世界のSDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・企業統治)経営をけん引している英ユニリーバの前CEO(最高経営責任者)のポール・ポルマン氏が、11月中旬に来日した。 『Net Positive ネットポジティブ 「与える>奪う」で地球に貢献する会社』 の共著者である同氏は、これからの企業経営のあり方として「意図的であろうとなかろうと、世界に及ぼすあらゆる影響に責任を持ち、社会が必要とする幅広い変革の一翼を担うネットポジティブ企業を目指すべきだ」と提唱している。東京大学理事・教授でグローバル・コモンズ・センターのダイレクターである石井菜穗子氏と対談してもらい、日本の経営者やビジネスパーソンに今伝えたいことを語ってもらった。(写真:鈴木愛子)

ポール・ポルマン氏(左)と石井菜穗子氏が初めて出会ったのは2013年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)。それ以来、2人は交流を深めている
ポール・ポルマン氏(左)と石井菜穗子氏が初めて出会ったのは2013年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)。それ以来、2人は交流を深めている
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気候変動は症状であり、問題の本質はリーダーシップの欠如にある

石井菜穗子氏(以下、石井氏):ポールさんは来日(11月17日)直前に、エジプトのシャルム・エル・シェイクで開催されたCOP27(第27回国連気候変動枠組み条約締約国会議)、そしてインドネシア・バリ島でのG20(20カ国・地域首脳会議)と、立て続けに重要な会合に出席され、地球温暖化問題や生態系の破壊、食料システムの再構築などについて世界のリーダーたちと議論されてきました。それらを踏まえて、今、日本のビジネスリーダー、あるいは社会一般に向けて一番伝えたいことは何でしょうか?

ポール・ポルマン氏(以下、ポルマン氏):気候変動がますます深刻な問題となり、多くの人々がそれに苦しみ、多くの国が混乱しています。干ばつや洪水、そしてハリケーンなど、母なる自然が私たちに送っているシグナルを皆さんも感じていると思います。

 この問題に対処するために、国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)と呼ばれるプロセスがつくられています。日本に来る前、私はCOP27に参加しました。新型コロナウイルス禍のため今回の開催は1年遅れましたが、COPではもう28年間も議論しています。にもかかわらず、気候変動の脅威を減少させるための合意には、残念ながら至っていません。

 私たちは取り組むべき問題のほとんどに気づいていながら、何らかの理由でそれに対してアクションを起こせないでいます。つまり、気候変動や不平等、生物多様性の破壊などは問題の「症状」にすぎず、本当の問題はリーダーシップの欠如にあると言えます。そして、そのリーダーシップを妨げているのが、貪欲さ、無関心、利己主義です。国や企業が自分たちの利益だけを考えようとする限り、問題の解決に到達することはできません。

ポール・ポルマン氏 ユニリーバのCEO(2009~19年)として、サステナビリティーを中核に据えたビジネスがパーパスを通じて利益を上げられることを実証し、長期的なマルチステークホルダーモデルと優れた財務パフォーマンスを両立させた。在任中、同社はサステナビリティーの分野で世界トップの常連となった一方で、株主リターンも290%増加した。現在は、地球再生、気候変動と不平等に対する企業の行動を加速させるため、様々な組織やイニシアチブで活動している。『Net Positiveネットポジティブ』の共著者
ポール・ポルマン氏 ユニリーバのCEO(2009~19年)として、サステナビリティーを中核に据えたビジネスがパーパスを通じて利益を上げられることを実証し、長期的なマルチステークホルダーモデルと優れた財務パフォーマンスを両立させた。在任中、同社はサステナビリティーの分野で世界トップの常連となった一方で、株主リターンも290%増加した。現在は、地球再生、気候変動と不平等に対する企業の行動を加速させるため、様々な組織やイニシアチブで活動している。『Net Positiveネットポジティブ』の共著者
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石井氏:COP27は小さな成果はあったものの、全体としては残念な結果に終わってしまいました。

ポルマン氏:政府レベルでこれほど困難な状況にあることを知ったとき、私のメッセージはとてもシンプルです。「もし自分が何かできる立場にあるのなら、その穴を埋めるために立ち上がるべきであり、民間企業こそ、今、物事を解決するための最大の鍵を手にしている」

 企業は世界経済の65%、世界の雇用創出の80%、金融の流れの95%を占めています。「2050年まで気温上昇1.5度以下」の目標と、SDGsを達成するためには、企業のプロアクティブ(先見的)な意思決定と行動が欠かせません。一部の企業は動き出していますが、そのスピードは十分ではありません。

