10月29日(土)と30日(日)に、地元の群馬県前橋市で“本のフェス”を開催する糸井重里さん。お気に入りの蔵書を持ち寄って読みたい人に引き継ぐ「本のやり取り」や、本にまつわるトークショーやワークショップなど、初めての試みが盛りだくさん。糸井さん自身も前橋BOOK FESに自身の蔵書を送るそうで…。糸井さんはいつもどんな本を選んで読んでいるのでしょう。
前橋BOOK FESをやろうと決めて、自分の本棚にある1冊1冊と、「これいつ読んだっけ」「これは最後まで読めなかったんじゃない?」「ああ、これも面白かったよな」なんて向き合ってみると、あらためて自分がどんなふうに本と付き合ってきたかを振り返る時間になりました。
この年になって、僕はようやくコツをつかんだんです。それは、「自分をよく見せる読書はしない」ってこと。
よそ行きの読書、やってました
これまで、雑誌やウェブの記事で「あなたの人生を変えた3冊を教えてください」と聞かれて、僕が真面目な顔で答えるインタビューもありました。
今だから言うけれど、少し賢く見せようとしたり、あえて漫画を混ぜてちょっとくだけた印象を演出したり。「こんな感じでどうですか?」とお互いの反応を探りながらの“よそ行き”の選書、みたいなところがあったんです。大人になるほど器用になっていくもので…。
今は自分をよく見せることに頑張りたくなる時代だし、僕以外にもそうしている人もいるかもしれないですね。武器やお化粧みたいに読書歴を利用してしまうというか。「あの店、行った? まあまあおいしかったよ」「さすが通だね」って褒め合うグルメ評と同じで、僕も長年そうしてきたところがあったけれど、ふと、それは違うんじゃないかって気付いたんです。
それで、あるときから思い切って、「3冊選んでください」みたいなリクエストは全部断るようにしてみたんですよ。すると、自分をよく見せるための読書を意識しなくなった。
だって、世の中にこれだけの本があって、とても一度の人生だけでは読み切れない。たまたま出会った1冊について、「面白かったよ」と感想を言うことはできるけれど、「自分をつくった3冊」を選ぶことは、僕にとってはハードルがすごく高い。
カッコつけない読書、どうやるか
もちろん、幅広いジャンルの知識を得ようとするアンテナは大事にしたいですし、特に今は「ほぼ日の學校」という新しい取り組みを頑張っているし、読書量はどんどん増えていると思う。もうね、カッコつけてる場合じゃないんです。
もっと読書というものを解放して気楽なものにするためにも、「カッコつけない読書」を広めたいなと思いますね。
そういう意味では、「前橋BOOK FES」に送る本について紹介する映像を撮ったときの僕の話に、ちょっと肩の力が抜けた社員もいるかもしれない。
僕が自宅の本棚から前橋BOOK FESに送ろうとまず選んだ本が段ボール2箱分。それなりの冊数だから、最初は「へぇ! (糸井さんは)こんなに読んでいるのか」みたいな顔をみんなするわけです。
でも、僕が正直に「このうちの大部分は斜め読みで終わってます」と告白するものだから、だんだんみんなの顔が緩んでくる。
本は「中身を読んでなんぼ」かもしれないけれど、僕はカバーに掛かっている「帯」のコピーをメインに楽しむことだってある。パラパラめくりながら、「帯に書かれていたあの言葉は、こういう意味だったわけだ」と腑に落ちたら満足、とかね。
なんなら、「文体」を味わうパターンだってある。「ストーリーの筋はハマらなかったけれど、文体が好みだなぁ」とか。同じテーマで書かれた本でも、アメリカ人の研究者が書いた本だと、なんだかユーモアで読ませる本があったりするし。どんな読み方をしても何かしら発見があるから、やっぱり読書は面白いです。
それと、よそ行きの読書をやめてカッコつけなくなってから、不思議なことが起きたんです。「まともに読めない僕」をみんなが応援してくれるようになったんです。
「もう読めない」と弱音を吐いたら…
最近では、評判がよくて面白いそうだからと読み始めた小説『プロジェクト・ヘイル・メアリー(上下)』(アンディ・ウィアー著/早川書房)がそれでした。
火星でサバイブする男が主人公のSF小説で、「読み始めたら止まらなくなる」と聞いていたんだけれど、僕は違った。空気中の窒素の配分がどうのとか、理系の細かい描写が…僕にはなかなか頭に入ってこない。
ツイッターで正直に「もう読むのをやめようかと思ってる」と弱音を吐いたら、「せめて上巻の前半までは!」とか励ましてくれる人がたくさんいて(笑)。それでなんとか頑張って、僕も「もし面白かったら、前橋BOOK FESに出します」と宣言しちゃったりして。こんな遊びができるのも本の醍醐味ですよね。
僕が「この本を読むぞ」と心に決めて臨むときには、“3種読み”をするんです。単行本と電子書籍とオーディオブック。紙・電子・音の3種を駆使して、お風呂やトイレ、移動中でも読めるように持ち歩くんです。
そんなふうに遊びながらも頑張って読んでいるうちに、自分にとってのこの本(『プロジェクト・ヘイル・メアリー』)を楽しむ接点が、「主人公が先生であること」だと気づいたんです。
そういえば、以前ハマったアメリカのテレビドラマシリーズ『ブレイキング・バッド』も主人公が先生だったなと。つまり、今の自分にとって物語を楽しむ入り口になり得るのは「先生」というフックなのだと分かったんですよね。それからは、さらに上手に、その本を読み進められるようになりました。
最初は全然しっくりこなくて、んんん? と思いながら読んでいたとしても、あるときふと自分にとっての接点が分かれば、読書はもっと自由になるってこと。そう思うと、なんだか、気がラクになりませんか?
取材・文/宮本恵理子 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/稲垣純也