2025年11月、中央大学多摩キャンパスで、作家生活15周年の作品となる『 イン・ザ・メガチャーチ 』を上梓した朝井リョウさんの講演会(中央大学文学会主催)が開催されました。当日、約350席の会場は満席になり、熱気に包まれるなか、事前に参加者から募集した朝井さんへの質問に朝井さんが答える形で講演がスタート。朝井さんのユーモアあふれる軽快なトークに会場が沸いた講演の一部を4回に分けてお届けします(今回は4回目)。聞き手は中央大学文学部国文学専攻4年生で、文学会イベント代表の蓬田盟さんです。

エッセーを書いている自分はAIみたい

中央大学文学会・蓬田さん(以下、──) 今回はエッセーに関する質問も多かったですね。

聞き手は中央大学文学部国文学専攻4年生で、文学会イベント代表の蓬田盟さん
聞き手は中央大学文学部国文学専攻4年生で、文学会イベント代表の蓬田盟さん
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朝井リョウさん(以下、朝井) 「エッセーと小説では気持ちを切り替えますか?」というような質問もたくさんいただいたのですが、この切り替えって多分内容に伴った精神的なスイッチングの話ですよね。確かに私の中に切り替えのスイッチはあるんですけど、それは精神的な部分ではなくて、技術的な部分なんです。エッセーって、私が経験したごく私的な出来事を何の文脈も共有していない相手に可能な限り正確に伝えないといけないので、「何をどれぐらい説明するか」という点において文章の書き方が小説と全く違うんです。そこは切り替えます。

文章関連で「生成AIと人間の文章の差はどういった部分に現れると思いますか?」という質問がありました。

朝井 私はエッセーを書いているときの自分、すごく生成AIっぽいと思います。「この状況を正しく伝えて笑ってもらう」というゴールが明確だから、その目標を達成するための的確な道筋を考えているので。

 でも、小説はゴールが明確ではないですし、読者のことも考えずに書いているので、情報が一直線に並んでいないんですよね。矛盾や、論理としては破綻しているものを閉じ込められるのが小説だなと感じます。

「エッセーを書いているときの自分、すごく生成AIっぽいと思います」
「エッセーを書いているときの自分、すごく生成AIっぽいと思います」
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エッセーといえば、講演会の参加者から「一番、面白いエッセーを書きそうな動物は?」という質問が寄せられました。朝井さんはアンケートで「猫」と回答されていますが、どうしてですか。

朝井 猫はいい意味で人間を下に見ている感じがしますよね。その感じの文体を読みたいなって。

 でも、今のって人間主体の考え過ぎるかなあ。 『生殖記』(小学館) を書くときにいろいろな動物の生態を調べたんですが、ダルマハゼも面白いかも。ダルマハゼは共同体の中で一番大きい個体がオスになるんですよ。共同体内の役割で雌雄が決まるってすごく動物的ですよね。急にオスをやらなきゃいけなくなったダルマハゼのエッセーとか読みたいな。

ダルマハゼは初耳です。ネズミはどうですか? 見識が広そうですよね。ちなみにネズミといえば、中央大学のマスコットキャラクターは壇上にもいる「チュー王子」です。

朝井 この子、チュー王子っていうんだ……ネズミって見識が広いんですか?

中央大学のマスコットキャラクター「チュー王子」をさわる朝井さん
中央大学のマスコットキャラクター「チュー王子」をさわる朝井さん
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いや、どこでも入り込めそうだなと思って。僕、先生のエッセーが大好きなんですよ。

朝井 「先生」って呼ばなくていいよ。学校の先生以外で先生呼びを躊躇(ちゅうちょ)なく受け入れている人には詐欺師が多いですから。みなさんもお気をつけください。

そうですか。では、ここからは朝井っち、リョウっちと呼んでもいいですか。

朝井 いいよ。私は「蓬田さん」って呼びますけど。

やっぱり「朝井さん」で。

朝井 はい(笑)。

ちなみに朝井さんのお薦めのエッセーはありますか?

