学校で古典を本格的に学び始めたとき、何だかとっつきにくいなと感じてしまう生徒は少なからずいるようです。
古典は時代を超えて愛され、読み継がれてきた作品です。それぞれに魅力があり、本来、面白いものであるはず。ただ、原文を読んで味わうには、ある程度の古典文法や古語の知識が必要です。それがどうしてもハードルの高さにつながってしまうんですね。
そのハードルをぐんと下げてくれるのが、角川ソフィア文庫の「ビギナーズ・クラシックス」シリーズです。日本と中国の読んでおきたい古典作品がそろったこのシリーズは、こなれた親しみやすい現代語訳と原文、そして分かりやすい解説で、入門者でも古典を楽しく読むことができます。
例えば『 源氏物語 ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 』(紫式部著、角川書店編/KADOKAWA)は、54巻に及ぶ大長編の読みどころがぎゅっと1冊にまとまっています。各巻ごとにポイントを押さえたあらすじがあり、理解を助ける系図や年表も充実。厳選された名場面については、現代語訳と原文が配されているので、現代語訳で文意を捉えた上で、原文の味わい深さに触れることができます。時代背景や当時の文化風習は、解説やコラムにコンパクトにまとめられていて、読み進めるうちに古文の知識も増えていきます。
同じシリーズの『 百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 』(谷知子編/KADOKAWA)は、現代語訳と親しみやすい語り口の解説で、百首すべてを紹介。いつ、どんな境遇の人がどんな場面で詠んだのかといった歌の背景を知ることで、歌人たちが歌に込めた思いをたどることができます。コラムでは和歌を楽しむための技法も解説されていて、百人一首の入門書としては最もお薦めしたい1冊です。
漢文も1冊紹介しましょう。『論語』といえば、まず「子曰く」、続いて孔子の教えが語られますよね。ところが、この『
論語 ビギナーズ・クラシックス 中国の古典
』(加地伸行著/KADOKAWA)はそうではありません。本の前半が孔子の生涯とその時代の解説に充てられ、後半でテーマ別に『論語』の主要な箇所を紹介するという二部構成になっています。
つまり、孔子の言葉だけではなく、孔子がどんな状況で語ったのか、なぜそう発言したのかという言葉の背景がよく分かるように作られているのです。そのため、初心者であっても、1つ1つの言葉が心に深く響きます。
こんなかたちでの『論語』入門なら、孔子にも漢文に親しみを持つことができるのではないでしょうか。
先生たちに聞いた人生を支える一冊
あの名門校の先生は、これから大人へと成長していく、中学生・高校生たちにどんな本を薦めているのでしょうか?生徒たちに薦めたい本、授業で扱った本、自分が好きな本を紹介しながら学校の特色や、本にまつわるエピソードまでをとことん語ります。
【掲載校】広尾学園/開成/灘/渋谷幕張/聖光学院/豊島岡女子学園/フェリス女学院/国際基督教大学(ICU)高校
平林理恵著、日経BOOKプラス編/日経BP/1760円(税込)
現代語訳本なら、ぐいぐい読み進めることができる
「ビギナーズ・クラシックス」シリーズを通して古典に興味が持てたら、あるいは、時代劇や歴史ドラマなどの原作や描かれた時代に心を引かれたら、現代語訳本を読んでみるのもお勧めです。
現在放送中のNHK大河ドラマ「光る君へ」は、『源氏物語』を書いた紫式部が主人公。その紫式部と同時代を生き、このドラマにも登場する清少納言は、『源氏物語』とはまったく趣の異なる随筆『枕草子』をつづりました。
もしもドラマを見て平安時代の女性たちの生き方に興味が湧いたら、それが古典への入り口。ドラマをきっかけに、今年に入って何冊もの平安文学関連本が出版されていますが、『 枕草子 』(清少納言著、佐々木和歌子訳/光文社)も、この春出版されたばかりの1冊です。
現代語訳本の魅力の1つに、原文と注釈との間を行ったり来たりすることなくその作品の世界に入っていけることがあります。特にこの本は、今の時代の人がまったく違和感を覚えることのない非常にこなれた訳文なので、清少納言のキャラクターと語り口を楽しみながらぐいぐい読み進めることができます。
