言いたいことがうまく伝わらなかった。発言が切り取られて、思いもしなかった解釈をされてしまった。こうした経験をしたことがある人は多いだろう。その悩みを解決するヒントになるのが、『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』と『1100日間の葛藤』だ。今回は、著者の今井むつみ氏と尾身茂氏に、「伝える」ということについて語っていただいた。1回目のテーマは、立場とコミュニケーションについて。
「正解は一つではない」 ならば何を語るべきか
今井むつみ氏(以下、今井):コロナ禍では、例えば授業ひとつとっても、対面で行うか、オンラインで行うかなど、重要な意思決定を迫られる場面が多くありました。
私は子どもの母語の習得など発達心理学を専門としていて、大学では意思決定にまつわる認知心理学も教えています。多くの学生は、卒業後は研究者にはならずビジネス界や行政のほうに行くこともあって、意思決定は特に重要なテーマとして扱っています。基礎研究での実験は、きちんとコントロールして行われますが、現実の世界はもっと複雑です。正解も一つではないですよね。人によって、立場によって、「聞きたい話」も違います。
今井:尾身先生は、パンデミック下で一般の方にも広くメッセージを発信されていましたが、そのなかで特に難しいと感じられたのはどのようなことでしたか?
尾身茂氏(以下、尾身):パンデミックにおける、いわゆるリスク・コミュニケーションは、最も難しいことの一つだと思いました。下手をすると人々の誤解・分断・偏見を生みかねない。実際に、こちらの考え、気持ちが正確に伝わらないだけでなく、誤解されることもありました。
今井:どのような誤解があったのですか?
尾身:一番は、「専門家」という立場や役割についての誤解です。
専門家の役割というのは、データを分析して対策案を政府に提出することです。どのような対策をしたら死亡者が減るか、感染リスクが減るかなどについての専門家としての考え、判断を述べる役割があります。我々は専門領域の違う複数の専門家で話し合いながら、100を超える提言を出してきました。「こうしたほうがいいんじゃないですか?」という提案ですね。「このあたりがいいんじゃないか」という提言を、かなりの時間とエネルギーを使って、多くの専門家とともに話し合いながらつくり出すわけです。
今井:その提言をするために、医学や疫学、統計学だけでなく、経済学の専門家とも議論を重ねてきたのですね。専門家同士のコミュニケーションも、すごく大変だったのではないかと思います。
尾身:そうですね。最初に今井さんがおっしゃったように、正解は一つというわけではないんですよ。実験室の研究とは違いますからね。
例えば、2021年9月ごろには、経済的な困難によって失われる命と、コロナ感染で失われる命について、同時に考えなくてはならなくなりました。何かを優先すると、何かが失われる。そのようななかでも提言を出さなければなりませんでした。しかし、そう簡単ではありませんでした。
今井:経済の専門家と、内科の専門家と、公衆衛生の専門家では、答えが違って当然だと思います。
「専門家」という存在と役割
今井:研究でもビジネスの現場でもそうですが、「専門性を追求する」ということは、ある部分をどこまでも深掘りすることですから。それはある意味で、視点を偏らせることにもなるんですよね。
尾身:おっしゃる通りです。ある提言をしながらも我々は、「自分が見ていることは、世の中の森羅万象のほんの一部である」という自覚がありました。どの専門家も、自分が100%正しいとは思っていない。もちろん、ある程度の自信を持って提言を作成しているわけですが、「間違っているかもしれない」という意識はどこかにある。
こうしたことは我々科学者にとっては自明のことで、議論の余地もないことだったのですが、それが実は知られていなかったんですね。
今井:尾身先生ご自身が、「正解は一つではない」という科学者としての態度を持ちながら、その時に出せる結論を、提言として出していたということですよね。その部分が、多くの人には分かってもらえなかった。
人々がそういう誤解をしたのは、尾身先生のように「自分の考えは間違っているかもしれない」と思いながらコミュニケーションができる人のほうが、圧倒的に少ないからかもしれません。もしかすると提言を、「尾身先生の意見」として受け取った人も少なからずいたのかもしれませんね。
