在日中国人はいまや80万人を超え、留学、出稼ぎ、就職に限らず、移住の理由も多様化してきている。2022年以降に移住してきた、新・新華僑ともいうべき人たちは、日本に対する憧れや関心を持っていないことが多い。彼らはなぜ日本に住むことを決めたのだろうか。日経プレミアシリーズ『日本のなかの中国』(中島恵著)から抜粋・再構成してお届けする。
著名人も続々、最近日本に移住した新・新華僑
2023年4月、都内にある高級ホテルの宴会場で開かれたパーティーに参加した中国人男性から聞いた話だ。
「男性はタキシード、女性はロングドレスが多い、非常に豪華なパーティーでした。中国の大物経営者である主催者は、数年前に来日して以来、日本のファンになり、日本に新居を構えることになったそうです。パーティーは彼の引っ越しのお披露目も兼ねていたそうで、日本の大物政治家や高名な学者も参加していましたよ」
中国で厳しいゼロコロナ政策が実施されたのは21~22年。22年3月から5月にかけて、上海でロックダウンが行われ、多くの中国人が苦しめられた。その最中から日本など海外に「潤」(=ルン:移住)する人が増えたことは前著『中国人が日本を買う理由』に記した。
24年以降も、日本に移住する人が後を絶たず、富裕層や芸能人の「引っ越しパーティー」が続々と開かれている。
日本でも、アリババ創業者のジャック・マー(馬雲)氏がボディーガードを引き連れて歩く姿は都内のあちこちで目撃されており、私の中国人の友人も「銀座の高級中華料理店にいた」「神保町で見かけた」などとSNSに書き込んでいる。彼が23年、東京大学の東京カレッジ客員教授に就任したことは日本でも報道された。
同じく23年には、ある巨大コングロマリットの創業者が都内で亡くなり、中国のSNSで「まさか、日本にいたのか……」と話題になった。
中国映画にも多数出演している香港の有名俳優数人も日本に居住しているといわれる。経済界、芸能界、作家、ジャーナリストなど、文化分野でも日本への移住者は増えている。
だが、彼らの中でも、とくに経済界、芸能界の人々は、日本に「潤」したことを公表していない。「中国が嫌で日本に逃げてきた」と中国政府に思われないように注意深く行動しており、メディアへの露出を極端に嫌う。都内の地下鉄駅のホームで写真を撮ってSNSに載せ、示唆はしているものの、まるで短期滞在の一般観光客のようにふるまっている。他の富裕層もそうだが、彼らは日本に拠点を持ってもじっとしておらず、しばしば中国や欧米などに出かけて、回遊魚のように生活している。
彼らのような有名人にはなかなか接触はできないが、近年来日した中国人を私は「新・新華僑」と位置づけ、ウォッチしてきた。横浜や神戸の中華街の中国人が「老華僑」、改革・開放後の80年代以降、日本に留学や就職でやってきた中国人が「新華僑」。では、22年以降に来日した彼らは、一体どのような生活を送っているのだろうか。
莫大な資産を築いた30代、日本で「余生」を送る
上海出身で40代前半のIT関連企業の経営者、王鳴氏(仮名)は22年秋に東京・港区にある約2億円のタワーマンションに妻と娘の3人で越してきた。上海のロックダウンを経験し、中国に住み続けることが不安になった。娘の教育を心配したことも理由だ。現在はリモートで働く。来日して探したのは、中国人の専属運転手とお手伝いさんだ。
「日本ではアプリを使ってもなかなかタクシーがつかまらないと聞き、友人の紹介で雇いました。月給は45万円。お手伝いさんはその運転手のツテで探しました。上海に近い江蘇省の出身なので、家庭料理の味つけも我が家と似ているし、日本に何年も住んでいる主婦なので、日本の生活習慣も教えてもらえます」(王氏)
運転手に通訳してもらって、都内の百貨店で買い物をし、日用品はネットで購入する。ミシュランの星つきレストランの食べ歩きが趣味になっている。空前の円安で、「高級料理の価格は中国の半額。安い上に中国より美味(おい)しい」と喜んでいる。
内陸部の出身で30代前半、独身の陳鳳氏(仮名)は東京・新宿区のタワマンに住む。最上階で、広さ約200平方メートルの部屋を独り占めしている。
大きな窓ガラスがあるリビングからは富士山の絶景が望めるが、陳氏はほとんど家におらず、「日本百名山」の制覇を目指して全国各地を歩き回っている。
陳氏を紹介してくれた在日中国人によると、陳氏の資産は「数百億円はあるのではないか」という。資産を築いた経緯について、本人は「いえない」と笑うが、以前は北京で医療関係の仕事をしていた。新型コロナが流行したとき、中国で国家衛生健康委員会ハイレベル専門家チーム長をつとめ、メディアにもしばしば登場した医師の鍾南山氏などと接点があるという。