例えば本書の清少納言は、つまらない人間がニタニタ笑ってベラベラしゃべっているのには「イラッと」し、足だけ白毛の黒い馬には「グッとくる」、そして、人前で騒ぐわが子をろくにとがめもせずニコニコ見ている親に対して、厳しいことが言えない自分に「モヤモヤする」のです。
すごく共感できるし、私たちと同じような感覚で生きている清少納言を身近に感じますよね。
訳文は全体的にかなりくだけた言葉遣いではありますが、くだけ過ぎてはおらずバランスがちょうどいい。だから、中宮定子とのやり取りからは定子への尊敬の念がしっかり伝わってくるし、明るくユーモアがあって、頭の回転が速く、好みがはっきりしている清少納言の姿が浮かび上がってきます。
『枕草子』に限らず、教科書で取り上げられている場面は、学習上、大切ではあるものの、作品全体の中で本当に面白いところが採用されているかというと、必ずしもそうではありません。読んで楽しめる場面は他にもたくさんあります。
ですので現代語訳を読んで、好きな場面を見つけたら、その部分だけでも原文をたどってみる、そんな流れができたらいいなと思ってます。
どこから入っても、この世界はすごく面白い
最後に、谷崎潤一郎の歴史小説『 少将滋幹の母 』(新潮社)も古典への興味につながる1冊として紹介したいと思います。
タイトルでもある「少将滋幹の母」とは、大納言藤原国経の若く美しい妻のこと。物語は年老いた国経が愛する妻を藤原時平に奪われるという『今昔物語』が伝える話を題材に、いくつもの平安時代の物語から逸話を取り入れ和歌を引用しながら、雅やかに繰り広げられます。
幼くして母と引き離されてしまった滋幹は、母をひたすら恋い慕い、ついには月夜の桜の木の下での40年ぶりの再会シーンへ。
この流れるような文章でつづられる平安絵巻の世界を生徒たちにも味わってもらえたら、国語の教師としては最高にうれしいですね。そんな読書体験が古典への興味につながったとしたら、こんなにすてきなことはありません。
歴史小説や現代語訳本を紹介しましたが、入り口は何でもいいと思います。アニメだって漫画だってゲームだってかまいません。
例えば漫画作品の原作としての古典に興味を持ち、そこで初めて原文に触れたとしたら、そこには必ず漫画作品を読んだときとは別の喜びがあるはず。先に目にしたものが何であっても、その後に触れる原文が色あせることは決してないと思っています。
逆に、古典に触れておくと、古典を題材にした現代の作品をより深く理解し楽しむことができるようになります。古典の授業でしっかり学び始めた生徒は、遅かれ早かれこのことに気づくことになります。
入り口は何でもいい。どこから入ってもこの世界はすごく面白いんだよ、勉強するとその面白さはどんどん広がるんだよ、ということを伝え続けたいと思います。
名作を厳選したオリジナル教材「広尾之古典」
広尾学園の授業についても少し触れさせていただきます。当校の国語科では古典にも非常に力を入れており、国語科の教員が名作・名場面を厳選したオリジナル教材「広尾之古典」を使って、中学1年生から授業を行っています。
収録しているのは、古文70本、漢文30本。これを中学1年から3~4年かけて学んでいきます。
編さんに当たっては、どうしても読んでほしい作品や声に出して味わってほしい作品を厳選し、原文に付ける注釈やヒントはできるだけ控えめにしました。至れり尽くせりの一般的な教科書と比べると、非常にシンプルですが、生徒一人ひとりに自分で考えることを促すものになっていると思います。また、古典に関するコラムも多く掲載して、古典の世界に親しめるよう工夫しました。
1冊の教材をずっと使用するため、例えばある作品で学習した和歌が、本歌取りされて他の作品に登場するといったことが起こります。両方を読み比べることで、作品同士のつながりが見えてくる。そんなことからも、生徒の興味を広げていくことができると思います。
古語の意味や古典文法の習得はもちろん大切ですが、古典の面白さを伝えていきたいですね。
取材・文/平林理恵 構成/南浦淳之(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子







