。だとすれば、見るべきは個人の能力ではなく、人と人との関係性です。組織全体を見て、その関係性に手を入れなければ、集団浅慮は繰り返されてしまう。

 「優秀な人を集めれば、優秀な組織になるとは限らない」。そんな、当たり前のようで見落としがちな事実を、この本はリアリティーをもって教えてくれます。

「うちの組織じゃん」とギョッとする本

2. 『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎著、中公文庫)

『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎著、中公文庫)/画像クリックでAmazonページへ
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 合理的なデータより、“空気”が意思決定を動かしてしまう。派閥や序列を守るために、能力に疑問符が付く人であっても降ろせない。失敗が起きても誰かを責めれば人間関係が壊れるから、うやむやにするか精神論で片付けてしまう。「えっ! それってうちの組織じゃん」とギョッとした人もいるかもしれません。

 こうした問題が、戦時下の日本軍でも起きていたことを教えてくれるのが、『 失敗の本質 』です。名著中の名著なので、ご存じの方も多いと思います。この本はさまざまな角度からの分析があるのですが、「意思決定」の文脈で、なおかつ「集団浅慮」のメカニズムを知った上で読むと、ことさら身につまされると思います。

 カギとなるのが、本書の「シングル・ループ学習」と「ダブル・ループ学習」という考え方です。シングル・ループ学習は、同じ前提の中で改善を繰り返すこと。ダブル・ループ学習は、「そもそもなぜこんなことが起きているのか?」と前提そのものを俯瞰(ふかん)して問い直すことです。さまざまな組織を見ていると、このダブル・ループ学習が意外とできていないのです。

 例えば、あなたが生え抜きで育った部署のトップになった後で、「この部署はもう解散しなきゃいけないかもしれない」と考える場面を想像してみてください。メンバーがどう育ってきたかも知っているし、自分の過去とも重なる。この部署がなくなったら彼らはどうなるんだろう…とリアルに想像すると、本質的な意思決定ができなくなってしまいます。

 こうして、プレーヤーの視点を引きずったままだと、「部下との関係を損ねない範囲で何ができるか」と考えてしまいがちです。嫌われても正しいことをする上司と、愛されても組織を路頭に迷わせる上司、どちらになるのか。残酷な2択ですが、マネジメントに求められるのは、「今、本当に必要なことは何か」をゼロベースで考えることです。

 ちなみに、こうした組織の空気を壊してくれるのは、意外と“外から来た人”であることが多い。内部のしがらみから自由だからこそ、既存のやり方に疑問を投げかけることができます。組織に外部の人を入れる意味は、異論そのものを持ち込むこと以上に、「これまでの文脈を断ち切れる人」を持ち込むことにあると思います。

足りないのは「情報」ではなく「情報をつなぐ力」

3. 『才能をひらく編集工学 世界の見方を変える10の思考法』(安藤昭子著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)

『才能をひらく編集工学 世界の見方を変える10の思考法』(安藤昭子著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)/画像クリックでAmazonページへ
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 僕たちは限られた情報の中で、すでにある情報の組み合わせだけで答えを出そうとしがちです。でも、情報のつなぎ方を変えれば、まったく違う「第3の道」が見えてくるかもしれません。そのための思考の技術として面白いのが、本書で紹介される「3つのA」——アナロジー(analogy)、アフォーダンス(affordance)、アブダクション(abduction)です。

 安藤昭子さんは編集工学研究所の社長で、編集工学の提唱者・松岡正剛さんの薫陶を受けた方です。意思決定の場面で、僕らはよく「情報が足りないから決められない」と言います。でも、この本を読むと、その認識自体を疑いたくなる。足りないのは情報ではなく、手持ちの情報を組み替える「編集」の力なのではないか。情報は集めて終わりではなく、どう関係付けるかが重要です。同じ情報でも、つなぎ方や見立てを変えれば、違う選択肢が見えてきます。この本自体は意思決定論の本ではありませんが、僕は意思決定の技術として大いに学びがありました。

 先に紹介した「3つのA」のうち、アナロジーは、「似たことは別の領域でも起きていないか」と考える見立ての力。アフォーダンスは、「自分は何をしたいか」ではなく、「この環境は今、何を求めているのか」と環境の側から考える発想です。そしてアブダクションは、離れたところにある事象を1つの仮説で説明してみる仮説推論です。実は陰謀論でもよく使われる思考法で、「あれもこれも、実は全部この構造で説明できる」とつないでしまう。場合によってはちょっと怖い使い方もできてしまうのですが、かなりクリエイティブな作業なんですよね。