農村出身で、幼い頃に何度も「飛び級」で進学。高校生のときは、知人から「息子の替え玉として高校受験してくれないか。謝礼に100万元(当時のレートで約1600万円)以上支払う」と頼まれたことがあったという。
ブランド品への興味は一切なく、ラフなスポーツウエアが好み。ルーティーンは早朝の瞑想(めいそう)と読書、ランニング、そして登山だ。唯一お金を使うところといえば、ミシュランの星つきレストランのシェフを連れて、漁船を貸し切り、釣った魚を料理してもらって食べること。いまの中国には、陳氏のように、事業で莫大な財産を築き上げ、30代で「余生」に入る人が少なくない。
日本に「とりあえず」移住する人々
知人の中国人から教えてもらったのは、最近来日した医師の話だ。その人は中国の大都市で働いていたが、日本で働けないかと考え、都内の医院に打診してきたそうだ。日本の医師免許は取得していないため、医師としては働けないが、別の形で採用されたという。
知人によると、その人は日本に移住したい理由を明かさなかったが、来日をかなり急いでいたという。
「中国ではもともと医師の地位が低く、給料も安い。これまでは患者からの付け届けなどで補塡してきましたが、『反腐敗』を掲げる習近平政権になって取り締まりが厳しくなり、このまま中国で医師を続けられないと感じたのではないでしょうか。ゼロコロナの影響で病院が経営難に陥ったという理由も考えられます」(知人)
医師、弁護士は、日本では社会的地位も収入も高い仕事だが、中国ではそうではなく、むしろ逆だ。弁護士でも、国際業務ならばまだいいが、国内の企業法務などは報酬がかなり少ない。そういう人の中には、日本に移住し、弁護士事務所で中国関係の仕事をしたい、と考える人も増えているという。
取材していて感じるのは、一部を除き、最近の移住者は日本に対する憧れや関心はあまり持っていないということだ。日本への一定の理解はあり、日本人に好意は持っているものの、これまで日本との接点はほとんどなかった。むろん、日本語もできない。そのため、努力して日本に溶け込みたいと考えているわけではない。
あくまでも身の安全や資産のリスクヘッジなどのために、とりあえずの転居先として「近い、安い、治安がいい」、そして在日中国人も多く、協力者が身近にいて便利な日本を選んでいるに過ぎない。当然、友人はほとんど中国人だ。
かつての中国人は、日本に来たら、日本社会に溶け込むよう努力したものだったが、今はそうではない。日本に来たら、まず日本の「中国人社会」に溶け込むのだ。
「とにかく中国を出たい」が生む不正
ある中国人から、「潤」してくる中国人の一部が「経営・管理ビザ」を不正に取得しているという話を聞いた。
それは、「何が何でも中国から脱出したい」という目的の人が増えているということと関係する。その人はいう。
「たとえば、中国人ブローカーを雇い、ダミー企業の登記簿や架空の事業計画書を用意させ、そこの社長となって『経営・管理ビザ』を出入国管理庁に申請する、などです。
また、実態のない日本企業に在籍し、業務は行わないのに、そこで『技術・人文知識・国際業務』という別の就労ビザを不正取得するケースもあります。日本企業に就職する形をとれば、経営・管理ビザよりも初期投資が少なく、取得までのスピードも速いため、こうしたやり方をとる人がいるのです」
そもそも経営・管理ビザとは、法務省のサイトによると「日本で貿易、その他の事業の経営を行い、または当該事業の管理に従事する活動を行うための在留資格」だ。
取得要件は、①申請にかかる事業を営むための事業所が日本に存在すること、②500万円以上の投資があること、または2名以上の常勤職員がいること、③事業内容が実現可能であること、および安全性、継続性があること、など。
在留できる期間は3カ月から5年までの5種類あり、通常は一年間取得できるケースが多い。
富裕層の多くはビザを取得するために、中間業者である移民コンサルタント会社などに依頼。そこを通じて行政書士に手続きを依頼するという流れだという。
この中国人は「移民コンサルタントは、行政書士を利用して富裕層を騙し、彼らから莫大な利益を得ています。こうした中間業者こそ大きな問題」と語る。
もちろん、日本で真面目に事業を行おうとする人もいるが、中には納税義務を果たしていない人もいる。このような問題が起こる背景には、「とにかく中国を出たい」という目的があるからだ。この中国人は「問題なのは、経営・管理ビザが『移住のための隠れ蓑(みの)』になってしまっていること。移住したあと、日本でやりたいことは別に何もない、という人が実は多いんです。移住自体が『やりたいこと』なのですから」といった。
中島恵著、日本経済新聞出版、990円(税込み)

