コロナ禍で売り上げが95%減まで落ち込み、廃刊の危機に直面した、歴史ある旅行ガイドブック『地球の歩き方』。ピンチのさなか、「海外旅行ガイド」の“型”を打ち破り、国内ガイドを展開するなどでV字回復を遂げた。『ジョジョの奇妙な冒険』『ムー』『スター・ウォーズ』など、異世界とのコラボも話題に。V字回復の立役者の1人であり、現編集長として多彩なアイデアを取り入れる由良暁世さんの、考えの源になっている愛読書を聞いた。

2002年から『地球の歩き方』の編集に携わり、現在は編集長を務める由良暁世さん。旅好き女子に向けた『aruco』シリーズの立ち上げも担当した
2002年から『地球の歩き方』の編集に携わり、現在は編集長を務める由良暁世さん。旅好き女子に向けた『aruco』シリーズの立ち上げも担当した

廃刊の危機で生まれたアイデアで、10万部のヒット

 1979年の創刊から46年余り、『地球の歩き方』は160の国と地域を網羅する旅行ガイドの定番として親しまれてきた。しかし、2020年に始まったコロナ禍で旅に出る人が激減し、販売が低迷。売り上げが95%も減少するという深刻なダメージを受け、21年1月には、版元のダイヤモンド・ビッグ社から学研グループに事業譲渡された。20人以上いた編集部員は半減し、かつてないほど危機的な状況に立たされた。

 20年に開催予定だった東京五輪に向けて制作していた『地球の歩き方 東京』は、開催延期に伴い、お蔵入りのピンチに。ところが、これが予想外の結果につながったという。

 「東京編の企画が立ち上がったのは、『地球の歩き方』の創刊40周年に当たる年でした」と振り返るのは、当時は編集部員として奔走し、現編集長を務める由良暁世さん。「東京五輪もあるし、記念に海外版のセルフパロディーとして『東京』編を作ってみよう、ということになり、前編集長の下で制作が始まりました。出版のタイミングは東京五輪が延期になりステイホームが叫ばれていたときだったので、大々的には宣伝せずに売り出したのですが、10万部のヒットになったんです」。どこにも行けなくなってしまった東京在住の人々が、自分たちの街で遊びたいというニーズにマッチした。

エリアが狭くなるほど、読者の熱が上がる

 こうして立ち上がった国内版は、V字回復を支えるキラーコンテンツとなった。コロナ禍が終わった今でも、その人気は根強い。東京の後には、22年には『 東京 多摩地域 』、『 京都 』を発売。続いて、『 沖縄 』、『 北海道 』、『 日本 』、『 千葉 』、『 埼玉 』、『 神奈川 』…と、次々登場した。20年から新たに始まったシリーズにもかかわらず、国内版は累計132万部を突破している。

 特筆すべきは、『千葉』だけでなく『 千葉市 』もある点。23年に由良さんが編集長に就任した後、24年には初めて「区」だけを取り上げた『 地球の歩き方 世田谷区 』を発売した。「世田谷区を選んだのは、地元愛が強そうなエリアだから。続いて『 杉並区 』、『 調布市 』も出しました。世田谷、杉並と続いてなぜ調布? とよく聞かれますが、豊かな自然と文化を感じられるエリアで、名刹(めいさつ)の深大寺や水木しげるさんゆかりの地、老舗の飲食店など、奥深い魅力のあるスポットが豊富なんです」。狭域になるほど、「うちの街が本になった!」と興味を持ってもらえるメリットがある。

シリーズ累計132万部の国内版。26年9月には東京の下町エリア『足立区』を発売予定
シリーズ累計132万部の国内版。26年9月には東京の下町エリア『足立区』を発売予定

『ムー』や人気漫画とのコラボも実現

 一風変わった「異世界」とのコラボも増えている。22年には、ミステリーマガジン『ムー』(ワン・パブリッシング)とのコラボ企画で『 地球の歩き方 ムー ~異世界の歩き方~ 』が登場。ネス湖やUFO関連地域などを取り上げて紹介し、かつてない切り口が話題を呼び14万部のヒットとなった。

