「話が通じないのは、性格が合わないからだと思っていたけど、そうとは限らないと気づいた」。こんな感想が寄せられているのが、書籍『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』(日経BP)。本パートでは同書から抜粋して、多くの人が持っていて、コミュニケーションの妨げになりがちな「認知のゆがみ」や「認知バイアス」を紹介していきます。5回目は、「小さな世界」の認知バイアスです。

誰もがみんな、基準は「自分」?

 多くの方が持っているのが「自分の小さな世界」を「基準」とする認知バイアスです。
 自分の考えや経験、自分の周囲の人の考えや経験という非常に狭いサークルを基準として世界を見てしまう。それを基準にして「みんなそうだ」「これが普通だ」と考えてしまうことです。

 例えば、新しいゲームが欲しい子どもは、しばしば親にねだるときに、
「みんな持っているから、買って!」
 という言い方をします。このとき、
「Aちゃんは持っているの?」
 と適当に子どものクラスメートを挙げると、
「Aちゃんは持ってない」
「じゃあ、Bちゃんは?」
「Bちゃんは知らない」
 なのに、子どもは嘘をつくつもりなく「みんな持っている」と思っていたりします。このときの「みんな」は全員ということはなく、また世の中から見れば非常に限られた人数でしかありません。

 さらに昨今では、SNSで自分と似た意見ばかりが表示されていたり、インターネット上のアルゴリズムで「この人の興味と近いもの」ばかりが目に入るようになってきています。同じような意見ばかりを無意識に目にしていれば「エコーチェンバー現象」が起こり、ますます「小さな世界」の認知バイアスは強化されていってしまうでしょう。

 「みんな」や「普通」は、自分が経験し得る、想像し得る狭い射程のものでしかないということを知らなければ、他の文化に所属している人を馬鹿にしたり否定したりすることにつながってしまいます。

「検討します」「連携します」…その言葉が意味する範囲とは

 こうした「小さな世界」の認知バイアスが悪影響を及ぼしがちなのが、小さな世界の「外」の人と接する場合です。その典型例が、昨今、様々な業種で増えつつある、海外の方とのビジネスにおけるコミュニケーションでしょう。

 本書では、それぞれの言語によって、単語が持つ意味の体系が異なるという話をしました。「wear―着る」が使える範囲やそれが表す行動は、日本と英語ではかなりの違いがあったのと同様に、日本のビジネスで当たり前に使っている言い回しをそのまま英語などの他の言語に変えただけでは、相手にまったく伝わらないということは、当たり前のように起こります。

 例えば「検討します」という言い回しひとつとっても、日本語ではしばしば、「お断り」のニュアンスを持たせることがありますが、そのニュアンスが海外の人に伝わるとは思わないほうがいいでしょう。
 あるいは、「この件については、御社内で連携しておいてください」というのも、日本では便利に使われている言い方ですが、「連携」が何を指すのかは、日本人同士でもときに不明です。「製作チームと営業チームで今週中に話をし、なんらかの結論を出しておく」くらいの内容が含まれていたりすることもありますよね。

 日本という国は、言葉で細かく説明をしなくてもコミュニケーションが取れるハイコンテクストな国ですから、ついつい会話を省いてしまいます。
 しかしそれは、日本という「小さな世界」の認知バイアスです。海外の人と仕事をする場合は、自分の感覚としては詳しすぎるくらいに、あるいはしつこいくらいに説明をするのでちょうどいいと思います。

「気が利く」は褒め言葉とは限らない

 この「小さな世界」のバイアスは、会話の中、あるいは言葉の表現のみで補えるものではありません。例えば日本では、
「あの人はよく気が利く」
 というのは、おおむねポジティブな評価です。自分が言っていないことでも、相手がこちらを慮(おもんばか)って(もしくは忖度(そんたく)して)くれることは好ましいことと思われています。意識しているかどうかは別として、上の立場の側がそれを求めていることもあるでしょう。

 しかし国によっては「頼まれていないことをやってはいけない」「勝手に何かをするのは失礼」と判断されるところもあります。気の利かせ方というのは、文化的なものなのです。日本におけるコミュニケーションの常識は、日本という「小さな世界」の中の価値観です。

 期待通りでないからと「気が利かない」と切り捨てるようなコミュニケーション、あるいは、「気が利く」ことを重視しすぎるような採用方針などを取っている企業では、これから先、海外の人を含め様々なバックグラウンド、言い換えれば様々なスキーマを持つ人と働くようになることを考えると、難しい場面が多くなるかもしれません。

「うまく伝わらない」という悩みの多くは、「言い方を工夫しましょう」「言い換えてみましょう」「分かってもらえるまで何度も繰り返し説明しましょう」では解決しません。人は、自分の都合がいいように、いかようにも誤解する生き物です。では、都合よく誤解されないためにどうするか? 自分の考えを“正しく伝える”方法は? 「伝えること」「分かり合うこと」を真面目に考え、実践したい人のための1冊です。

今井むつみ著/日経BP/1870円(税込み)

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