 今、世界の企業で起きていることは、リーダーが勝ち、後れをとる者は負ける、の二者択一です。勝者と敗者の間には、何もありません。これだけ変化が激しいと、法律が変わるのを待っていては致命的に遅れてしまいます。リーダーとなるには、国が動くよりも少し早めに正しい側に立つことが重要です。そうすることで、将来に向けてより良いポジションを確保でき、そこにあるチャンスをより早く捉えられます。

石井菜穗子氏 東京大学理事、未来ビジョン研究センター教授、グローバル・コモンズ・センター・ダイレクター。1981年東京大学経済学部卒業後、大蔵省(現財務省)へ。米ハーバード大学研究員、国際通貨基金(IMF)エコノミスト、世界銀行ベトナム担当を歴任。2006年世銀スリランカ担当局長、10年財務省副財務官。12年地球環境ファシリティ(GEF)最高経営責任者(CEO)。20年8月より現職
石井菜穗子氏 東京大学理事、未来ビジョン研究センター教授、グローバル・コモンズ・センター・ダイレクター。1981年東京大学経済学部卒業後、大蔵省(現財務省)へ。米ハーバード大学研究員、国際通貨基金(IMF)エコノミスト、世界銀行ベトナム担当を歴任。2006年世銀スリランカ担当局長、10年財務省副財務官。12年地球環境ファシリティ(GEF)最高経営責任者(CEO)。20年8月より現職
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経営者に求められるマルチステークホルダー連合のスキル

ポルマン氏:私がサステナビリティーを事業の中核に据えることを推進しているのは、道徳的な理由や、気候変動などの環境・社会課題解決のためだけではありません。これらは、実際に大きなビジネスチャンスとなります。持続可能性をビジネスの中核に据えた企業は、雇用主としてのブランド価値が上がり、従業員のエンゲージメントも高くなります。経営はより強靭(きょうじん)になり、革新的で収益性も高い。当然、バリューチェーンや事業地域のコミュニティーとの関係も良好で、これらすべてがビジネスの成果につながるのです。

 金融市場でも、長期的なリターンを得るための最良の方法は、環境・社会課題の解決に貢献することだと理解する人が増えてきています。ビジネスとは、問題を解決することであり、問題が大きければ、それだけチャンスも大きいということです。

 ただ、ほとんどの企業は「どうせ私の会社が何かしても影響が小さすぎて、世界は変わらない」と言うでしょう。確かに1社だけで今世界が抱えている問題を解決できるような大企業は存在しません。

石井氏:だから、業界や業態の垣根を超えた企業、国、自治体、消費者、NGO(非政府組織)、地域社会などとのマルチステークホルダー連合が必要なんですね。

ポルマン氏:個々の企業だけでは、社会のシステムを変えることはできません。より広範な連合が必要であり、その連合は社会を横断するもので、若者や政治家、NGOも含めなければなりません。CEOは単独で物事を行い、意思決定することに慣れていますが、長期的な取り組みやマルチステークホルダー連合には慣れていません。

石井氏:従来とはまったく違うスキルが必要ですね。

ポルマン氏:私自身も、今は地球の課題を解決するためマルチステークホルダー連合をいくつか率いていますが、それまで教えられてきたCEOのリーダーシップのスタイルを大きく変えなければなりませんでした。簡単ではありませんが、壊れたシステムを維持するほうが、正しいシステムを再設計するよりコストがかかることが分かってきたので、CEO自身も変わっていかざるを得ません。

石井氏:多くのCEOがそれを理解し始めたわけですね。

ポルマン氏:米国では、長期的には正しいシステムを再設計するほうが、コストが安いという理解が広まったことで、本当に大きく動き始めました。今は気候変動、不平等、ヘルスケア、食料システム、地政学的な緊張と、多くのシステムが壊れています。長期的に考え、対症療法的に絆創膏(ばんそうこう)を貼るのではなく、根本から再設計することについて、今、正直に議論してほしいですね。

 私は希望を持っています。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によって、人々は地球規模のシステムの複雑さや相互依存性を理解し、これまでとは異なる方法で取り組む必要があることに気づきました。また、大きな危機があっても人類が心を一つにして協力し合えば、素晴らしいスピードで解決策を生み出せるということも、新型コロナのワクチン開発で見てきました。

1.5度目標達成には、食料システムの再構築が不可欠

石井氏:私もCOP27に参加するため2週間ほどエジプトに滞在しました。COP27の結果に関しては交渉担当者の間で失望もありましたが、交渉と並行して行われた様々な会合やイベントでは、いくつかのポジティブなことが起きていました。

 特に私が注目したのは、28年間の気候変動COPの歴史の中で初めて、食料システムのパビリオンができたことです。COPはこれまで食料システムを課題として認識してきませんでした。このパビリオンでは、食料システムは危険な状況にあり、今こそ取り組むべきチャンスだということで活発な議論が交わされていました。

