コピーライターの糸井重里さん発案で、「本と人が出合える場所」として、10月29日、30日の二日間、前橋市で開催される「前橋BOOK FES」。「本は人にとって特別なもの」「本で元気になろう。」という本にまつわるコピーに共感した編集部は早速、糸井さんに会いに行ってきました。糸井さん、フェスで「本と人をつなぐ」ってどういうことですか?

 10月29日(土)と30日(日)に、僕の地元の群馬県前橋市で“本のフェス”を開催します。名付けて、「前橋BOOK FES」。みんなが自分のお気に入りの蔵書を持ち寄って、それを読みたいと思う人に引き継ぐ、本を介した交流を楽しむ「本のトレード」や本にまつわるトークショーやワークショップなどを開催したり。そんな初めての試みをやってみます。

 「本のトレードなんて、そんなことやってもらっちゃ困るよ」なんて怒る人もいるかもしれないし、失敗するかもしれない。だけど、やってみたいなと思ったんです。多分、人にも本にもやさしい時間になる予感がするし、「それはいいね」といろんな人が共感、応援してくれています。2年目以降も続けられるように、まずは第1回をやってみます。ぜひ皆さんも遊びに来てください。

一筋縄にはいかない、最たるものが「本」

 もう四半世紀前くらいからずっと、「本って不思議な存在だな」と考えていました。本には“特殊能力”があるって。

「いやぁ、本って不思議だよなぁって、ずーっと考えていたんですよ」
「いやぁ、本って不思議だよなぁって、ずーっと考えていたんですよ」
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 宝石だろうがたくあんだろうが、世の中に「商品」として存在するものには、必ず「ビジネスとして」という考えが発生しますよね。市場とか消費者とか在庫とか、“商品”としての収益性を考えるものだと思います。

 ところが、どうも一筋縄ではいかないものが世の中にはあって、その最たるものが「本」なんですよね。単純な経済合理性では説明できない何かがある。

 例えば、その捨て難さ。今、家の中はなんでも「小さくコンパクトに」といわれていて、洗濯機さえも邪魔者扱いされる時代に、本は結構なスペースを占有していたりする。都会のマンション暮らしでも、本棚3つ分のスペースにたくさんの本が置かれていたりして。

 家の中の本は、人が1人寝られるくらいの場所をすでに占めているのだけれども、誰かに薦められたり、ちょっと気になったりして、また新しい本が増えていく。でもすぐには読む時間が取れなかったり、読み始めたけれど思ったより進まなかったり、あるいは一気に読了して感動して「またいつか読もう」と自分に約束したりして、本はたまる一方。手放すよりも、手に入れるほうがはるかに簡単なもの。それが本。

手放せない、でも縛りつけたくない

 僕もいろんな理由をつけては、手放せなかった本をたくさん持っています。

 「処分を考えてね」と廊下に出され、プンプン怒りながら本棚に戻した本は数知れず。でも…多分読まないんだよね。読まないことも分かりながら、ずっと自分の家の本棚に縛りつけていることがなんだか申し訳なくて。きっと皆さんも悩みながら、なんとか工夫して新陳代謝させているんじゃないかな。

 手放し難い。でも縛りつけたくない。そんな「ままならなさ」を解決するきっかけをつくりたいなと思ったのが、「前橋 BOOK FES」のはじまり。自分はもう読まないけれど、誰かが欲しいと言ってくれるなら喜んで渡したい。そんな思いを満たせる場にしたいなと思っています。

 本は、すべてを説明しなくても人を引きつける魔力がある。

 そういえば、今回のフェスの記者発表をしたときに、スペシャルサポーターとして隣に座ってくれたみうらじゅんさんが、こんな話をしてくれたんですよ。

本は、「人」に似ている

 ある日、みうらさんが古本屋で推理小説を買ったら、1ページ目に手書きで「犯人はホテルのメイド」って書いてあったそうで。「そう書いてあるからそうなのかなぁ」って気になって読んでみたら、犯人は違う人物だった(笑)。

