言いたいことがうまく伝わらなかった。発言が切り取られて、思いもしなかった解釈をされてしまった。こうした経験をしたことがある人は多いだろう。その悩みを解決するヒントになるのが、『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』と『1100日間の葛藤』だ。今回は、著者の今井むつみ氏と尾身茂氏に、「伝える」ということについて語っていただいた。2回目のテーマは、「人は聞きたいことしか聞くことができない」ということについて。
前代未聞の無観客オリンピック 理論より優先されたものとは
尾身茂氏(以下、尾身):今井さんの本を読んで、「その通りだ」と思う部分がたくさんありましたよ。
今井むつみ氏(以下、今井):ありがとうございます。
尾身:新型コロナウイルス感染症に関連する提言を出す時には、我々はなるべく分かりやすくデータもつけて、合理的なことを言ってきたつもりです。だけど、そのことが必ずしも正確に伝わらなかった。
前回 、今井さんはリアルな世界でのコミュニケーションの複雑さを述べておられたけれど、本当にそうですよ。伝わらないんです。特に私の実体験の話から考えると、言いたいことが伝わらないのは、人々に不安があったり、感情が高ぶったりしているときかもしれませんね。
今井:尾身先生の記者会見を見ていた一般の人は、まさにそうでしたね。人々はコロナ禍という新しい状況に、恐怖心を抱いていました。「自分は絶対、外に出たくない」「人に移動してほしくない」と強く思っている人もいたわけです。一方で、「それだと食べていけないから困る」という人もいました。
背負っているものや願望など、背景が全く違う人たちに向かって、「ニュートラルに情報を発信する」ことって、なかなかできないんです。
尾身:東京オリンピック関連の情報発信は、特に難しかったんですよ。人々の関心が極めて高い。経済的な意味もあるし、オリンピック選手の気持ちもある。「ぜひ見たい」という一般の人もいる。一方で、感染の状況を考えると「非常に危険だ」と考える人もいたわけです。開催を望む人も望まない人も、お互いの感情が高ぶっていました。
そのようななかで私は、「今のパンデミックの状況で、オリンピックを開催するというのは普通はないので、そうしたなかで開催するのであれば、政府やIOCといった主催者の責任として開催規模をなるべく最小化し、感染管理体制を強化すべきだ」という趣旨の発言をしました。私は「やるな」と言ったのではなく、事実を述べただけです。パンデミックが起きて「緊急事態宣言」を出すような時に、オリンピックをやるのは普通ではありません。このように一般論を述べた後に、「やるならこうしてはどうか」という提案もしたのですが、「普通はない」だけが切り取られて、提案部分はほとんど報道されませんでした。
今井:「やるなと言っている」かのように報道されたわけですよね。視聴者が聞きたそうなところを切り取って、あとは推測に任せるという報道の仕方です。
そのような報道の後にメディアがするのは、専門的な知識のない一般の人に「オリンピックの開催の是非」を問うアンケート調査です。街頭で数百人、少ない場合は100人くらいの方にただ質問をして「53% VS. 47%」のような結果を出して、「国民はこっちがいいと言っている」と報道します。私はメディアがそういった「調査」ばかりを取り上げているのを見て、専門家の意見がなかったことにされてしまう危惧を持っていました。アンケートを取ってその結果を発表するのであれば、同時に専門家の意見も報道すべきです。
尾身:オリンピックの時には我々は「無観客」を推奨していて、その理由はデータを用いて言葉を尽くして説明したのですが、それについての報道は私が知る限りほとんどありませんでした。
今井:確かに、データが報道された記憶はありません。
尾身:専門家として、無観客を推奨するには、それなりの理屈がないといけません。ですから提言書にはしっかりとその理由や根拠を書いたのですけどね。
今井:尾身先生のお話を聞いていて思うのが、やはり人というのは「自分の聞きたい情報しか入ってこない・入れようとしない」という側面が強いということです。同じ現象を見ていても、人々の背後には、別々の「願望」や「立場」があります。すると、入ってくる情報自体が全然違ってくるのです。同じものを見て、同じことを聞いているのに、違うものが記憶に残る。もちろん解釈も違うわけです。
