人の心の中には、誰しも悪い部分が常にあるものだと『 人間として最良のこと as a person 』の著者で韓国の精神科医であるキム・ヘナム氏は言います。例えば、「自分は正しい」と信じ込み、迷惑をかけている人があなたの周りにいないでしょうか? 本書から一部を抜粋し、紹介します。

「悪人」になるのは傷つけられたから

 そもそも生まれながらにして悪い人間はいません。人には生存本能はありますが、自分だけでは何もできない存在です。愛情を注いで、世話をしてもらわないと生存できない弱い存在として生まれてきます。

 赤ん坊を「天使」と呼ぶのは、子どもは愛情がなければ生きられない存在であり、つまり、人々の愛情を呼び起こしてくれる存在だからでしょう。子どもが成長していくにつれ、子どもの心の中で多くのことが起こります。この時、生まれつき攻撃性が強かったり、適切な支援を受けられていなかったり、自我と超自我の発達に異常が発生したりすると、子どもは本能的な欲求を制御する力を失ってしまいます。

 それだけではありません。何かについてひどく傷ついた場合、怒りは、どんな子どもにもある生まれつきの攻撃性と合わさり、危険な時限爆弾のようになってしまいます。

 危険な衝動を素早く行動に移し、ほかの人たちに致命的な傷を与えても、みじんの罪悪感もない人になるのです。私たちはそういった人物を悪人と呼びます。

 悪人とは完全に悪い人というわけではありません。人の心の中には、誰しも悪い部分が常にあるものです。悪魔のような側面は機会があるたびに頭をもたげて、私たちを誘惑します。『ジキル博士とハイド氏』を見ても、日中はおとなしく教養あるジキル博士が、夜になると醜いハイド氏に変わります。

 人生とは死ぬまで自己との戦いだと言えます。私たちはもちろん外部の誘惑にも心揺らぎますが、心の中から湧き起こる誘惑のほうに強く揺らぎます。

 幼い時は兄弟姉妹と、お菓子や両親の愛情のことで猛烈な戦いを繰り広げます。兄弟姉妹に対する嫉妬がひどくなると、彼らが消えてしまうよう願うこともあります。学生時代には仲のいい友人の成績のほうが良ければ、友人を引きずり下ろしたい衝動を覚えます。

 それだけでなく、ほかの人たちよりも愛されたいと思い、ほかの人たちよりも多くを手に入れたいと思い、ほかの人たちよりも強い力で彼らを支配したいと思うのです。

 自分よりも優れた人に強い羨望や嫉妬を感じて、失敗するよう心から願い、自分を侮辱する人が事故に遭うよう望みます。映画に出てくるような恍惚(こうこつ)としたセックスに憧れたり、タブー視されているあらゆることを熱望したりします。時には明確な理由もなく、手当たり次第に破壊してしまいたい衝動に襲われることもあります。

自分の欲望は正しく、他人の欲望は卑しいと考えてしまいがち

私は他人と違うと人は思いがち(写真:KMPZZZ/stock.adobe.com)
私は他人と違うと人は思いがち(写真:KMPZZZ/stock.adobe.com)
画像のクリックで拡大表示

 さらに、大人になって成長が止まってしまうと、ひどく自己中心になり、望みはすべてかなえられるべきだと考えます。そのため、もしほかの人の行動であったらひどい非難や批判を浴びせるようなものでも、自分が望んだならば、正当なものになります。なぜなら、私はいつでも正しく、他人とは違う、という思いがあるからです。

 問題はこうした人たちが、自身の発言を本当に正しいと信じていることにあります。他人を判断する尺度と、自分自身を判断する尺度がはっきりと分かれているのです。だから、彼らにとっては己の行動は決して矛盾していません。そもそも自分はほかの人たちとは違う人間、いえ、違う種族だと考えているのです。私のはロマンスで、ほかの人たちのは不倫だと考えるのと同じでしょう。

