ダイバーシティ推進やパワハラ防止、働き方改革、コンプライアンス(法令順守)の徹底など、企業を取り巻く労働環境は一昔前と比べて変化しました。けれど、意思決定層と現場との間に立ちはだかる「ジジイの壁」は一部の組織に依然として残っています。なぜ日本では「ジジイの壁」が生まれやすく、これほど強固なのか。日経プレミアシリーズ『 働かないニッポン 』の著者、河合薫さんに聞きます。
意思決定層と現場の間に分厚い「壁」
編集部(以下、――) 自民党の裏金疑惑やダイハツの品質不正問題、日本大学の一連の不祥事など、最近のニュースを見ていて、河合さんが7年前に刊行した『 他人をバカにしたがる男たち 』(日経プレミアシリーズ)の中で触れていた「ジジイの壁」という言葉を思い出しました。
河合薫さん(以下、河合) 「ジジイの壁」という言葉を聞いて、「ジジイ」という言葉に抵抗を感じる人も多いかもしれませんが、男性を指しているわけでも年齢的なことを言っているわけでもないんです。
ここで言う「ジジイ」とは、性別や年齢に関係なく、組織の中で権力を持ち、その権力を組織のためでなく自分の保身のために使う人たちのことを指します。「ジジイの壁」とはそのような人たちが築いた壁であり、組織の意思決定層と現場との間に立ちはだかっているもののことです。
『他人をバカにしたがる男たち』を書いた7年前と比べて明らかに違うのは、意思決定権を持っている人たちと現場の実行部隊との間にものすごく大きな乖離(かいり)が生まれていて、「ジジイの壁」がより厚く、高く、強固になっている点です。
不正や不祥事がいつまでもなくならないのは、「ジジイ」たちがますます強固な壁を築き、その中で自分たちの得になるようなことでしか意思決定をせず、一方で上の決定を実行に移す現場の人たちも、自分に不利益が生じないように「ジジイの壁」の人たちからのオーダーを全うしようと一生懸命になっているからなのです。
現場の問題に気付かない経営層
10年前と比べると、現場ではコンプライアンスが徹底し、パワハラなどもめったに起こらなくなり、全く違う労働環境になっているように感じます。これらの「時代の風」はなぜ「ジジイの壁」の内部に吹き込むことがないのでしょうか?
河合 まず、前提として「ジジイの壁」は全ての会社に存在するものではないと言っておきます。ですがジジイ化しやすい性質というのは、誰もが持っています。
権力は正しい使い方をすれば全く問題ありませんが、その権力に依存するようになると、たちまち自分の保身に走ってしまいます。保身に走った「ジジイの壁」の内部の人たちは自分の考えに異を唱える人を脅威と見なし、次々と排除していきます。排除される対象は往々にして、若者や女性、外国人たちです。
こうして多様性が排除された組織には、当然、「新しい風」は一切入ってきません。さらに体育会系と呼ばれるような階層が明確な組織ほど、一度「ジジイの壁」が出来上がってしまうと、なかなか崩れることがありません。意思決定の場で何が起きているか分からない、真っ黒な世界が続いていってしまうのではないかと。
「ジジイの壁」が築かれた組織では、例えば現場でパワハラやセクハラ、長時間労働、うつ病の社員の増加、女性社員のキャリア停滞、若者の高い離職率などの問題が起きていても、はたまた、多様性尊重の重要性がどれだけ叫ばれていようとも、意思決定層の人たちはこうした問題をまるで他人事のように捉え、自分たちとは関係のない世界の話だと思ってしまいがちです。これは明らかに、意思決定層と現場との間に壁ができているという状況です。
こうした状況を変え多様性のある組織にしていく必要がありますが、変える権限を持っているのは上の人たちです。ですから、上の人たちは壁を作るのではなく、やはり現場を歩いて、現場の人と対話をすることが重要です。社員全員の名前を覚えろとまでは言いませんが、現場の空気感を分かっている人たちでなければ問題は解決しませんし、多様性も実現しません。
海外で「ジジイの壁」ができにくい理由
「ジジイの壁」は海外には存在しないのでしょうか?
河合 海外にも「ジジイ」は存在します。責任ある立場の人ほど自分に都合の良い嘘をついたり無責任な人ほど出世したりするのは世界共通ですから、「ジジイの壁」ができることもあります。「ボーイズクラブ」とか「オールドボーイズクラブ」と呼ばれる集団がそれに相当します。
では日本とは何が違うかというと、まず一つはコンプライアンスという言葉が象徴するように、ルールで権力の集中を防ごうという考えが徹底しているところです。
米国などでは、経営者と働く人は上下の関係ではなくて、全て同じ人間という人権意識が根付いています。性別や髪や肌の色にかかわらず、全ての人が尊重され守られることが法律で徹底されているため、会社の中でも権力の集中が起こりにくいのです。つまり、「ジジイ」化しにくい構造になっているかと思います。
もう一つは、組織の上に立つ人がプロフェッショナルであるということです。日本ではピラミッド型の階層を上り詰めた最後の椅子が社長や会長ですが、海外では実力主義ですから、経営者やマネジャーになるためには、専門の教育プログラムを受け、必要なスキルを身に付けなければいけません。経営者でPh.D.(博士号)を持っていないとバカにされますし、経営者として認められないこともあります。
年功賃金も終身雇用もない実力主義で成果主義の世界ですから、経営者はいい仕事をして結果を出し、2年後くらいにはヘッドハンティングされていくことも多いです。マネジャーも多くの裁量権を持たされ、自分の部下たちを採用しますが、辞めるときにはチームごと連れていってしまうというようなこともあります。このように、個人主義で組織の流動性も高いため、「壁」のようなものができづらいのです。
新刊『働かないニッポン』では、「ジジイの壁」をはじめとする日本の社会構造が、働く人の意欲を奪い、「働き損」と感じさせる状況につながっている、と紹介しています。次回はなぜ働くのか、私たちは本当に働けているのかについて伺います。
(後編に続く)
文/橋口いずみ 写真/稲垣純也
河合薫著/日本経済新聞出版/990円(税込み)


