「他人への不満ばかりこぼすくせに、『本人に言えば?』と言うとかたくなに拒絶する妻。今すぐ読ませたい」。こんな感想が寄せられているのが、書籍『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』(日経BP)です。本パートでは同書から抜粋して、多くの人の悩みの種である人間関係に関連する箇所を見ていきます。2回目のテーマは、暗黙の了解と知識の共有。改めて、コミュニケーションの前提を見直します。
認知のフィルターは人それぞれ。だからこそできること
自分と相手がスキーマという違うフィルターを持って物事を捉えているとわかって、それでもコミュニケーションを取ろうとするなら、その先のアプローチの仕方は大きく2つに分かれると思います。
1つは、フィルターを同じにすること。そしてもう1つは、フィルターが違っても伝わるように伝えることです。
前者の、「フィルターを同じにする」ができれば、コミュニケーション上のあらゆる問題は解消しそうですが、残念ながら、スキーマというものの性質上、それは不可能だということはもう、皆さんもおわかりでしょう。
ですから、私たちが取り得るアプローチは、後者。フィルターが違っていても伝わるように伝えること。そして、その前提となるフィルターの違いを受け入れることです。
例えば、ある部署に2人の新入社員が入ったとします。1人は少し指示をすればすぐに動ける人、もう1人は指示だけでは動けなくて、最初に一緒にやって見せないといけない人だとします。一事が万事そうだとしても、前者を「よくできる人」、後者を「ちょっと心配な人」のように扱うのは早計だということです。
そうやってラベルを貼ってしまう前に、それぞれの持つ「前提知識」や「暗黙の了解」に関して、敏感でなければなりません。新入社員の前提知識や暗黙の了解は、その人が育った背景によっても大きく変わります。その個人性を認めたところから仕事を始めなければ、自分と似たフィルターを持たない相手を否定することになってしまいます。
これは最近聞いた話ですが、ある中堅企業の営業部長が、あるとき、新人の女性社員の、最近の流行にも乗った、少し「肌見せ」のある服装を注意したといいます。
「◯◯会社へ行くのに、その服装で大丈夫?(=お堅い会社に行くのだから、露出は控えて)」
と伝えたそうなのですが、部下に一言、
「寒くないので大丈夫です!」
と答えられて絶句したのだとか。その会社の営業部はそれまで、似たスキーマの人が集まっていたのかもしれませんね。それで、新人の持つ服装のコードと、部長の中にあるそれが大きく食い違っていることに、部長としては驚いてしまった、というわけです。
「わかってよ」と相手を責める人が見落としていること
暗黙の了解はそもそも、言語化されていません。だから「暗黙」なわけです。言語化されていないことは、その世界に入ったばかりの人にとっては学ぶことが非常に難しい。このようなことは、日本企業では頻繁に起こっているはずです。
こうしたスキーマの差は、しばしば「経験の差」や「察する力の有無」とまとめられて優劣をつけられたり、「世代間ギャップ」として批判の対象となったりしがちです。しかし、そうした意識を持ち続ける限り、「コミュニケーションの問題」はなくなりません。
そうではなく、人は誰もが異なるフィルター、つまりスキーマを(無自覚に)持っており、それをベースにしてしかコミュニケーションは取れない、という事実を理解することが重要なのです。
コミュニケーションは双方向のものですから、できれば双方がこの事実を理解しておくことが理想です。
ただ、そうはいっても、「人間は前提として、わかり合えないものである」という、ある種の諦念にも近いものを共通理解として持つこと自体が、なかなかに難しいものであるといえるでしょう。まして、相手が子どもであれば、
「変なことを言う子だ」
と片づけられてしまうかもしれません。やはり、人間関係においては、より年長者、あるいはより立場が上にある人にこそ、より必要な気づきといえるでしょう。
トラブルを防ぐ知識の共有方法
「人間は前提として、わかり合えないものである」という前提に立つと、コミュニケーションの取り方も自然と変化してくるはずです。わかり合えない者同士のコミュニケーションのヒントが、日系企業と外資系企業を比較すると見えてきます。
日本で生まれ育ち、アメリカの大学院卒業後に最初に勤めた職場が米国企業の工場だった、という人から話を聞いたことがあります。その方が勤めた会社では、様々な作業が徹底的にマニュアル化されており、しかもそのマニュアルも、かなり具体的なものだったそうです。
例えば、作業手順が間違っていないかを確認する際のマニュアルには、
↓
・A-2のレバーが、「止」になっていることを確認する。
↓
……
といった具合に、徹底的に細分化され、具体的に文書化されていたそうです。それが、同様の日系企業に転職した際には、それらすべての手順が、
の一文に集約されていて驚いたと言っていました。
「日本のやり方は、マニュアルは簡単につくれるけれども、マニュアル通りに操作するのは難しい」
とのこと。反対に、最初に勤めた米国企業のやり方は、あらゆることが言語化・文書化されているともいえます。なぜそうするかというと、それは「違うのが当たり前」という前提に立っているからです。人々の前提知識は違う。暗黙の了解はない。そこが出発点なのです。
「あなたと私のスキーマは違う」ということを前提にしないで物事がスムーズに進むほど、今の世の中は単純ではなくなってきています。スキーマの違いを認めないことが、「自分と大きくスキーマが異なる人」の排除にもつながってしまいかねないのです。
今井むつみ著/日経BP/1870円(税込み)