 僕は何か企画を考えるとき、まずアフォーダンスで世の中が求めているものを捉え、そこにアナロジーやアブダクションを重ねることがあります。新しい情報を増やさなくても、手持ちの情報のつなぎ方を変えるだけで、提案は大きく変わる。ここまでの2冊が組織や人間関係から意思決定を考える本だとすれば、これは「個人のクリエイティビティから意思決定を変えていく」本です。そういう意味で、今回紹介する5冊の中でも、異色の1冊かもしれません。

「1人の強者」に頼らないリーダーシップ

4. 『ミネルバ式 最先端リーダーシップ 不確実な時代に成果を出し続けるリーダーの18の思考習慣』(黒川公晴著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)

『ミネルバ式 最先端リーダーシップ 不確実な時代に成果を出し続けるリーダーの18の思考習慣』(黒川公晴著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)/画像クリックでAmazonページへ
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 実は、僕は社会人向けのミネルバ式リーダーシッププログラムの講師を務めています。革新的な教育で知られる米ミネルバ大学のカリキュラムを、教える側の立場から見てきたわけですが、この本で語られるリーダーシップ観には、正直、僕自身がすごく勉強させられました。

 例えば、鳥の群れが飛んでいるのをよく見かけると思います。でも、中心にリーダーがいるわけではないですよね。ただ、「互いに近づき過ぎずに前に進む」といった簡単なルールが個体それぞれにインストールされていて、その結果、1つの群れとして動き、目的地にたどり着く。誰か1人が答えを出して引っ張るのではなく、みんなが判断し、みんなで自己修正しながら進んでいく。リーダーが考えるべきなのは、そのための“設計”だというのが、この本が教える「アダプティブ・リーダーシップ」です。

 これまでのリーダーシップ像といえば、1人でいろんなことを考え抜き、「これだ」という答えを出して、旗を立ててみんなを奮い立たせて巻き込んでいくタイプが多かったと思います。つまり意思決定は1人でやるもの、という前提です。しかし、アダプティブ・リーダーシップは、その真逆。組織を引っ張るのではなく、組織全体が自律的に判断し、動いていけるような“流れ”を作る。それが、この本が伝えるリーダーの役割です。

 今の世の中は先が読めないくらい複雑になっています。これからどうなるのかが読める世の中なら、賢い1人が決めていけばいいでしょう。でも、もうそれが分からなくなってきている。だとしたら、特定の人の狭い視野で意思決定することはとても危険です。

 面白い皮肉だなと思うのは、こうしたリーダーシップ論がアメリカから出てきていることです。トランプ大統領に象徴されるように、強い個人が決断して人を引っ張っていくリーダー像が目立つ一方で、最先端の大学では「1人のリーダーに頼らない」方法を教えている。このコントラストがとても興味深いですよね。

小説で意思決定の「本質」に触れる効果

5. 『チップス ハゲタカ6(上・下)』(真山仁著、日経BP)

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 ここまでは理論的な話を重ねてきましたが、「意思決定」は突き詰めると、とても生々しい人間の営みだと思うのです。そこで、この小説『 チップス ハゲタカ6(上・下) 』の登場です。『ハゲタカ』シリーズ8年ぶりの新作で、舞台は台湾、テーマは半導体覇権。国の命運を左右する産業の中で、「決めなければならない人間たち」の姿を描いています。

 本作には、恐怖や保身、プライドといった、一筋縄ではいかない人間の感情が次々と出てきます。僕らがニュースなどで目にする意思決定は、結果として表に出てきた氷山の一角にすぎません。水面下には、ものすごく生々しい人間の葛藤がある。そしてそこに、意思決定の本質があります。そうした葛藤は、ノンフィクションや小説を読まないとなかなか見えてきません。

 ノンフィクションや小説は、意思決定を追体験させてくれる装置でもあります。ここまで紹介した4冊と併せて、セオリー(理論)とストーリー(物語)を行き来することが、僕たちの意思決定の力を高めてくれるでしょう。理論だけでは頭でっかちになってしまうし、自分の経験だけでは特定の狭い世界で閉じてしまう。だからこそ、実生活では経験していないような物語に触れ、他者がどう迷い、どう決断したのかを知ることが必要なのです。

取材・文/金澤英恵 構成/大松佳代(日経BOOKプラス編集部) 編集協力/山崎綾