 ポールさんは、食料システムの変革についてどのように考えていますか。また、私たちはどのようにしたらこの変革を推し進めることができるでしょうか。

ポルマン氏は11月、エジプトでのCOP27に参加後、インドネシア・バリ島で開催されたG20に招待され、国の首脳と会合を持ち、「1.5度目標」に各国首脳がコミットすることに尽力した。COP27で「1.5度目標」堅持の姿勢が示されたのは、G20での成果が大きかったという
ポルマン氏は11月、エジプトでのCOP27に参加後、インドネシア・バリ島で開催されたG20に招待され、国の首脳と会合を持ち、「1.5度目標」に各国首脳がコミットすることに尽力した。COP27で「1.5度目標」堅持の姿勢が示されたのは、G20での成果が大きかったという
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ポルマン氏:実は、食料生産の方法を変えない限り、地球温暖化1.5度以内の目標を達成することはできません。化石燃料以外にも地球温暖化を引き起こすものはたくさんあります。肉料理が好きな人は多いと思いますが、牛肉のもとである牛はゲップやおならでメタンガスを発生させます。これは気候変動にとって二酸化炭素よりも強力な気体(編集部注:メタンにはCO2の28倍もの温室効果がある)であり、大きな問題です。森林破壊は気候変動の大きな要因の1つですが、この大半も持続不可能な食料生産を行っている私たちの食料システムから生じています。つまり、気候変動の30%は私たちの食料システムに起因しています。

 今、私がとてもエキサイティングに思うのは、解決策の30%も食料システムから生まれるということです。もし環境再生型の農業に移行することができて、生物多様性を回復させて、自然を取り戻すことができれば、それが解決策の30%になるのです。ですから、気候変動問題について考えるとき、食料や土地利用のシステムについても議論する必要があります。

食料難8億人、肥満20億人の愚かさ

ポルマン氏:もし今、異星人が地球にやって来て、私たちの食料システムを見たら、「なんと愚かなことをやっている集団なんだろう」と思うはずです。

 人類は森林を次々に伐採し、温暖化を加速させている。耕作地は増えているが、零細農家は非常に貧しいまま。多くの子どもたちは生後1000日以内に十分な栄養を与えられず、発育不良になっています。また、持続不可能な農法によって世界の農地の50%は劣化している。約8億2000万人が食料難に陥り、空腹のままベッドに入り、次の日に起きられるかどうかも分からない状態でいます。しかし、それらをまるで気にかけないかのように、生産した食料の約3割を廃棄し、約20億人が肥満か過体重になっている。つまり、食料システム全体が壊れているのです。

 食料システムには、食料消費のほか健康被害、環境被害なども含めると全体で毎年約12兆ドルの社会的コストがかかっています。12兆ドルというのは大金です。もし私たちが食料システムを変革して持続可能なものにすれば、森林を伐採する必要がなくなり、零細農家への賃金も改善され、食料をそれほど無駄にせず、健康問題にも取り組めます。これらを推進すれば、たった10年間で、簡単に約4兆ドルの社会的コストを引き下げることができるのです。

 食料生産と土地の利用システムは、最も重要なシステム変革の1つであり、企業がここに投資すれば非常に高いリターンが得られると私は考えています。

 これまで気候変動の議論は、化石燃料から再生可能エネルギーへの転換に焦点を絞っていたため、食料システムは議題にはなりませんでした。石井さんが指摘するように、今や食料問題は大きなアジェンダ(課題)の1つとなっています。来年11月、アラブ首長国連邦(UAE)で開催予定のCOP28では、さらに注目が高まると思います。今、多くの国が食料に関するコミットメントを行っていますが、これからは、食料システムを変えるために、国レベルで具体的な行動に移していくことが必要です。

取材・文/沖本健二(日経BOOKSユニット第1編集部)

サステナビリティーと利益は両立できる

企業は、環境・社会に与える「負の影響」をゼロにするだけでなく、そこを起点に「プラスの影響」を大きくし、利益をしっかり出すべきだ──この「ネットポジティブ」の経営哲学に基づき、ユニリーバの前CEOで著者のポール・ポルマンは、短期投資家と袂(たもと)を分かち、長期視点で経営に臨み「サステナビリティー(持続可能性)と利益伸長」が両立できることを証明しました。「パーパス経営」のお手本とも言えるポルマン流経営の神髄が、この一冊に凝縮されています。

ポール・ポルマン、アンドリュー・ウィンストン著、三木俊哉訳、日経BP、2530円(税込み)