私は、母校である桜蔭学園で社会科を教えています。大学卒業後、約10年間の他校での勤務を経て、昨年4月に赴任したばかり。教師として向き合う後輩たちは、新鮮な感動を与えてくれたり、「私もこうだった」と懐かしさで心をいっぱいにしてくれたり。

 前回は、そんな生徒たちが何かにぶつかったとき、きっと支えになってくれる本を紹介しました。続く今回は、社会科の教師として、授業との関わりの中で取り上げたいと思った本を紹介します。

小﨑葉子(こさき ようこ)。桜蔭中学校高等学校 社会科教諭。東京都生まれ。桜蔭中学校、高等学校を経て、東京大学を卒業。大学では主に南米音楽に触れて過ごした。3人の子供の子育て中
小﨑葉子(こさき ようこ)。桜蔭中学校高等学校 社会科教諭。東京都生まれ。桜蔭中学校、高等学校を経て、東京大学を卒業。大学では主に南米音楽に触れて過ごした。3人の子供の子育て中
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世界で起きていることの「なぜ」を分かりやすく解説

 1冊目は『 13歳からの地政学 カイゾクとの地球儀航海 』(田中孝幸著、東洋経済新報社)。地理的な条件から国際政治を考察する「地政学」の視点に立って、世界の動きを分かりやすく解説してくれる本です。

 登場するのは、高校生の大樹と中学生の杏の兄妹、さらに「カイゾク」と呼ばれる謎の男性。兄妹がカイゾクに出会い、カイゾクから世界で起きていることの理由を学ぶというストーリー仕立てで、海を制する米国の強さ、中国やロシアが領土を求め続ける理由、アフリカが豊かになれない事情などが明かされていきます。

 テレビやネットで見聞きするニュースについて、中には深い理解に基づいて鋭く分析までしてしまう生徒もいますが、やはり断片的に知っているだけのことが多いように思います。そんな生徒たちが「なんとなくいつももめているね」「関係が悪いよね」と感じている国々。そこには「なんとなく」ではない対立や支配の構図があったり、各国の思惑があったり、そもそもの原因としての地理的な条件があったりする。
 この本では、背景にある理由が丁寧に解説されていて、しかもとても分かりやすい。面白く読んでいくうちにすっきりと理解できるのです。

「『13歳からの地政学 カイゾクとの地球儀航海』(田中孝幸著、東洋経済新報社)。地理的な条件から国際政治を考察する地政学の視点に立って、世界の動きを分かりやすく解説してくれます」
「『13歳からの地政学 カイゾクとの地球儀航海』(田中孝幸著、東洋経済新報社)。地理的な条件から国際政治を考察する地政学の視点に立って、世界の動きを分かりやすく解説してくれます」

「点」と「点」をつないで「線」として理解する

 授業では時間の制約もあり、ある出来事を「点」としてしか教えられないということがあります。例えば、中国が南シナ海に人工島を造って拠点作りを進め、各国と対立が深まっているという話を授業でしたとき、その背景についての説明をはしょってしまったことがありました。すると「どうして中国は南シナ海にそんなにこだわるのか」と質問が出ました。

 そこで、交通の要衝であり重要な軍事的拠点であり、何よりも深くて広い南シナ海には原子力潜水艦を潜らせて隠すことができるという話をしたら、一生懸命メモを取りながら聞き、「よく分かりました」と。

 実はこの『13歳からの地政学』には、そのあたりのこともすべて書いてあって、カイゾクは「中国は周りの国を怒らせても、この海を独り占めにするメリットのほうが大きいと思っているのだ」と兄妹に説明しています。

 「こうだからこうだ」と論理的に思考していく社会科という教科は、ちゃんと筋道を立てて考えれば、恐らく誰にとっても楽しい科目です。毎回の授業を通して、生徒たち自身がこれまでの学びを振り返り、「点」と「点」をつないで「線」として理解する。うまく「線」にできないときは、質問として先生に投げかけて、疑問点をそのままにせず、「意味」や「流れ」や「つながり」を見いだして理解につなげる。そういった学びにも役立つ本として、中高生に本書をお薦めしたいと考えています。