「なんだよそれーって感じですよね」
「なんだよそれーって感じですよね」
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 本の内容もさほど詳しく説明していないのに、この話を聞くだけで、不思議と面白がれるでしょう。出合い方や付き合い方を語るだけで、魅力的に表現できる。そんな商品って他にないと思う。

 同じ本でも、誰が持ち主になるかによって、意味や居場所が変わるのも面白い。「俺にはイマイチだったけれど、君にはしっくりくるかも」なんて言って渡したら、うまい具合に気が合ったりして。

 そう、本って「人」に似ている。本を紹介するときの気分は、友達に友達を紹介するときの気分にとても近いと思いませんか。

 だから、本も「席替え」をするような感覚で、いろんな人と出合い直せばいい。するとまた新鮮な関係の中で、生き返る本がたくさんあるはず。僕たちはもっと本を解放しないといけないんじゃないかって思うんですよ。

本の居場所を変えるだけで…

 「前橋BOOK FES」ではきっといろんな本と人の出合い直しが生まれると思うけれど、たまたま誰の手にも渡らなかった本も結構残るだろうと予想しています。

 その行き先としては、例えば、市内の保育園にプレゼントできたらいいなと思っています。これは、今回のフェスをボランティアで手伝ってくれている大人たちの1人、元アップルの副社長で、日本通信社長の福田尚久さんの話から着想したアイデア。福田さんが実際に施設をいくつか訪ねたときに、「子どもたちが読むための本を置きたいけれど、図書費の予算が限られているので本が買えない」という事情を聴いたそうなんです。

 求められている場所に本を導く手伝いができたら、僕はうれしい。それは本も子どもたちもきっと喜んでくれることだろうし、選書においては地元の司書さんにも活躍していただきたいと思っています。

 本の居場所を変えるだけで、こういうことが実現できたらすてきだなあって思うんです。

 僕ももちろん、自分の本をたくさん持っていきます。

 ちょうど昨日、自宅の本棚から前橋に送る本を段ボール2箱分持ってきて、僕にとってそれがどんな本なのか、1冊1冊カメラの前で説明したばかりなんです。あー、くたびれた。でも、面白かった。

糸井さんが自宅から持ってきた「前橋に送る本」、段ボール2箱分(写真/糸井さん提供)
糸井さんが自宅から持ってきた「前橋に送る本」、段ボール2箱分(写真/糸井さん提供)
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 「どんな本なのか」なんて今言ったけれど、「これは『読もう読もう』と思い続けて、ついぞ読んでいません」とか「途中で読むのをやめた」とか、そんな本もたくさんあります。

「読まずにとっておいた本ももちろんあるわけです」(写真/糸井さん提供)
「読まずにとっておいた本ももちろんあるわけです」(写真/糸井さん提供)
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 限られた本棚のスペースにずっと取っておいたんだから、大切な本であることは間違いないんだけど、僕の手元から早く解放して、誰かに渡るほうがきっといいんです。

紙の本を選ぶようになった理由

 そんなふうに“本の行き先”を想像できるようになってから、本を買うときには紙の本を選ぶようになりました。

 最近、その買い方をした本の一例を挙げると、辺見じゅんさん原作の漫画 『ラーゲリ』 (文春現代史コミックス) 。シベリア抑留に耐え、仲間の遺書を日本に持ち帰った男たちの物語で、信頼できる人が薦めてくれて読みたくなったんです。これまでは漫画はほとんど電子書籍で済ませていたんだけれど、「面白かったら前橋に送ろうかな」と思うと、つい紙の本を買いたくなる。

 ものとして本を所有したら、いずれ誰かに渡すこともできる。以前よりも気楽に本を買えるようになった自分が、なんだか楽しいんです。

 ほら、こういう話をするだけで、初めて会う人とも気負わずにおしゃべりできるでしょ。これも本のよさ。

 10月最後の週末に、人口約33万人の地方都市・前橋が、本を介して、いろんな人が出会う場になるとうれしいなぁ。ナンパ気分で、ただフラッと遊びに来るだけでも大歓迎。「何? この本、面白いの? 俺でも読める?」なんてね。きっと思いがけない物語が生まれるんじゃないかとドキドキしています。

取材・文/宮本恵理子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/稲垣純也