学生の頃はほとんど男女差がないのに、就職になると差が明確になる日本。近年進む「ジョブ型」の働き方は、表面的にはジェンダーギャップ指数を改善させる可能性が高い。しかしそれは、あくまで「会社にとって都合が良い」ために起きている変化であることは意識しておくべきだ。『生きづらい時代のキャリアデザインの教科書』(大垣尚司著、日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
本稿はわたしが長年さまざまな年齢層の若い人と接してきて感じていることにすぎず、多分に主観的であるためいろいろと異論があると思うが、一つの参考として読んでみてほしい。
教育格差はないのにキャリア格差が大きな日本
世界経済フォーラムが発表した2023年のキャリア関連のジェンダーギャップ指数をみると、日本は世界146カ国中123位と非常にジェンダー格差が大きい。
図表1は、同じ調査で各国のジェンダーギャップ指数のうち、教育と職業参加・機会の関係を図示したものである。これを見ると日本は、男女の教育格差は欧米先進諸国と同じなのに、キャリア関連の指数が非常に低い。つまり、教育期には男女差がほとんどないのに、就職になると男女の差が明確になる。
国の貧乏化とジェンダー格差論のすり替え
そして今、ジェンダー格差が問題となっている本当の理由は、経済が成長しないなかで、「大黒柱」だけでは家計を支えられなくなっているために、夫婦両方が対等に働く必要が生じ、だからこそ、その反面として、家事・子育ても夫婦両方が対等に負担せねばならなくなっているにもかかわらず、それを受け入れる社会や企業が旧式のモデルを変えようとしていないことにあるのではないか。
経済が長期間低迷し、国力が低下した結果、昔のように男も女も働かざるを得なくなっているのに、昔なら家事労働や子育てを受け持っていた祖母は、“empty nest”(子どもが巣立ったあとのからっぽの家)になった自宅で「悠々自適の引退生活」を営んでいるから、負担が若い夫婦の両肩にのしかかっている。もちろん孫の面倒を率先してみるような祖父母もいるが、そうでないケースも多いのが実情ではないか。だったら、夫婦が等しく働けて、夫婦が等しく家事労働や子育てに取り組める環境を作ってもらわないとますます貧乏になってしまう。
翻って、親世代に目を向けると、夫は終身雇用の会社で「まじめにやっていれば悪いようにはならない」働き方で家計を支え、妻は核家族化のなかで舅・姑に気兼ねをする必要もなく、家事・子育てに専念できた。そして今、「悠々自適の引退生活」を送り、みなさんよりは確実に多めの「公的年金」や「介護サービス」を享受して「先行逃げ切り」を図ろうとしている。「自分も可能ならそういうオイシイ生き方がしたかった」という若い人の思いが、大黒柱・専業主婦モデルに対する歪(ゆが)んだ憧憬を生み出しているようにも見えるのである。
ところが、国や企業は「それでも成長している」という外形の取り繕いに腐心し、現実を直視した変化を拒み続けている。もしかしたら、ジェンダー論も同じように、できるだけ大きな変化を避けながら、表面的な辻褄(つじつま)合わせをやるために巧妙に利用されている可能性がないか。そうだとしたら、性差解消社会に期待する前に自助の対策を練る必要がある。
メンバーシップ型では男が有利
ジェンダー格差は職場における給与や昇進の格差につなげて議論されることが多いが、企業の人事政策を文章で読む限り、そこに明確な男女差別があるわけではない。しかし、職場における男女格差や役員や管理職に占める男女格差が存在していることは間違いないし、職場において採用・評価等における男女間バイアスがあることも事実である。
でもそれは、実力が同じなのに女ゆえに差別されるというよりは、会社が一つの村社会のようになっているメンバーシップ型の仕組みの中で、男女の役割分担が暗黙の内に強く存在しているために、最初は全く差別なく会社に入っても、そういう空気の中で育てられることによって、本人も周囲も特に意図しないまま、自然と男女差ができてしまうということのように思える。
だから、その中にいる人間に聞くと「わが社に処遇上の男女差は存在していない。結果として男が昇進しているとすれば、それは本人の働きによるとしか言いようがない」といった答えになることが多いのである。
そして、村社会的なメンバーシップ型における評価は、個人の知識や技能もさることながら、どれだけ組織にコミットしているか、自分の立場をわきまえつつ組織全体の利益に尽くすかといった「群れへの忠誠・貢献」が重要となる。
これを目に見えるかたちで示すには、仕事の有無にかかわらず職場に長い時間いて、仕事だけでなく外でも会社の人とまめに付き合ってコミュニティーに溶け込む必要がある。逆によほど技術や専門性の必要な仕事でなければ、従業員間に実力差がそんなにあるわけでもないから、「群れ対応」をまめにやっていれば力がなくてもそこそこの評価が得られる。