朝井 私は、そこらじゅうで話しているんですけど、 『もものかんづめ』 『たいのおかしら』 『さるのこしかけ』 (すべて集英社文庫)など、さくらももこさんのエッセーを読んで育った人間なんですね(下写真)。

スライドでは、さくらももこさんのエッセー『もものかんづめ』『たいのおかしら』『さるのこしかけ』『あのころ』『まる子だった』『ももこの話』『ひとりずもう』(すべて集英社文庫)が映し出された
スライドでは、さくらももこさんのエッセー『もものかんづめ』『たいのおかしら』『さるのこしかけ』『あのころ』『まる子だった』『ももこの話』『ひとりずもう』(すべて集英社文庫)が映し出された
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 さくらさん以外でお薦めなのは岸本佐知子さんのエッセーシリーズです。 『ねにもつタイプ』 『なんらかの事情』 『ひみつのしつもん』 など(すべてちくま文庫)ですね。とても読みやすくてニヤッとしてしまうエピソードばかりで大好きです。あとはニットデザイナーの三國万里子さんの 『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』(新潮文庫) というエッセーも大好きです。静かで落ち着いた文章なんですけど、強い芯が真ん中にずんと通っている感じがして、あまり感じたことのない種類のたくましさを受け取ることができます。

1冊の本で人生が変わるのは危険

朝井 事前に質問を募集する形式を採ると、この系統の質問も多くいただきます。「人生観や自分の価値観が大きく覆されたような本があれば教えてください」「人生が変わる1冊があったら教えてください」。

 これには佐藤優さんの 『学生を戦地へ送るには 田辺元「悪魔の京大講義」を読む』(新潮社) を挙げます。太平洋戦争の日米開戦前夜、京都大学の哲学教授・田辺元さんが行った講義を、著者の佐藤さんが合宿授業で解説した内容がまとめられている本です。田辺さんはたった1回の講義とその議事録で、いわゆるエリートの若者たちを戦争に向かわせました。しかも防衛のための戦争ではなく、侵略戦争です。人の思想はたった1冊でどういう方向にも変わってしまうということに気づかされます。

 「人生観や自分の価値観が大きく覆されたような本があれば教えてください」という系統の問いに対する私の答えは、「人生を1冊の本で変えようとしないでほしい」ということ。たくさんの本に触れて、いろんな本から少しずつ影響を受けて、自分自身を細かく細かく更新していくことをお勧めします。本というエネルギーのあるものに対して向き合うときは、多少の警戒心も必要だと思うんです。

朝井リョウ
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朝井リョウ
作家
1989年、岐阜県生まれ。
2009年、『桐島、部活やめるってよ』で小説すばる新人賞を受賞してデビュー。『何者』で直木賞、『世界地図の下書き』で坪田譲治文学賞、『正欲』で柴田錬三郎賞を受賞。ほかの著作に『スター』『そして誰もゆとらなくなった』『生殖記』など多数。

朝井リョウがこれから読みたい本

朝井 最後に私がこれから読むのを楽しみにしている本の中から1冊紹介します。古谷田奈月さんの 『うた子と獅子男』(河出書房新書) 。2026年1月に久しぶりに長編小説が出るそうで、楽しみにしています。

 古谷田さんの作品といえば 『望むのは』(新潮社) をずっとお薦めしています。簡単な言葉であらすじを説明したくないので、ぜひ公式の情報を検索してみてください。ずっと大好きな作品だし、これも学生時代に出合っていたかった1冊です。

 最後まで聞いてくださって、ありがとうございました。ねえ、この等身大パネル(この講演会のために作られた朝井さんの等身大パネル4つ)ってこの後どうするの? 文学会のみんなで首とか折って捨てるの?

大丈夫です。僕が記念に持って帰ります。今日はありがとうございました。

講演会の最後には朝井さんと蓬田さんとの2ショットタイムが。手には中央大学のマスコットキャラクター「チュー王子」
講演会の最後には朝井さんと蓬田さんとの2ショットタイムが。手には中央大学のマスコットキャラクター「チュー王子」
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「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」――2025年、作家生活15周年を迎えた朝井リョウが、ファンダム経済を仕掛ける側、のめり込む側、かつてのめり込んでいた側――世代も立場も異なる3つの視点から、人の心を動かす“物語”の功罪を炙り出す。

朝井リョウ著、日本経済新聞出版、2200円(税込み)

取材・文/三浦香代子 構成/幸田華子(第1編集部) 写真/稲垣純也