「生成AI(人工知能)で何ができるようになるか」という議論は尽きない。しかし、その大量の成果物を誰が求め、誰がお金を払うのかという問題はほとんど語られていない。経営学者の楠木建氏と独立研究者の山口周氏が、産業革命以降の歴史を振り返りながら、技術革新によって生産量が増えることと、市場で需要があることには大きな隔たりがあることを議論する。書籍『知的生産のセンス』(楠木建、山口周著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成。

楠木建氏(左)と山口周氏
楠木建氏(左)と山口周氏
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技術革新で供給は増えるが需要はあるのか

楠木建氏(以下、楠木) それまで人間が担っていたタスクを外部化することに技術の本質があるとすれば、新しい技術が普及し始めると必然的に次の二つの動きが出てきます。

 第一に、供給の「量」が飛躍的に増える。その結果として第二に、需要がそれと歩を合わせて増大しない限り、競争は激しくなる。知的生産に対する生成AIのインパクトについての言説で僕が気になるのは、「こんなことができた」「あんなこともできる」「ますますできることが広がっていく」という供給サイドの話に終始していることです。確かに「できること」は増えていきます。しかし、それが需要を獲得し、仕事として本当に価値を生むかは、まったく別の問題です。

 ここに、これからの知的生産を論じる際のポイントがあると思っています。知的生産物が増えるということは、それだけ競争が激しくなり、需要を獲得することがより難しくなることを意味します。需給ギャップは拡大する一方です。その知的生産物が競争の中でお客に選ばれるかどうか。もっと言えばカネを払ってもらえるだけの独自の価値を持てるのか。肝心の需要の話が抜け落ちています。

 新しい技術が登場した時には、必ずと言っていいほどこのパターンになります。結局は粗製乱造に陥り、需要と無関係な生産物がひたすら溜(た)まっていく──インターネットが出てきた時と同じ成り行きです。

楠木 建
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楠木 建(くすのき・けん)
経営学者、一橋大学PDS寄付講座・シグマクシス寄付講座特任教授
専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院客員教授、一橋ビジネススクール教授を経て2023年から現職。

山口周(以下、山口) 確かに「需要」というのは抜け落ちてしまいがちな観点ですね。実は、学校の歴史の授業で産業革命について説明をされた時、僕には腹落ち感がなかったんですね。というのも、紡績などの生産性が飛躍的に上がったとしても、需要が増えなければ生産力を使いきれないからです。

 当時の人はずっと同じ服を繕いながら着ていたわけで、新しい服を大量に作れるようになったって、それを欲しがる人がいなけりゃ意味がないじゃないか? と思ったのです。実際に調べてみたら、その通りで、実は紡績などの生産工程で生産性が上がっても繊維産業の規模は変わっていないんですよね。

山口 周
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山口 周(やまぐち・しゅう)
独立研究者、著作家、パブリックスピーカー
1970年、東京都生まれ。ライプニッツ代表。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン コンサルティング グループなどで戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。

「モードの発明」が需要を創造した

山口 繊維産業のバリューチェーンは「綿花栽培 → 綿繰り → 紡績(糸にする) → 織布(布にする) → 裁断・裁縫(服にする)」という流れです。

 産業革命で最初に技術革新が起こったのは、バリューチェーンのど真ん中、紡績工程でした。ここがそれまで最も効率の悪いボトルネックだったのですが、技術革新によって生産性が爆発的に上がったのです。しかし、それでバリューチェーン全体の生産性が上がるかというと、そうはならないわけですね。糸を作る工程の生産性だけが突出して上がったため、布を織る工程の前に大量の糸が「仕掛かり在庫」として積み上がることになります。つまり「ボトルネックが移動した」ということです。

 そこで、今度は新しく生まれたボトルネックを解消するために、布を織る工程が自動化され、さらには縫製の工程におけるイノベーションとしてミシンが登場し、バリューチェーン全体の足並みが徐々に揃(そろ)っていきます。

 そして最後に何が起こったかというと、「デザイナー」という存在が生まれ、「まだ着られる服を捨てさせる」という新しい価値観、つまり「モード(流行)」を生み出したのです。これはまさに、先ほど楠木先生がおっしゃった「需要」の話につながります。バリューチェーン全体の生産性がいくら上がっても、「まだ着られる服があるから十分だ」という風潮では、その生産能力を使い切れません。

 そこで、次々と流行を生み出すことで、技術革新による生産性向上に見合うだけの需要を生み出した。その結果、20世紀半ば以降、デザイナーは非常に重要な存在になったわけです。

楠木 今の話を僕なりに理解すると、こういうことになります。まず技術革新によって供給サイドの効率が飛躍的に向上し、生産量が増大する。しかし、それは需要が並行して増えることを保証しない。したがって、最終的なボトルネックは常に需要側にある。需要を創造し、ボトルネックを解消する一つの方法が、繊維産業においては、「モード(流行)」の発明だった、ということですね。

山口 そういうことですね。

写真/斎藤弥里

経営学者の楠木建氏と独立研究者の山口周氏による白熱の対談録。2人の知性が示す「仕事の原理原則」。知的生産のプロセスである「入力」「保存」「変換」「出力」の各段階における、両氏の思考と実践をひもとく。

楠木建、山口周著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)