 これは、ナルシシズムの極致と言えるでしょう。己の内にある欲望だけが正しく、ほかの人の欲望は卑しく悪いものだという、極端な自己陶酔の結果です。

 昔、ある王国に有名な聖人が住んでいました。彼は慈悲深く、多くの善行をおこなっていました。ある日、王が有名な画家に聖人の肖像画を描くよう命令しました。絵が完成した日、王は宴会を開きます。ついにトランペットが鳴り響き、絵を覆っていた布が取り払われた時、肖像画を見た王はびっくりしました。肖像画に描かれた聖人の顔が野望に満ち、残忍で、道徳的に堕落した姿だったからです。

 「無礼な奴め!」怒った王が、臣下たちにいますぐ画家の首を切るよう命令しました。すると、それまで黙っていた聖人が王に言いました。

 「違います。王様、この肖像画は真実を伝えています。この絵を見る直前まで、私は肖像画に描かれた姿のようになるまいと一生懸命に闘っていたのです」

 この話は、聖人であっても毎日のように自身の内にいる悪魔と闘っており、それがいかに大変なことなのかを如実に伝えてくれます。

 ところで、大人たちは、この広い世の中で夢を実現させようと意気盛んです。不可能なことはないと信じ、成功を目指して走る彼らは欲望にとらわれ、再びナルシシズムの全知全能感に陥るのです。

 特に、成功への野望が最も強い時期は、他人を踏みつけてでも上に行きたいという野望、成功している同僚を引きずり下ろしたい妬み、金を稼ぐためならば手段も選ばないという思いなど、一日に何度も悪魔が頭をもたげます。

大人になるとは、自分をコントロールできること

 本当の大人に成長するには、足首を引っ張る過去の傷や亡霊たちから自由にならなければいけません。また、世の中を支配したいという欲望、攻撃的で破壊的な欲望とも闘わなければなりません。

 自分をコントロールでき、行き過ぎた欲望から解き放たれ、正しい選択ができなければいけません。もちろん時間は限りなく待ってくれるわけではないので、定められた時間内で選ぶ必要があります。

 真の大人になるために、私たちは心の内にある破壊的で利己的な欲望と闘わなければいけないし、過去の傷により屈折してしまった心とも闘わなければなりません。

 ほかの人を踏みつけてでも成功したいのか。人々から歓声や称賛をもらいたいのか。妨げになるものをすべて消してしまいたくならないか。

 誰の中にも悪魔がいます。そうした事実を否定する必要はありません。状況によって悪意を抱くこともあるし、悪意を抱かないように我慢する必要もありません。悪意を行動に移すことさえなければいいのです。

 私たちはみな、いつでも愛する人に暴力をふるい、復讐(ふくしゅう)心に燃えて殺人を犯しかねない存在であることを認め、危険な欲望をきちんとコントロールするために、絶えず努力しなければなりません。そうすれば悪魔のような要素が昇華され、私たちの人生における健康的なエネルギー源として働くようになるはずです。

人の心の中には、誰しも悪い部分がある(写真:Suresh Heyt/peopleimages.com/stock.adobe.com)
人の心の中には、誰しも悪い部分がある(写真:Suresh Heyt/peopleimages.com/stock.adobe.com)
画像のクリックで拡大表示

(翻訳=バーチ・美和)

よりよい人生を送るために、韓国の精神科医が教える

現代人には、子どもと大人をつなぐ「あいだ」の時期がありません。昔は、若者がさまざまな大人に混じり、大人になるための方法を学んだり、メンターに教えてもらったりしていました。しかし、現代ではもうそのような余裕はありません。大人になれない人間は、豊かにはなれません。この本では、韓国で尊敬を集めている精神科医で、精神分析医でもあるキム・ヘナム氏が、豊かな人間とは何か、どうしたら幸せな人生を送れるのかを解説します。

キム・ヘナム(著)、バーチ・美和(訳)日経BP、1980円(税込み)