今井:日常生活でもこういうことはよくあって、話すほうは褒めていても、それを皮肉と捉える人がいます。相手が自分のことをネガティブに思っているという気持ち(スキーマ)をもって対話をすると、いいことを言われても、裏返して受け取る人も、なかにはいるのです。同じことを言っていても、相手の受け取り方は全然違います。多くの人を対象にするリスク・コミュニケーションの難しさも、そこにあると思います。その情報の解釈が、受け取る側に委ねられるからです。
伝わる情報、伝わらない情報 その差はどこに
尾身:皆さん覚えているか分からないけれど、当時、検査のあり方について国論を二分する状況がありました。PCR検査のキャパシティーが増えないなか、検査ができないことに対する不満が高まったからです。「すべての人に検査をすべきだ」という意見と、「いやいや、戦略的にやるべきだ」という意見の対立が、連日テレビで放送されていた。
今井:かなり混乱した状況がありましたね。
尾身:確かに検査については一定の方向性が必要だとして、我々もずいぶん議論をしました。専門家としての考え方をしっかり示さなくてはならないと。
特に「無症状者をどうするか」という問題がありました。無症状者は感染者かどうか、検査してみないと分からないですからね。3週間ぐらい議論しましたよ。経済人や厚生労働省の人も含めて、ここにかなりのエネルギーを費やしました。それで、ようやく結論を出した。
まず、無症状で検査をする人を、陽性率が高いと思われるAグループと、低いと思われるBグループの2つに分けました。そしてAグループは公費、Bグループは自己負担とすることにしたのです。Aグループは、クラスター発生場所にいた人や濃厚接触者です。この人たちを検査することは、感染の拡大防止につながることが分かっていました。一方Bグループの人は、ビジネスパーソンやジャーナリスト、あるいは旅行したい人ですね。検査をしても陽性の人がほとんどいない。でも、検査を受けたいのは分かる。
今井:本人の安心につながりますからね。
尾身:はい。だけど、感染の拡大防止にはあまりつながらない。だから自分のお金でやってくださいと。
今井:検査キャパシティーが限られているなかで、検査を受ける人の基準を費用の面まで含めて示されたのですね。
尾身:長い議論を経てようやく固まったこの「検査体制の基本的な考え・戦略」を、2020年7月16日の記者会見でかなり詳しく説明したんですよ。記者からも多くの質問が出たので、やっとこれでみんなが納得して、国論の分断は収まると思っていたのですが……。
今井:実際はそうはならなかった、と。
尾身:ええ。翌日の報道は、「GoToトラベル」一色でした。
今井:ご著書にも詳しく書かれていましたね。私はそれを読んで、胸が締め付けられるような思いになりました。
「伝わらないのは、発信が足りないから」ではない
今井:メディアの方たちは「重要な情報」ではなく、「人々が聞きたいと思うだろう情報」を報道したのでしょうね。世の中のほとんどの人が新型コロナに疲れていましたから、「1日も早く旅行したい」と考えていた人も多かったと思います。
尾身:確かに、そういう傾向があったような感じでした。
今井:この展開って、人間というものを如実に表しているなと思いました。こういったすれ違いは、日常生活でも頻繁に起こっています。言った側は、自分が大事だと思っているからこそ、「間違いなく伝えよう」としますし、伝えたことをよく覚えています。でも、言われた側には「そもそもそれが大事だ」という認識がありません。何か言われたときに、他のことに注意が向いているかもしれませんし、それよりも他のことのほうが大事だと感じているかもしれない。そうなると、悪気なくスルーしてしまうんですよね。あるいは、話を聞いていても、全く別の解釈をしてしまう可能性もあります。人々の頭の中がすでに「旅行」でいっぱいになっていたら、もう「検査」の話は頭に入らないんです。
尾身:当時はそういうことが時々ありましたね。
今井:人って、興味がある情報しか受け取ろうとしないんですよね。しかも発信するメディアまでその気持ちに寄り添ってしまうと、本当に大切な情報が伝わらないということが起きてしまいます。
尾身:相当力を入れて議論して、情報を発信したんですけどね。
今井:「人は、自分が聞きたい話しか聞くことができない」というのは、リスク・コミュニケーションにおける重大な問題点だと思います。
(文=黒坂真由子/写真=尾関祐治)
尾身茂著/日経BP/1980円(税込み)
今井むつみ著/日経BP/1870円(税込み)




