言いたいことがうまく伝わらなかった。発言が切り取られて、思いもしなかった解釈をされてしまった。こうした経験をしたことがある人は多いだろう。その悩みを解決するヒントになるのが、『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』と『1100日間の葛藤』だ。今回は、著者の今井むつみ氏と尾身茂氏に、「伝える」ということについて語っていただいた。最終回である3回目のテーマは、「共創的なコミュニケーション」と「本質を見抜く力」について。
「聞きたくない話は聞こえない」認知の偏りをどう克服するか
尾身茂氏(以下、尾身):新型コロナに向き合った3年半の格闘を振り返りつつ、本を書きながらいろいろ考えたんですよ。それを経て今井さんの本も読んで、非常に納得感があったのは「正しいことだけ言ってもダメだ」ということです。
今井むつみ氏(以下、今井):尾身先生は「専門家-市民」という構図のなかで、発信の仕方に工夫をされていましたが、それでもなお、伝わらない部分があったわけですね。
尾身:人には「心」があるということですよね。つまり「理性」だけで生きているわけではなくて、「感情」というのがある意味ではより重要だということ。今回の経験を経て、今井さんのおっしゃることに納得です。
今井:コロナ禍のように不安定な時期だったり、多くの人が不安を抱えていたりすると、さらにそうです。
尾身:では、この教訓をどう生かしたらいいのか。専門家チームはこの3年半、「共創的なリスク・コミュニケーション」という言葉を使ったんですよ。
今井:「共に創る」の「共創」ですか。
尾身:はい。我々のコミュニケーションは、基本的には一方的だったということなんですね。専門家や政府から、一般市民に対してのね。でも市民それぞれに皆、思いがあるわけです。「一般市民」という抽象的なものではなくて、それぞれの立場や価値観がある。そういった人々の気持ちが分からなければ、合理的だと思って言ってもなかなかうまく伝わらないということが分かりました。
「伝わらない」克服のカギとしての共創的コミュニケーション
今井:そういえば、「飲食店いじめをしている」と批判されたこともありましたね。
尾身:ええ。そんな時、飲食店の人たちを何人か呼んで話をするNHKの生放送の番組に出演したことがありました。私はスタジオにいて、飲食店の人たちはリモート参加。シナリオのようなものは一切なくて、とにかく飲食店代表というような方々と話をするというかたちです。
それで開口一番、「尾身さんたちは、我々のことをちっとも分かっていない」と、かなり強い口調で言われましてね。
今井:彼らも生活がかかっていますからね。
尾身:私はその人たちの意見をじっくりと聞いた上で、時間の許す限り対話を続けました。大勢で飲食をするような場でクラスターが多かったというデータがあったこと、「時短要請」に至った理由、飲食店が報われるような対策を考えていることなどを話したと記憶しています。
今井:分かってもらうことはできたのですか?
尾身:はい。番組の後半になって、「尾身さんは飲食店業界の敵だ」という雰囲気が大きく変わった。これは驚きでした。一方的に言うだけでは、どんなに言葉を尽くしたとしてもダメなのだと分かりました。「データとしてこうなっただけで、他意はない」といくら言っても、相手は「いじめられている」と思っているわけですから。これは今井さんが本で書かれている「スキーマ」と関連した話ですよね。
今井:私たちは普段、自分の認知の枠組み「スキーマ」を通して、世の中を見ています。人の話はすべて、自分のスキーマを通じて理解されるんですね。そういった意味では、このスキーマは「思い込みの塊」でもあるのです。ですから、相手に正しく理解してもらうということは、実は「相手の思い込みの塊」と対峙(たいじ)していくことでもある。これは本当に難しいことです。
尾身:この時の飲食店の人との対話には、共創的な部分がありました。一緒にリスク・コミュニケーションをつくり上げた感じがあった。
今井さんは「人は誰かの意見を聞く前に、もう自分の考えがある」ということと「自分の気持ち、感情に合うものだけをピックアップする」ということを書かれていて面白かったんだけれど、それをもし克服することができるとしたら、それは共創的なコミュニケーションにあるのではないかと思いました。
瞬間的な「分かった感覚」に惑わされてはいけない
