日本人の知らないところで、中国人だけのSNSグループが広がっている。話題は、日本では珍しい食材の売買、子どもの中学受験や仕事の勉強会まで様々だ。国営メディアが主流の中国では、マスメディアより、身近で同じような境遇の人から得られる情報を信用しやすい。そうしたSNSコミュニティーの実態を、日経プレミアシリーズ『日本のなかの中国』(中島恵著)から抜粋・再構成してお届けする。

有名学習塾で二割超が中国人子弟の校舎も

 中国人だけで行われるSNSグループは地域を超えて、目的別にも広がっている。その中でもとくに重要なのが、子どもの教育に関する情報共有のグループだ。

 中国人が教育熱心であることは日本でもよく知られている。これについて、都内在住のある男性が教えてくれた。

 「我が家が入っているグループは『鶏娃』(=ジーワー)といい、300人以上のメンバーがいます。鶏娃とは教育熱心な親という意味です。小学生から高校生くらいまでの子どもがいる保護者のグループで、子どもの勉強について情報交換をするのが目的。チャットに書き込まれるのは、学習塾の評判や試験問題の傾向、名門校に合格した子どもの体験談など。具体的で忌憚(きたん)のないコメントが多く、とても参考になります」

 学習塾といえば、SAPIX、早稲田アカデミー、日能研、四谷大塚などが有名だが、別の知人によれば、同じSAPIXでも校舎によって傾向は異なるので、校舎ごとに中国人保護者のグループが存在するといっていいほどだという。それぞれグループを主宰するリーダーがいて、グループの情報チェックに一日の大半の時間を費やす母親もいるそうだ。

 男性によれば、有名学習塾のほとんどに中国人の子どもが在籍しており、校舎によって、その数は全体の二割を超えることもあるという。

 在日中国人のボリューム層は30~39歳。子どもが小学生から中学生くらいにさしかかる年齢だ。日本人とのハーフの子どもや、日本国籍を取得して日本名を名乗っている場合もあるので、実際、その数はもっと多いかもしれない。

保護者のSNSは、中国国内と同じ構造

 ほかに、インターナショナル・スクール受験専門のグループ、東京大学受験専門のグループなども存在し、複数の教育系グループに入っている人もいる。

 しかし、当然ながら、日本にも多数の学習塾情報や学習マニュアルがある。とくに東京近郊は受験に熱心な家庭が増えており、一部はかなり過熱している。受験情報に特化したメディアやSNSも多数あり、ネットで簡単に探すことができる。

 それなのに、なぜ中国人だけで集まってグループを作るのか。母国語の情報が便利なのはわかるが、受験する子どもの多くは、日本生まれで日本語がネイティブだ。

 この男性も日本に20年以上住み、日本語が流暢(りゅうちょう)だが、理由を次のように語る。

 「日本の情報は説明が回りくどくて、わかりにくいのです。それに多くの受験情報があるといっても、それは一般的なもの。自分たちに必要な、ピンポイントの情報を取り出すのには時間がかかるのです。

 塾のホームページを見ても、我が子に合うかどうかはよくわからないし、塾の説明会や学校のオープンキャンパスは、決められた日に足を運ばなければならず面倒です。その点、グループなら、説明会に参加した人の率直な感想が聞けて、プラスアルファの情報までつけ加え、分析し、写真や動画もたくさん載せてくれます。

 それに、何か一つ質問を投げかければ、数分以内に先輩パパやママたちから返信があります。それも一般的な回答ではなく、自分たちが欲している具体的な情報。他の人も閲覧しているので、追加情報も次々と書き込んでくれますし、誤解があればすぐ訂正してくれます。SNSの特性で、情報がだんだん深くなっていくのがありがたいですね。それを子どもにも伝えます。

 子どもは勉強するだけで精一杯ですから、周辺情報を収集してあげるのは親の役目。だから、日本語の万人向けのメディアを見る必要はないのです」

 これはまさに中国国内と同じSNSの使い方だといえる。マスメディアを信じず、身近で、かつ同じような境遇の人と情報を共有し、それを信じるというやり方だ。

 中国では、学校のクラスごとにSNSの保護者グループがある。日本のグループは主に学校からの連絡が中心なのに対し、中国は保護者自身が活発な議論を繰り広げる。

 日本のグループと違い、中国では個人の発言が多いため、ライバル意識も燃えやすく、各家庭の内情や懐事情も見え隠れする。無駄な情報も多いが、「ただ見ているだけ」で、何かを投稿しなくても得るものがある。

 中国で2021年に発表された「共同富裕」(ともに豊かになる、という政策)の影響で、小中学生の宿題の分量は制限され、一時は塾に通うこと自体も難しくなった。

 だが、数カ月後には、看板を出さない形で密(ひそ)かに塾は復活、再び家庭教師を雇い始めた人が多い。保護者はクラスや塾のグループで情報を交換し、ときには宿題や課題にもつき合って、子どもと一緒に問題を解いている。