ところで、「群れ」に入るためには「群れ」から声をかけてもらう必要がある。そのためには、上司や同僚からみてもそういうことを要求しやすい人間である必要があるが、出発点として男性が主体の社会だと、相手が女性の場合いろいろ誤解が出やすいから、男のほうが使いやすいことは間違いない。特に最近は、少しでも問題があるとセクハラ・パワハラを言われるので、「さわらぬ神に祟(たた)りなし」と考える者が多いのではないか。
また、あくまでわたしの主観論だが、日本では男のほうが組織に順応し仲間内で「群れる」ことを好んだり、そうしたことに対する抵抗が薄かったりする。これに対して、女は男に比べると群れ全体よりは自分や家族といったパーソナルな世界を守ろうとする傾向が強いように思える。つまり、相対的に「群れにくい」のだ。
本来良い組織はこういう差異、個性をうまく調和させて適材適所で活用していくべきものだ。しかし、日本という閉鎖的な社会では、「群れ」に適合しやすい者が有利になりやすく、それが男社会を温存させる背景になっているように思う。
ジェンダーギャップ指数が改善しても性差が解消するとは限らない
ジョブ型は、こうしたメンバーシップ型のアンチテーゼとして登場したのではなく、メンバーシップ型の良いところは維持できないという企業側の都合で唱えられているものにすぎない。だから、企業が「ジョブ型」になっても根本的な「群れる」体質はあまり変わらないと思う。いわゆる「タテ社会」というやつだ。
ただし、ジョブ型に移行が進むと、結果としてジェンダーギャップ指数は改善する可能性が高い。理由を以下の①~③で説明していく。
- これまでは群れに参加してさえいれば保証されていた男の「大黒柱」としての処遇は、ジョブ型になることで、仕事が変わらなければ男女共に同じになる。これは、女性の処遇を改善する一方で、ほどほどにしかできない男の給料を引き下げる方向に働く。これにより表面的な男女差は解消に向かうから、ジェンダーギャップ指数は改善する。この場合、これから処遇が改善される女性の数と悪化する既存の男の数を比べると後者が明らかに多いから、コストアップよりコストダウンの影響のほうが大きくなって、結果的に会社全体の人件費は抑制される。意図しているとは思わないが、気がつくとそうなっているということだ。このことは、企業がジェンダー差解消に前向きになる合理的な理由となるから、性差の解消はさらに進むであろう。
- 一方、トップになる闘いを勝ち抜くには、「ジョブ型」に退出させられたり、自分で見切って移行をしたりせずに内部メンバーシップに残る必要がある。そこでは、これまで以上に閉鎖的な“fast track(優先レーン)”に「群れる」必要が生じる。つまり企業内に一種の階級差が生まれて、男女差がなく群れる必要のない「庶民層」を、これまで以上に強い一体性を持って組織にコミットする少数の「支配層」が「経営・管理」する仕組みに変化する。組織コミットが必要な層についてはジェンダー差が強く意識される可能性がある(いわゆる「ガラスの天井」)ものの、数の上では庶民層のほうが圧倒的に多いから、①のメカニズムがより強く働く。
- さらに、「支配層」に参加するにあたっては、当然のことながら男であることは求められない。もともとの実力差は男女間でほとんどないし、女性の中にも「群れ」社会にコミットできる者は相応にいるから、そういう者の参加が増えることで、単純な人数比で測られることが多い支配層におけるジェンダーギャップ指数も徐々に改善に向かう。
こうして表面的には、ジェンダーギャップ指数は改善していくだろう。でも、働いている側の感覚でいうと、なんだか豊かになったというよりは、性差にかかわらずお金を稼いで、家事・子育てもがんばらないといけないしんどい社会になっていくだけのようにも思えるのである。
「男女ともに」主体的に生き方を選ぶ覚悟を
でも、いいこともある。これによって「大黒柱・専業主婦」という固定的なロールモデル以外にさまざまな生き方を選べるようになるからだ。
実は、日本で大きな組織で偉くなることの価値はアメリカとかに比べるとあまり大したことはない。しかし、そのために払わないといけない労力は尋常ではない。むしろ、男女の差がなくなるのなら、夫婦・パートナーシップ単位でそこそこがんばって、あまり組織にはコミットせずに時間を確保して、「幸せ」や「達成感」を別のところに求めたり、これまでは技術や専門性を高めるだけでは「偉く」なれずに達成感が得られなかったものが、技術や専門性を高めることを目的にして自己実現していったりすることができるようになる。
ただ、そういう態度をとる者が会社で評価されるとは限らないし、お金というもので測った豊かさは、親の代よりは減るかもしれない。だからこそ、自分で主体的に「生き方」を選び、「何が幸せなのか」という尺度をきっちり持つ必要がある。
大垣尚司著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)