尾身:ただ、SNSが活発に使われれば使われるほど、共創的なコミュニケーションは難しくなることが分かりました。SNSになると、物事を白黒に分けて単純化してしまう傾向がある。だけど、実際はそう簡単ではないですよね。単純で、スッキリするような答えはないことのほうが多い。特に、世の中の社会現象はそうですね。でもどうしても、物事の一面だけを切り取って、単純に割り切って安心したいんですよね、人間は。
今井:そうなんですよ。私たちには「AかBかのバイアス」があって、「AじゃなければB」「賛成でなければ反対」と、白か黒かで判断したがるものなのです。そのほうがスッキリ理解できますから。
でも物事というのは、たいていその間のグラデーションの中にあることが多いですよね。ですから、AかBかで考えていると、真ん中のことが理解できないまま、物事が進んでしまいます。そうなると、賛成と反対の間の意見の人の声が、可視化されないままとなってしまいます。
尾身:科学技術が発達した割には、人間は自分たちを客観視する能力が向上しているとはいえないと思います。つまり不安定で複雑なものを、うまく扱えない。複雑なものを単純化しないで、ものの本質に迫ろうという努力。複雑なものを複雑なものとして、耐える力。そうした「力」が向上していない。
さらに、何か問題を解決したいときには、耐えるだけでなく答えを出すために誰かとコミュニケーションを取らないといけない。なぜなら、個人で答えは出せないからです。一人では限界がありますから。我々専門家チームが出した提言もそうです。複雑な現象に対して、複数の専門家がコミュニケーションを重ねて一定の結論を導いていました。
今井:100以上の提言が、そのようにしてつくられたのですね。
今こそ求められる「本質を見抜く」力の磨き方
尾身:問題を解決しようとすれば複数の人とのコミュニケーションが必要だし、さらにいえば謙虚さが必要なんですよ。謙虚さというとちょっと道徳っぽいけど、これがリアリティーなんですよ。人間は与えられたDNAも環境も肉体も能力も違う。だから、完全に一致することもないし、完璧に分かるなんてこともない。こういった感覚が薄れてきていると思う。それで自分を絶対視して、他人を攻撃してしまう傾向が時々見られる。
今井:私は「薄れてきている」というより、「追いつけない」のではないかと考えています。どんどん情報が多くなるなかで、視点が複雑になり過ぎて、今までの観点では追いつけない。求められている判断に必要な複雑性に、ついていけていないというか。
尾身:ああ、それは面白い。今井さんがおっしゃるように、情報があまりにも多くて追いつけない。複雑性についていけない。確かにそうだよね。もう、情報はごまんとある。そのなかで、何が本質的なのかが分からない。
その難しさのなかに、自分で入って分析することができないから、何に対してもただ「反応する」だけになっているんでしょうね。
今井:問題はそこなんですよね。
尾身:仏教でいうところの「観」(*)が必要なんだと思います。「観」というのは、ただ現象的、表面的な部分だけを見るのではなく、本質を見ることです。そういった態度ですよね。今、求められているのは。
例えばSNSのそれぞれ違う情報の中で、そこに通底する本質的なものは何か。全体を「観る」力。ただ見るだけでなく、本質を「観る」力ですね。
今井:それこそが大事なことだと思います。無数にある情報からパッと本質を見つける目が必要なんです。「本質を見抜く力」は特に重要だと思います。
尾身:最後にお聞きしたいのだけど、AIはいろいろなことを全部入れて学習して、アルゴリズムか何かで処理する。統計ですよね。でもそこには「何がより本質か」という視点は入るんですか?
今井:入らないですね。
尾身:となると、本質を見つけることは人間しかできない。そうであれば今の教育の役割は、知識をただ教えるのではなく、考える力を育むことになりますね。それは「人とはどういうものか」を考えることでもあると思います。
今井:「本質とは何か」を考えることは、知識を学び、背景を知り、自分の偏見を見つめて、相手の信念に思いを巡らすということでもあります。これはとても疲れることで、反応しているだけのほうがずっとラクなのは間違いありません。
でも、「本質とは何か」と考えることで見えてくるものがきっとあると思います。特に危機的な状況においては、そのように訓練した本質を見極める思考習慣が役に立つことでしょう。AIがどんどん活用されている今だからこそ、こうした視点を忘れずにいたいですね。
(文=黒坂真由子/写真=尾関祐治)
尾身茂著/日経BP/1980円(税込み)
今井むつみ著/日経BP/1870円(税込み)





