人生に大きな不満はない、日々それなりに楽しく過ごしている。しかし、どこか「しっくりこない」と感じることはありませんか。情報があふれる時代を生きる私たちは、まわりの声に影響されて、自分らしさよりも「誰かの正解」を求めがちです。そんな日常の中で自分を見失わないための「言葉の習慣」を、新刊『 感性を言葉にする 「自分の言葉」で生きるための教科書 』から一部抜粋し、お届けします。第1回は「心の言葉」について。
言葉は心でつくられる
心がどこにあるかという認識は人によって違う。
頭という人もいれば、心臓のあたりをさす人もいる。国籍や性別によっても大きく変わるようだ。古代人は、腹を心と捉えていたとも言われる。
ここでは単純に、「心臓」をそっくりそのまま「心」に置き換えてみる。
人間にとって言葉は、心臓から送り出される血液と同じくらい重要な役割を果たしている。たとえば、自分を傷つけるような言葉が全身をめぐっていく様子を想像してみよう。
血管をトゲトゲしたものが、つっかえつっかえ流れていく。
想像するだけで、体のどこかが痛むのではないだろうか。
心は、言葉という血液が満ちている心臓のようなものなのだ。
心臓から血液がめぐるように、心からは、言葉が循環している。よい成分の言葉を体内に回すことができれば、明るい記憶に満たされ、健やかでいられる。
言葉の成分がよいかどうかは、心の状態に左右される。
たとえば、緊張して心が萎縮すると、まるで心臓のポンプが押し潰されたみたいに、言葉はちぢこまってしまう。ちぢこまった言葉が心から流れ出すと、思考もうまく働かない。
スムーズに言葉が循環しなくなると、歪んだ言葉たちが自分の内側に蓄積されて、忘れた頃に感情が爆発したり、心が動かなくなってしまったりもする。
健やかな心から健全な言葉を生みだし、全身にまわすことで、自分という存在のエネルギーが最高潮に高まって、生命力溢れる自分自身になれる。
まずはこのことを、ざっと、脳裏に描いておこう。
ここまでの話は、ウォーミングアップのためのたとえ話だ。
だが、実際に、ノーベル生理学・医学賞を受賞した細胞生物学者エリザベス・ブラックバーンの研究によれば、慢性的なストレスや心の状態は、細胞の老化や身体の状況に影響を与えることがわかっている。なかでも激しい怒りや不信感、悲観的な思考は、細胞の寿命を左右する「テロメア」を短くする要因の一つと考えられている。
つまり、私たちが日々抱く思考や言葉は、細胞レベルで心身に影響を及ぼしている可能性がある。
そう考えると、循環する言葉が全身をめぐり、その質が健康状態さえ左右しているというのは、完全なおとぎ話とは言えないかもしれない。
現実を動かすのは、まだ形のない「心の言葉」
では、血液のように心に満ちている言葉とは、どのようなものか。本書では、「心の中にあるけれど、まだ声にも文字にもなっていない、生まれたての感覚」を「心の言葉」と定義している。
心理学者のレフ・ヴィゴツキーは、他人に話す言葉を外言、考えるための言葉を内言といった。「心の言葉」は、内言のうちでも、その人の本質から湧き起こる言葉、言語化される以前の感性の塊のようなもの、潜在的な本音などである。
言葉については、言語学、認知心理学や脳科学など、さまざまな方面から定義することができるが、ここでは、あえて「曖昧さ」を残したい。
人は「心」の存在を漠然と、しかし確かに捉えることができている。
だから、「心を込めて」と言われれば、方法を教わらなくても、私たちは自然と自分の内側にある感情や価値観に意識を向けることができる。同じように、「これは私の心の言葉?」と自問すれば、「心の言葉」が自分の内側にあることを感じることができる。
日常生活の中で実際にあなたを変えるのは、この「心の言葉」のようなまだ形のない言葉なのである。つまり、感性から生まれた「心の言葉」が、言葉→思考→行動→現実という一連の循環をつくり出していく。
そのイメージが、以下の図である。
自分のあり方と言葉に矛盾はないか?
ところでよく、ポジティブな言葉を発していると、ポジティブな人と出会い、ポジティブな人生がひらけるというけれど、本当にそうだろうか。思い出してみてほしい。心優しい人は、少し臆病な人に寄り添ってはいないだろうか。
全員がハイテンションのグループは、かえってまとまらず、エネルギーが空回りしてしまうこともある。
縁をつくっているのも、実は潜在的な言葉だ。
外からは見えない「心の言葉」を嗅ぎつけて、同質のエネルギーを持った人間が集まってくる。だから、心の中にどんな言葉が潜んでいるかによって、出会う人の質が変わってくる。
もちろん心の中が明るければ、発せられる言葉も明るくなることが多いから、ざっくり見ると、明るい人は明るい人を呼んでいるように思われる。でもそれは、すべてではない。
心の中に潜んでいる言葉が、自分が生み出したものでない場合もあるからだ。
一番大切なことは、自分のあり方と言葉との間に矛盾を抱えないということだ。
言葉は体内で循環するとともに、他者との間でも同じように循環するので、言葉が周囲の環境をつくっていく。
優しい言葉をかけられたら、思わず、出会う人にも優しくしたくなるし、理不尽な言葉をかけられたら、頭にきて、仏頂面で他人に接してしまうかもしれない。けれどもし、豊かで愛に溢れる言葉のリレーができたら、ゴールは美しい。
どんな心でいれば言葉が清らかになるだろうか?
どんなことをしていれば、言葉が生き生きとしてくるだろう?
汚い言葉を使ってしまうのはどんな時だろう?
そんなふうに自分の状態と言葉をセットで観察してみると、正直な自分の気持ちが見えてくる。そして、どんな言葉だったら気持ちがいいのか体内感覚で確認してみると、使うべき言葉が見えてくる。
園部泉子 著/日経BP/2090円(税込み)