「テレビやネットで見聞きして断片的に知っているニュースについて、点と点をつないで線として理解する。そういった学びにも役立つ本として、中高生に本書をお薦めします」
「テレビやネットで見聞きして断片的に知っているニュースについて、点と点をつないで線として理解する。そういった学びにも役立つ本として、中高生に本書をお薦めします」
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一生の宝物になる。
先生たちに聞いた人生を支える一冊

 あの名門校の先生は、これから大人へと成長していく、中学生・高校生たちにどんな本を薦めているのでしょうか?生徒たちに薦めたい本、授業で扱った本、自分が好きな本を紹介しながら学校の特色や、本にまつわるエピソードまでをとことん語ります。
【掲載校】開成/灘/渋谷幕張/豊島岡女子学園/フェリス女学院/広尾学園/聖光学院/国際基督教大学(ICU)高校

平林理恵著、日経BOOKプラス編/日経BP/1760円(税込)

憲法を守らなくてはいけないのは「国民」?

 2冊目は『 檻の中のライオン 憲法がわかる46のおはなし 』(楾大樹著、かもがわ出版)です。この本は「ライオン=国家権力」「檻=憲法」に例え、憲法の原則と憲法を巡る問題という堅いテーマを、かわいらしいイラスト入りで解説しています。

 私も政治の授業では「憲法というのは法律とは違う、私たちが私たちの持っている権利を守るためのものである」ということを、初回の冒頭で話すようにしています。

 この本では、檻の中にライオンが座っているイラストが描かれ、「ライオン=国家権力」に約束を守ってもらう、檻の中にいてもらう、というのが立憲主義であると説明しています。授業でも本の中からこのイラストを含む何枚かをスライドにして大きく映し出しながら、「人権」や「立憲主義」「国民主権」「憲法を守るとは?」などについて話しました。
 実は、テストで「憲法を守らなくてはいけない人は誰ですか?」という問題を出し、選択肢に「国民」を入れると、やはり引っかかる生徒が何人かいました。
 これは社会科の授業で絶対に教えておかなくてはと思い、「99条を見て。国民とは書いてありませんよね。これはすごく大切なことだからね!」と強調しました。

「『檻の中のライオン 憲法がわかる46のおはなし』(楾大樹著、かもがわ出版)は、ライオンを国家権力、檻を憲法に例えて、憲法の原則と憲法を巡る問題という堅いテーマを、かわいらしいイラスト入りで解説しています」
「『檻の中のライオン 憲法がわかる46のおはなし』(楾大樹著、かもがわ出版)は、ライオンを国家権力、檻を憲法に例えて、憲法の原則と憲法を巡る問題という堅いテーマを、かわいらしいイラスト入りで解説しています」

 また、「権利」を扱った授業で、「自分たちの権利を主張しましょう」と言うと、「でも、校則が厳しいもん」といった発言をする生徒が必ず出てきます。その気持ちはよく分かります。生徒の自主性を重んじる学校ですが、髪形や服装などについては校則として定められたルールがあります。もっともここ数年で、本校でも制服にスラックスが採用されたり、リュックでの通学が認められたりするなど、ルールは変えていけるということを生徒たちは理解しているようです。

 私が教師として母校に戻ってきたのは、自分が学んだ先生たちの魅力に引き付けられたということが大きかったのだと今改めて思います。例えば、生徒がしてしまったちょっとした間違いを、本人を呼んで指摘して終わりにはしない。話を聞き、問答をして、考えさせ、思いが届くまで伝え続けるんです。そんな嫌われ役を買って出て、時間もエネルギーも注ぎ込んで、誠実にやり遂げる。そういう先生がここにはそろっています。

 授業中も生徒たちに、「桜蔭の先生って、すごく真面目でみんなのことを第一に考えてくれる人たちなんだよ」という話をついついしてしまいます。

 「それがちょっと重たいんですよね」なんて言う子もいるし、「私たちに対して求めるレベルが高すぎます」とこぼす子もいます。でも、そう口にしながらも、全部分かっているんだよという顔をしていて。師弟間の信頼関係がしっかり育っているんだなと思います。もしかしたら、これが桜蔭の一番の魅力なのかもしれません。在学中には意識しにくいものですが。

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取材・文/平林理恵 構成/南浦淳之(日経BOOKプラス) 写真/稲垣純也