 こうした中国式のスタイルを在日中国人の教育パパやママも踏襲し、日夜、子どもの受験勉強につき合っているのだ。

(写真:Chinnapong/stock.adobe.com)
(写真:Chinnapong/stock.adobe.com)
画像のクリックで拡大表示

「誰でも、すぐに100人くらい集められる」

 「業界」ごとの勉強会グループも多数ある。24年春まで都内の生命保険会社に勤務し、その後独立した張鴻志氏に会った際、教えてくれたのは金融業界のグループだ。

 張氏は83年、山東省生まれ。03年に来日し、大分県の立命館アジア太平洋大学で学び、東京で就職。市場運用部でストラテジストとして働いた。

 張氏いわく「一口に金融業界といっても、担当ごとに業務が分かれているので、業界のすべてに精通しているわけではなく、業界全体を学ぶには、ネットや書籍などを利用するしかありません。そこで知人から紹介されて、勉強会に入ったのです」。メンバーは約450人で、年齢は20代から60代だという。

 「都内の損害保険、生命保険、銀行、証券業界に勤務する中国人の有志が集まっています。金融は高い専門性が求められ、損保の人は損保のことしかわからない。同じ金融業界とはいえ、違いも多いので、こういうグループは助かりました。

 あるときは日比谷の会議室を借りて、二十数人が参加するリアルの勉強会を開催しました。講師はメンバーで参加費は無料。SNSで知り合った人に直接質問もできますし、日本企業でのふだんの業務に役立ちました」(張氏)

 張氏はいう。

 「中国人だけで集まろうという閉鎖的な意識ではなく、母国語で気軽に質問できる場所があれば便利、というニーズが背景にあります。子どもの教育グループもそうですが、ニーズがあるから、業界や年齢を超えて、同じ目的を持つ人が集まってくるという感じですね。

 いまウィーチャットでグループを作ろうとしたら、誰でもすぐに100人くらいは集められます。ニーズを前提としているので、転職などでそのニーズがなくなったら、グループから退出すればいい。出入りは自由です。

 日本人は学閥や上下関係をかなり重視しますが、中国人はあまり気にしません。同窓のよしみというのはもちろんありますが、年齢が違っても、気軽に何でも聞けるアットホームな雰囲気。

 業界のつながりもそうです。日本と違い、中国は各業界の伝統や系列が確立される前にネットが発達したので、系列を優先しなければならないとか、先輩に挨拶しなければいけないといったもの(しきたり)はあまりない。中国国内と同じで、SNSの発達が早かったから、こういうスタイルが出来上がったともいえます」

もうSNSのない環境には戻れない

 このように、在日中国人はSNSのグループ内でさまざまな活動を行っているが、ウィーチャットは基本的に直接つながっている人にしか見えないクローズドな仕組みだ。また、在日中国人が見ているのは中国の国営メディア、ウェイボー(微博)などのSNS、友人のSNS、在日中国系メディアが中心だ。彼らが日本メディアに情報を提供することは、取材を受けない限りない。

 日本で在日中国人が話題になるのは彼らに関する事件や事故などが起きたときのみだ。

 そのため一般の日本人には、彼らがどのようなSNSグループを作り、そこで日夜どのような会話を交わしているか、何に関心を持って生活しているのかを知る機会は非常に少ない。

 たとえ日本人と結婚したり、日本企業に勤務したりしていても、同じメディアを見ていない限り、自分の配偶者や同僚が友人とどんなコミュニティーを築き、どんなやりとりをしているのか、知らない人が多いのだ。

 私自身は数年前から取材を通して親しい中国人が増え、参加するグループが増えた。

 だが、日常の延長なので、一つひとつの内容は正確に覚えていない。注意深く見ていなければ、そこで交わされるやりとりが、在日中国人社会のどんな傾向を示しているのかわかりにくい。

 そのため、私は個人的につながっている中国人のSNSと、自分が入っている20以上のグループの内容を、23年の年末から24年の春節にかけて約2カ月間、意識的に観察してみることにした。すると、彼らがSNSとリアルで、いかに活発に動いているのかがよくわかった。

 在日中国人の間で行われる行事の多さは、都内に住む一部のホワイトカラーの人々が、経済的に豊かになり、仕事だけでなく、趣味やプライベートなど横のつながりが増えたことが関係している。行事ではリアルに顔を合わせるが、終了後は、またSNSでその写真や動画をシェアし、次の行事の企画へと話題が移り変わっていく。自分のSNSだけでなく、グループにも同様の内容がシェアされるので、投稿量は半端なく多い。

 2~3日グループチャットを覗かないでいると、200件、300件の新規投稿やコメントが未読のまま積み重ねられていて、とても追いつかない。

 中国人に聞くと、「忙しいから、自分に関係のあるときしか見ない」という人もいるが、地縁、血縁、同窓などの枠を超えた中国人同士のつながりが増え、その連絡で人間関係がつながっているため、見ないわけにはいかない。見なければコミュニティーから脱落してしまうし、重要な情報を見逃してしまうかもしれないからだ。そのため、SNSのない世界にはもう戻れない状況となっている。

 こうしたSNSによるつながりは仕事にも広がっている。日本人が意識していないところで、在日中国人の経済圏、経済ネットワークがすでに広範囲で構築されているのだ。

日経プレミアシリーズ『 日本のなかの中国
いまや80万人を超える巨大な在日中国人コミュニティー。日本国内には、中国人のみで完結する「経済圏」も生まれている──。文化や価値観の違う彼らは、この国でどのように暮らし、私たちの社会にどのような影響を与えているのか。その実態を緻密な取材で解き明かす。

中島恵著、日本経済新聞出版、990円(税込み)