知っておきたい今井むつみさんの認知科学の広くて深い世界を、体系的に学べるように、えりすぐってお届けしていきます。今週は、今井むつみさんが監修・解説を務める『 きょう、ゴリラをうえたよ 愉快で深いこどものいいまちがい集 』(水野太貴・文、KADOKAWA)からの抜粋です。1回目は、書籍の中でも最も魅力が濃縮されている「まえがき」です。
まえがき
「とうもころし、すき!」
ことばを覚えたての子どもがする、鉄板のミスです。
この例には該当しなくても、子育てを経験した方なら、ひとつは笑ってしまういいまちがいエピソードを思い出せるのではないでしょうか。
こんな例を聞きました。
2歳のお子さんのお話です。お菓子がないときに、「お菓子あんない」とずっと言っていたそうです。これは他のケースでも同様で、おもちゃがないときも「おもちゃあんない」と言っていたとのこと。
これも「単なるおばかな間違い」と笑ってしまえばそれまでです。でも私はあなたに問いたい。なぜこの子は「あんない」と言ったのでしょうか?
きっと、「食べない」「行かない」のように、動詞の後ろに「ない」をつければ否定形が作れることはわかっていたのでしょう。そこで、「ある」の後ろに「ない」をつけて「あんない」としたのです。
まぬけな話だと思いますか? ところがこれは、この子ではなく日本語のルールが悪いのです。
というのも、日本語では基本的に「ない」をくっつければ否定形ができあがるのですが、なぜか「ある」にはつけられないからです。「ある」を否定したければ「あらない」「あんない」ではなく、「ない」だけでOK。要は不条理な例外だったのです。
子どもは大人が思うよりずっとお利口で、鋭い目で言語を学んでいきます。
まちがえてしまうのは、少ない情報をもとに頭をひねり、ルールを導き出すから。だからこそ、「あんない」などという聞きなじみのない発言をしてしまったのです。
ここから、こんなことが言えそうです。
子どものいいまちがいには、ことばの本質が詰まっている。
僕はそんな思いから、ネット上で子どものいいまちがいを広く募集しました。そしたら来るわ来るわ。
そして、趣味で言語学を勉強している僕にとっては、それはもう面白くてしかたなかった。日本語文法の核心に迫るような発言もあれば、英語と日本語の思わぬ共通点を突く発言も飛び出したり。子どもの発言をもとに辞書を引いたり、文法書をひっくり返したりすることしきりでした。
その感動と興奮を少しでもおすそ分けしたい。そう思って、1000を超える投稿から特に興味深かったものを80個選(よ)りすぐって、短い解説を加えました。
子どもの月齢順に並べていますが、パラパラと好きな箇所を読んでもよし、自分の子と年の近いところから読んでもよし。それから、「うちの子にもこんな時期があったな」などと感慨に浸るのもよしです。
本書の案内人は、ようやくことばを使い始めた1歳児から、すっかり日本語を使いこなすようになった小学生までさまざまです。さあ、彼らに手を引かれながら、奥深すぎることばの世界を楽しんじゃいましょう!