 さらに荒木飛呂彦氏の人気漫画『ジョジョの奇妙な冒険』(集英社)とのコラボ『 地球の歩き方 JOJO ジョジョの奇妙な冒険 』は17万部に到達。由良さんの提案で実現した夢のガイドブックだ。「漫画『ジョジョの奇妙な冒険』は、部ごとに舞台が変わり、イギリスやイタリア、アメリカ、エジプトなど、旅人が一度は行きたいと憧れる国や都市がたくさん登場します」。世界各地の情報に加えて、物語に登場する街「杜王町(もりおうちょう)」についても、しっかり真面目に解説している。26年7月には、『 地球の歩き方 スター・ウォーズ 』を発売し、舞台を銀河にまで広げている。

『地球の歩き方 JOJO ジョジョの奇妙な冒険』(C)荒木飛呂彦 & LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社は作中の街「杜王町」もガイド。『地球の歩き方 ディズニーの世界』(C)Disneyや投資信託の「eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)」を題材にした『地球の歩き方 オルカン』も登場した
『地球の歩き方 JOJO ジョジョの奇妙な冒険』(C)荒木飛呂彦 & LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社は作中の街「杜王町」もガイド。『地球の歩き方 ディズニーの世界』(C)Disneyや投資信託の「eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)」を題材にした『地球の歩き方 オルカン』も登場した

好きなビジネス書は“ゼロイチ”の奮闘記

 アイデアあふれる編集部をまとめる由良さんは、冷静な視点も手放さない。「海外旅行に出る日本人の数はコロナ禍以前の水準に回復していませんし、インフレや円安がしばらく続くリスクもあります」。旅情報をSNSで発信する個人も増え、紙の旅行ガイドブックの役割を改めて見つめ直す場面になっている。

 「でも振り返ると、同様の“危機”は過去にもあったんです。米同時多発テロ、重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行、リーマン・ショック、新型インフルエンザ、中東呼吸器症候群(MERS)…。これらを乗り越えて、『地球の歩き方』は成長してきました。いつの時代も旅への憧れはなくならないと思います。私たちはその火を絶やさないようにしながら、いざ皆さんが旅に出るときに役立つ存在であり続けたいと思っています」。

 そんなふうに折れないしなやかなマインドを持つ由良さんは、読書について、「ゼロイチで新しい価値を生み出す人たちの奮闘記が好きなんです」と話す。その一つとして、『 アンビシャス 北海道にボールパークを創った男たち 』(鈴木忠平著、文藝春秋)を挙げる。

『アンビシャス 北海道にボールパークを創った男たち』(鈴木忠平著、文藝春秋)/画像クリックでAmazonページへ
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 本書は、23年に開業した北海道日本ハムファイターズのボールパークについて、構想段階からの人間模様を描いたノンフィクション。「同地へ行く機会があり、読みました。日ハムの新球場がある巨大なアクティビティ施設ですが、なぜここに本拠地をつくったのだろう、と気になったのがきっかけです。行政主導だったのかと思いきや、全くそんなことはなく、前例がない“新しい場”を生み出す苦労と、それを実現した人たちのエネルギーに圧倒されました。ボールパーク建設の裏にこんな人間ドラマがあったとは! と驚く一冊です」

 ゲームからヘルスケアなど幅広い事業を展開するDeNAの創業者で、26年に社長に復帰して話題となった南場智子さんの『 不格好経営 』(南場智子著、日本経済新聞出版)も、愛読している。

『不格好経営』(南場智子著、日本経済新聞出版)/画像クリックでAmazonページへ
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 「マッキンゼー・アンド・カンパニーのパートナー(共同経営者)という地位を捨てて、一から創業した熱量もまた、桁外れです。失敗談や逡巡したことも包み隠さず書かれていることにも胸打たれます。これほど行動力のあるタフな方でさえ、こんなに大変な経験と努力をされているのだから、自分の苦労なんてまだまだだな…と。読みながら、私の仕事も『まだやれることはたくさんあるぞ』と活を入れてもらったような気がしました」(次回へ続く)

取材・文/茅島奈緒深 構成/大松佳代(日経BOOKプラス編集) 写真/洞澤佐智子、スタジオキャスパー(『不格好経営』)