電力需要の急激な増加を背景に、原子力発電が世界で改めて注目されています。原子力は技術、安全性、政策、社会との関係など、さまざまな視点から考える必要があり、正しい知識を身に付け、客観的に考えることが大切です。原子力をこれから学びたい方に向けて、日本原子力産業協会の増井秀企理事長が理解の土台となる書籍を紹介します。
「原子力発電」が、改めて見直されています。原子力発電といえば、2011年に発生した福島第一原子力発電所の事故以降、日本においては慎重な議論が続いてきました。しかし近年、世界的なエネルギー情勢の変化やカーボンニュートラルへの取り組みを背景に、原子力の位置付けは大きく変わり始めています。
原子力を理解するうえでは、「S+3E」という考え方が重要です。これは、「Safety(安全性)」を大前提として、「Energy Security(エネルギー安全保障)」、「Environment(環境負荷の低減)」、「Economic Efficiency(経済性)」という3つの視点を同時に追求するという考え方です。エネルギー政策においては、この3つをいかにバランス良く実現するかが大きな課題であり、原子力は長年、それらを比較的高いレベルで満たすエネルギーとして位置付けられてきました。
特に近年、重要性が増しているのがエネルギー安全保障の観点です。ロシアによるウクライナ侵攻を契機とした世界情勢の不安定化により、世界各国は燃料供給が地政学的な理由によって左右され、石油や天然ガスの価格が大きく変動する現実を改めて認識しました。こういった状況を受けて、原子力を安定した電源として見直す動きは世界的に広がっています。
もう一つが、2050年カーボンニュートラルの実現です。太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーは脱炭素を進めるうえで重要な電源ですが、天候によって発電量が大きく変動することが課題です。そのため、安定供給や経済性、脱炭素といった観点を踏まえ、再生可能エネルギー、原子力、火力など、それぞれの特性を持つ電源を適切に組み合わせていくことが重要です。こうした電源構成を「エネルギーミックス」と呼びます。原子力も、その重要な構成要素の一つとして再評価されているのです。
日本の状況も変わりつつあります。福島第一原子力発電所の事故以降、新規制基準が導入され、事故の教訓を踏まえた安全対策の強化や原子力規制委員会による審査が進められてきました。こうしたプロセスを経て、現在では15基の原子炉が運転を再開しています。また、国のエネルギー政策も大きく転換しました。これまで掲げられてきた「原子力への依存度を可能な限り低減する」という考え方から、「再生可能エネルギーと原子力をともに最大限活用する」という方針へと大きくかじが切られました。
原子力は社会的な関心が高く、さまざまな意見が存在します。今回ご紹介する書籍は、できるだけ中立的な立場から執筆されたものを選びました。また、原子力技術そのものを解説した本だけでなく、安全文化やリスクマネジメント、ガバナンスといった視点で学べる書籍も加えています。原子力は一つの発電技術であると同時に、安全の確保や社会信頼の上に成り立つ技術でもあります。その本質を理解していただくために、今回から3回にわたって書籍を紹介します。今回は、原子力発電の基礎を学ぶために必要となる書籍を2冊紹介いたします。
「原子力の全体像」を理解するための最初の一冊
初心者にとって分かりやすい本を前提に最初に紹介するのが、『「原子力」のことが一冊でまるごとわかる』(齋藤勝裕著/ベレ出版/2023年12月刊)です。この本を薦める理由は、原子力を特定の立場から語るのではなく、ファクトを積み重ねる中で全体像を理解できる点にあります。
本書では、エネルギー問題という大きな視点から、核分裂の仕組みや原子力発電の原理、世界と日本における原子力利用の歴史、過去の事故の検証、放射線の基礎知識、さらには次世代炉や核融合まで、原子力を取り巻く幅広いテーマを一冊に整理しています。どれか一つのテーマだけを深掘りするのではなく、「原子力とはどのような技術なのか」を見渡すことができる構成になっているところが大きな特徴です。
また、図やデータが豊富に掲載されており、難解になりがちな内容も無理なく理解できます。著者はサイエンスライターとして科学技術分野の入門書を数多く執筆されてきた方であり、専門家が使う言葉を一般読者にも分かるように「翻訳する力」が本書でも存分に発揮されています。
原子力というテーマは、前にも述べたように賛成・反対という議論になりがちですが、さまざまな側面を理解したうえで考えるべきテーマです。その意味で、本書は特定の考え方へ誘導するのではなく、中立的な立場から知識を整理してくれる貴重な入門書といえるでしょう。これからエネルギー分野へ新たに携わるビジネスパーソンにとって、本書は「最初の道標」となります。まずは全体像をつかみ、自分なりの考えを深めていくためにも、ぜひ手元に置いていただきたいと思います。
原子力発電の大前提となる「安全」の本質を知る
2冊目に紹介するのは、『科学的思考入門』(植原亮著/講談社/2025年2月刊)です。実は、この本には原子力発電のことはほとんど書かれていません。それでもぜひ読んでほしいと考えたのは、原子力を支える本質が「安全」であり、その安全は一人ひとりの科学的な思考によって支えられているからです。
1冊目では、原子力という技術の全体像を理解していただきました。しかし、上記の観点から見ると、原子力はその知識を身に付けるだけでは十分ではありません。データをどのように読み解き、仮説を立て、検証し、判断するのか。その「思考の型」を身に付けることが、何より安全性を追求する原子力分野では重要になります。
本書では、認知科学や哲学の知見を基に、「科学的に考える」とはどういうことなのかを、身近な例を紹介しながら分かりやすく解説しています。論理的思考との違いや、データを用いて仮説を検証する考え方、認知バイアスを避ける方法、相関関係と因果関係を混同しない姿勢など、科学技術に携わる人であれば誰もが身に付けておきたい思考法がコンパクトに整理されています。
特に印象に残ったのは、「これまで問題がなかったから、今回も大丈夫だろう」という思い込みの危うさについて書かれている点です。過去の原子力分野の事故やトラブルを振り返ると、その背景には無意識の認知バイアスや、前例を疑わない組織風土が存在していました。だからこそ、自分にとって都合の悪いデータこそ丁寧に確認し、常に仮説と検証を繰り返す姿勢が求められます。
この考え方は、原子力だけに当てはまるものではありません。AIが急速に普及する現在、私たちは日々大量の情報に触れています。しかし、AIが示す答えも含め、それをうのみにせず、自ら考え、根拠を確かめ、判断する姿勢は、あらゆる仕事で求められるものです。本書は、その「思考の体幹」を鍛えてくれる一冊といえます。新書らしく平易な文章で書かれており、後半にはやや踏み込んだ内容もありますが、まずは興味を持ったところから読み進めるだけでも十分に学びがあります。
今回は原子力発電の基礎を学ぼうとする初心者の方に向けて2冊を紹介しました。次回はその続きとして、中級者に向けてお薦めの本を紹介します。
一般社団法人 日本原子力産業協会 理事長
(取材・構成:木村 知史=CocoSmile 編集者)