尾身:実は、私が公の場で発言した内容は、基本的に私の個人的意見ではなく、専門家の間でコンセンサスとなったものだけです。ただ、記者会見でその都度、「これは専門家の合意です」とはいちいち言わないので、私の考えと捉えられたかもしれません。
「すべてを専門家が決めている」という誤解が生まれた理由
今井:テレビで拝見していると、政府ではなく、尾身先生が前に出て情報発信を担当されているように見受けられましたが、何か理由はあったのでしょうか。
尾身:当時の総理の記者会見ですよね。そこに私がいた理由は、最初の「緊急事態宣言」を出した時に総理を、技術的な点に関しサポートするため官邸から同席するように依頼されたからです。
実際、その会見では、緊急事態宣言を全国一斉ではなく、7都府県に限って出した理由を聞かれました。そこで、政府が設置した会議の代表者である私がその質問に答えたわけです。
今井:総理の会見に尾身先生が同席されていたことで、「すべてを専門家が決めている」と、誤解された部分もあったかもしれませんね。
尾身:総理の会見もそうですが、東京オリンピックの時期などには、ほぼ毎日のように国会に呼ばれました。また、先ほど申し上げたように、我々はこの3年半の間に100以上の提言を政府に出してきましたが、マスメディア等の要請でその都度記者会見でその内容を説明しました。
実際には最終決断は政府が行ったわけですが、私たちが頻繁にマスメディアに登場したため、私たち専門家がすべてを決めているという印象があったと思います。
今井:尾身先生のお気持ちは、記者会見から伝わってきました。「政府に代わって」話しているのではなく、「科学におけるベストな答え」を、科学者として提言してくださっていると。
尾身:そうでしたか。少し安心しました。
「データのないこと」について、専門家にできること
今井:私には、身につまされるところがありまして。私が専門としている認知心理学や発達心理学は、尾身先生のように人の命を直接預かるような分野ではないのですが、メディアから教育に関しての意見を求められることがあります。
例えば最近多いのが、「生成AIを教育、特に小・中学生の学びに使うことをどう考えるか」という質問です。文部科学省の専門委員として「初等中等教育段階における生成AIの利活用に関する検討会議」の審議会にも出席していますが、この質問は本当に増えました。
生成AIは登場したばかりなので、そこから人間が受ける影響について蓄積されたデータはありません。データの蓄積には、たぶん10年から20年かかる。でも、特に教育分野においては、10年、20年待つことはできません。専門家が「データがないから何も言えない」という立場を取って沈黙をしている間に、AI使用で生まれる経済的な利得が優先されて、今の子どもたちがとんでもないことになってからでは遅いわけです。データがないこの状況で、今までの自分の研究の蓄積から考えられるリスクを発信しなければならないのではないか。これは私の大きなジレンマです。
尾身:実験室でのような厳密なエビデンスを得ることは、感染対策では無理ですが、専門家としての判断、いわゆるエキスパートオピニオンは表明すべきです。また、我々専門家は、場合によっては、政府が煙たがる、嫌がるかもしれないことを言わなければなりません。忖度(そんたく)は絶対にすべきではありません。それは新型コロナウイルス感染症の専門家会議のメンバーの共通の思いでもありました。言うべきことを言わなくなったら、専門家としての信頼を損なうと。
今井:パンデミックの初期、政府がクルーズ船の対策に追われていた頃から専門家会議として見解を出されましたが、ご著書には、厚生労働省(以下、厚労省)は専門家会議が独自見解を出すことに反対していたと書かれていましたね。
尾身:反対があるなかで独自見解を提出したのは、専門家としての責任感からです。いくら厚労省から煙たがられても、我々はこの100年に一度の危機に、専門家として求められる役割をなんとか果たそう。だからもう、「ルビコン川を渡る」しかないという感じが、専門家チームの中にはかなり明確にありました。
今井:古代ローマの将軍、ユリウス・カエサルの人生最大の決断は、軍隊を率いてルビコン川を渡ることでした。尾身先生にとっても、それだけ大きな決断であったということですね。
尾身先生のご著書にその「ルビコン川を渡る」と書かれているのを読んだ時、自然と尊敬の念が湧き上がってくるのを感じました。専門家は時に、そういった決断を迫られることを、私も肝に銘じておきたいと思います。
(文=黒坂真由子/写真=尾関祐治)
尾身茂著/日経BP/1980円(税込み)
今井むつみ著/日経BP/1870円(税込み)




