近年、観光客だけでなく、企業や学校、住宅地などでも中国人を見かけることが珍しくなくなった。日本に住んでいる中国人が増えているという実感は多くの人が持っているだろうが、その人数は約82万人にも上っている。日本に形成された中国人コミュニティーとその実態について、『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)の著者で、ジャーナリストの中島恵さんに聞いた。(全2回の1回目)
中島さんは、2018年に出版した『 日本の「中国人」社会 』(日経プレミアシリーズ)の中で、住民の半数が中国人という芝園団地(埼玉県川口市)や、横浜山手中華学校(神奈川県)の例を紹介しながら、日本の中にできた「小さな中国社会」をレポートした。国内外で数多くの中国人を取材、リアルな姿を描く著書を多数出版してきたが、『 日本のなかの中国 』の取材を通じ、日本の中に、こんなにも中国人だけの社会が出来上がっていることを再認識したという。
現在、日本在住の中国人は約82万人。82万人というと、山梨県や佐賀県の人口を超える規模だ。彼らはリアルとSNSの双方でつながり、情報は中国のニュースメディアやSNSで入手し、買い物は中国人SNSグループを利用する。そのため、日本に住んでいながら、日本人とつながることはほとんどない――。
例えば、日常的に食べるものは、牛乳と卵以外は中国人のSNSグループで注文するという人がいる。たいていの人は複数のグループに入っており、中古家具や雑貨などもそこで購入することがある。住まいも中国人が経営する不動産会社で仲介してもらう。衣食住だけでなく、地域住民のSNS グループもある。例えば東急沿線のグループでは、沿線のおいしい店や子どものお受験、税金やゴミ捨てのルールなど、生活していく上で必要な情報を教えてくれる。
SNSが生んだ「日本人がいらない」中国人社会
「こうした生活を可能にしているのは中国版LINEと呼ばれるWeChat(ウィーチャット)などのSNSです。中国人同士がつながるSNSのグループに入っていて、そのコミュニティーの中で日常生活がほぼ完結するので、日本人とつながる必要はほとんどありません。だから日本語がまったく話せなくても、日本で生活していけるという人もいます。SNSという情報革命が、中国だけでなく、在日中国人の生活を根本から変え、今や彼らだけの経済圏を作るまでになっています」
中国でWeChatのサービスが始まったのは2011年だが、中国人の多くが使い始めたのは2014~15年ごろ。日本ではちょうど「爆買い」が話題になっていた時期で、当初、訪日観光客たちが積極的に活用しているのを私たちは目の当たりにした。
「彼らが中国にいる人から送られてきた商品のパッケージの写真をWeChatで見ながら、ドラッグストアや百貨店で大量に買い物をしていて、便利な時代になったなと思いましたね」
その後、WeChatは、在日中国人たちも中国に住む家族や友人らとの連絡手段として使うようになり、今では日常生活に必要不可欠な存在となった。
〈日本人の友だち? 1人も、いません。〉
これは本書『日本のなかの中国』の帯に書かれている言葉だ。これに敏感に反応し、中島さんに「私、日本人の友だちいるわよ!」と不快感を示した中国人もいたという。
「もちろん、かつて日本に留学などでやってきた人々は、日本語を学び、日本企業に就職したりして、日本社会に溶け込んでいるので、日本人の友人や同僚がいるでしょう。ですが、近年来日した人々は、日本にすでに中国人コミュニティーが出来上がっているため、日本人とつき合わなくても生活していけるようになっており、そうした新しい現象を表したのが、この帯の言葉でした」
この「日本人とつき合わなくても生活できる」中国人コミュニティーは、一朝一夕に出来上がったわけではない。
「1978年に改革開放政策が始まり、80年代から中国人留学生がやってくるようになりました。当時は中国から出国することは非常に難しく、それが許されたのはごく限られた人だけでした。彼らの多くはエリート層で、現在60代以上の年齢になっています。
日中の経済格差が大きかった時代、彼らの中には、大変な努力をして、日本に溶け込み、日本で地位を築いた人がいます。そうした人たちがいるからこそ、今、このように便利な在日中国人社会が出来上がった、ということもできます」
約82万人の在日中国人のうち、東京都内の在住者が最も多く約28万人(2024年10月時点)。これは渋谷区や調布市の人口に匹敵する。居住者が多いのは、江東区、新宿区、足立区、江戸川区など。東京以外では埼玉、大阪、神奈川、千葉の順に多く、在日中国人の半数が東京近郊に集中している。年齢は20~39歳が半数で、男女比でいえば女性がやや多い。
「この82万人には日本国籍を取った人は含まれていません。日本国籍取得者を含めると、在日中国人の人口は100万人を超えるでしょう。在留資格でいちばん多いのは『永住者』。次に多いのは、一般企業の会社員が取得することが多い『技術・人文知識・国際業務』というビザ。それから『留学』。最近増えているのは、高度な知識やスキルのある『高度専門職』や、日本で事業を行うための『経営・管理』ビザですね」
政治的、経済的な「安全」を求め日本へ
そうした事情も反映し、中国人による不動産の購入も変化した。
「中国が目に見えて豊かになったのは2015年の『爆買い』の前後からで、彼らは日本旅行に来て化粧品や薬を買うだけでなく、ついでにマンションも買い始めました。当時は投資用が中心でした。最近日本に来ている人たちは、基本は自分が住むために購入しています。どこの会社の物件がいいとか、街についての情報も在日中国人がアドバイスしています。ここは下町風、上海でいう○○みたいな地区だとか、物価が安いとか、交通の便がいいとか…。最近来た富裕層の間では、湾岸エリアと呼ばれる豊洲、芝浦、品川、ほかに麻布や六本木なども人気があります」
今、日本に来る中国人たちは、何を求めて日本に暮らすことを選ぶのだろう。
「安心・安全な生活環境、政治的な自由、資産のリスクヘッジ、老後の安定などを求めて来ている人が多いと思います。とくに2020年の新型コロナウイルスの流行以降、政治的な圧力が強くなり、息苦しさを感じる人が増えました。最近では、中間層の会社員も多く、全財産を投じてでも日本に移住したいと法律の専門家に相談する人もいるそうです。必死なことが分かるからか、中国人の悪徳仲介業者に足元を見られて騙されるケースもあるそうですが……。
また、日本は距離的に近いこと、漢字を使う国で文化が似ていること、欧米より物価が安いこと、中国人コミュニティーがあって心強いことなども理由ですね」
昨今の中国の政治情勢もあり、来日する人の出身地にも変化が表れているという。従来、来日する中国人は、旧満州など日本と歴史的なつながりが深い東北三省(遼寧省、吉林省、黒竜江省)と、華僑を多く輩出している福建省が圧倒的に多いという特徴があったが、最近は北京や上海など大都市の富裕層が多いという。例えば、アリババ創業者のジャック・マー(馬雲)などに代表されるような大物の企業経営者や、その子息たち。ジャーナリスト、作家、ほかに香港の俳優、トニー・レオン、イーキン・チェンなどといった芸能人も日本に移住したり、行ったり来たりしているといわれている。
「これまで日本に来る人は留学や就職などが目的で、日本に憧れを持ったり、日本が大好きという人が多かったのですが、今はそうとは限りません。日本に対して好感は持っていますが、憧れや思い入れはなく、中国から脱出する際に、選択肢の1つとして日本を選んでいるだけ、という人もいます。
ですから、積極的に日本語を学ぼう、日本社会を深く知ろうという気持ちもあまりないようです。今はお金とスマホさえあればぜんぜん不自由しない。つくづく時代の変化を感じますね」
(次回へ続く)
取材・文/西所正道 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子


