「上司として、指示した通りに部下を動かそうとしすぎていたかもしれない。今日から接し方を変えようと思った」。こんな感想が寄せられているのが、書籍『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』(日経BP)です。本パートでは同書から抜粋して、多くの人の悩みの種である人間関係に関連する箇所を見ていきます。3回目のテーマは、他人へのコントロール。周囲の人を思い通りに動かそうとすることの問題点を考えます。
「相手に自分を理解させて、思い通りに動かす」ことは可能か
本書では何度も「コミュニケーションの達人」という表現をしています。この表現を見たときに、中には、「周囲の人を思い通りに動かせる人」を想像された方もいるかもしれません。
実際、「相手をいかに動かすか」「相手をどう納得させるか」「相手をやる気にさせるには、どうしたらいいか」というような、相手をコントロールするためのテクニックを求める声もよく聞きます。
「本書のテーマである『言えばわかる』というのが実現すれば、一を言えば十わかって行動してくれる部下を育てることになるのですよね」
などと考えている方も、もしかしたらいるかもしれません。
しかし、「相手に自分を理解させて、思い通りに動かそう」というのは、基本的に本書で述べているコミュニケーションのゴールとは違います。
確かに、子どもに、「1時間、このドリルの問題を解いたら、ゲームをしていいよ」と伝えれば、渋々ながらも机の前に1時間、座るかもしれません。しかし、親子の間に深い意思疎通がなされたかといえば、そんなことはありません。
ビジネスの現場においても、脅したり、おだてたりという策を使えば、相手の行動をその場限りであってもコントロールできることはあるでしょう。意見が対立していた場合に、一時的に賛成に回ってくれることもあるかもしれません。
コントロールせず相手を動かす2つのポイント
しかしそのようなコミュニケーションは、決して長続きしないものです。また、こうしたコミュニケーションによって子どもが勉強の面白さに気づいたり、仕事の相手がやる気になったり、相手の意見が変わって協調できるようになるケースは絶対ないとはいえませんが、それは極めて幸運な例外だと思います。
どちらか一方でも、「相手を思い通りに動かそう」と考えている限りは、真のコミュニケーションは成り立ちません。コミュニケーションの達人は、相手をコントロールしようとしていない、というのは大切な視点だと思います。
では、コミュニケーションの達人たちは、どうしているか。ある大企業で、数十人の部下を束ねる部長を務めるTさんに聞いたところ、ひとつには「相手といい関係性を築くこと」、そしてもうひとつ「相手の成長を意識してコーチングのように接すること」と言っていました。
どうすれば、いい関係性が築けるか?
まずは、「相手といい関係性を築くこと」。これはつまり、コミュニケーションのそもそものベースとなる信頼関係を築くことです。
その方法としてTさんは、「自分から自己開示するようにしている」とのことです。
例えば「うちのネコがね……」といった話を普段の会話に入れておくと、部下も自分のネコやイヌの話をしやすくなります。そうなるとだんだん、「いろいろなことを話して大丈夫なんだ」と思えるようになってくるものです。新入社員はいきなり「私のネコが……」という話はできませんから、そういう雰囲気をつくるのは上司の役割です。
最近は、職場の飲み会なども減ったと聞きますから、相手がいったいどんな人なのかわからない、ということもあるでしょう。そうした状況においては、上司と部下とで仕事以外の話ができる関係性を築くことは、上司の大切な役割のひとつなのかもしれません。
こうした関係性を築くことができれば、例えば業務上のミスで叱責する・されるということがあって互いに気まずい状況になったとしても、それ以外の会話でつながることができます。つまり、仕事の評価とは別の、人と人とのつながりを保つことができるのです。
人は誰でも「成長したい気持ち」を持っている
コントロールすることなく相手の意欲を引き出すために大切なことの2点めは「相手の成長を意識してコーチングのように接すること」です。
私たちは、誰もが少なからず「成長したい」という願望を持っています。そうと自覚することはなくても、例えばやりがいのより大きい仕事を求めたり、何かを達成して次のステップに進みたいと思ったりするのは、この願望のあらわれといえるでしょう。この、「成長したい」という願望に寄り添うことが、相手を動かす上では大切だとTさんは言っていました。
例えばチャレンジングな業務を与え、その過程を見守り、本人の変化に気づき、それを伝える。そのときに必要なのは、相手がどう成長したいと思っているのか、何を大切にしているのかを考えることです。これを考えるだけで、同じ話をするのでも、同じ業務を割り振るにしても、受け取る相手の熱意ががらりと変わります。
「何を大切にしているのか」というのは、部署間の違いで考えてみると、わかりやすくなるでしょう。
例えばあなたが営業チームにいるとして、相手が技術チームにいるとします。その際、技術者が新製品の技術的な優位性を細かに説明しても、営業チームとしては、それよりも新製品を使う人の使用感の変化のほうが聞きたいかもしれません。こうした相手との興味の違いを互いに意識していなければ、いくら、
「こんなにわかりやすく技術を伝えているのに、すごさをわかってくれないなんて」
と相手が機嫌を損ねていたとしても、あなたとしては、
「また売り上げにつながらないところにこだわって……」
という態度になってしまいがちです。
そうではなく、技術チームは営業チームの大切にしていることを考え、営業チームは技術チームの大切にしていることを考えること。互いに考えることで、大切にしていることの一致点が見つかり、大きなゴールに向かっていけるのです。
仕事ができる人というのは、
「あの人にこう言ったら、たぶんこういう反応が返ってきますよね。だからこういうふうに準備しておきましょう」
という会話をよくしているものです。提案をする前から、相手の反応を織り込んでいるのです。「仕事は段取り8分」と言われますが、その段取りの中に「相手」が含まれることを覚えておくといいと思います。
今井むつみ著/日経BP/1870円(税込み)
