大手企業から中小企業まで、いま企業倫理が厳しく問われています。多様な倫理的な課題を、組織が誠実に判断する方法をまとめたのが『組織は倫理をないがしろにする 戦略的に「誠実性」をデザインする』(ロバート・チェスナット著、並木将仁監訳、松山宗彦訳、日経BP)。今回は「社員を沈黙させない、ハラスメントを許さない文化の作り方」をテーマに、本書から一部を抜粋し、お届けします。
誰もがなり得るハラスメントの傍観者
ハラスメントの加害者に対して、お前はもう終わりだと終止符を突き付けるような前向きな行動、そんな行動は人々の目に留まる必要があるし、それを起こしたのが誰かもみんなに知られる必要がある。私はそう考えている。
セクシュアルハラスメントやその他不適切な行為を目撃したら、それが職場だろうとどこだろうと、被害者に共感してそれに対して行動を起こす。そんな社会や文化を我々は意図的に育てていく必要がある。
文化として、そうした行動を喚起して見返りを与える必要があるのだ。それは人として正しいことであり、企業にとっても最善であり、未来の成功を支えることにもなるのである。
セクシュアルハラスメントの多く、というよりその大半は比較的クローズドな空間で起きているのだろうと思われる。
私自身も個人としては、不適切な発言や冗談が発せられるのを散発的に目撃した以上の経験があるとはいえない。誰だって会社の弁護士がいる前ではよい子としてふるまえる程度の頭脳は持ち合わせているものだ。
だがある会話がきっかけとなって、私は傍観者という概念に関心を持つようになった。それ以降私は、男性女性を問わず、彼らが目撃したこと、彼らが聞いたこと、彼らが他人のいるところでどういう経験をしたかを聞くようになった。
そうした傍観者たちはそこでどうふるまったのだろうか?
そこに割って入ろうとしたか?
それとも目を背けたか?
多くの人が、そこで自分は目を背けてしまったことがあると認めている。
話を聞いた男性も女性もその多くが、強い権力のある男がそのパワーを不適切に用いて女性をハラスメントした、あるいは迫害したという事例を見たものの、そこで何もしなかったという経験に思い当たったのだ。
自分自身ハラスメントを受けたことのある女性でさえも、誰かが同じような目にあった時には、それを見て見ぬふりをしていたのである。
傍観者が行動を起こす動線の必要性
ハービー・ワインスタインに対する告発の余波のひとつとして、脚本家のスコット・ローゼンバーグによる、その後悪評を得ることになるフェイスブックへの投稿がある。
そこで彼は、自分はワインスタインが不適切な行為を行っていたのを知っていたが、目を背けていたと認めている。そのローゼンバーグが批判の矛先を向けたのが、ワインスタインの周辺にいて、彼の問題行為に対して何もしないまま利益を享受した人たちすべてだ。
「もちろんみんな知っていたに決まっている。私がどれぐらい確信を持ってそういえるか分かるかい? 私もその場にいたんだよ。そしてあなたたちがそこにいたのを見ているのだ。あなたとその話をしたじゃないか。大物プロデューサーさんよ、大物監督さんよ、大物エージェントさんよ、大物投資家さんよ……」
「何より一番非難されるべきはハービーのやったことだが、それに負けてないのが、周りのやつらの聖人ぶった否定と非難の洪水だ。そうした非難は、清廉潔白という名の浜辺に、公明正大という大嘘の潮となって押し寄せているんだ」
ローゼンバーグはこう書きしるしている(この長い長い投稿はその後取り下げられたが、投稿後に広く拡散された ※1)。
「情けなくも真実なんだが、私らはいったいどうすればよかったんだ? 誰に訴えかけたらよかったんだ? 権力者だって? 誰のことをいってるんだ?」
※1. ローゼンバーグによる元々の投稿はすでに削除されているが、コピーが広く出回っている。そのひとつがデッドラインに掲載されているこれである。Rosenberg’s original post on Facebook was taken down, but it has been reprinted widely, including on Deadline: Mike Fleming Jr., “ ‘Beautiful Girls’ Scribe Scott Rosenberg on a Complicated Legacy with Harvey Weinstein,” Deadline, October 16, 2017, https://deadline.com/2017/10/scott-rosenberg-harvey-weinstein-miramax-beautiful-girls-guilt-over-sexual-assault-allegations-1202189525/ [2019年10月19日アクセス].
これは真っ当(まっとう)な問いかけだし、これについて、我々みんなが話すべき問題だ。
企業の内部には不適切行為を報告するための公式チャンネルが設置されているべきである。だがそこで気づかなければならないのは、ハラスメントを起こすのはボスや同僚だけに限らないという点だ。
会社の外に位置するベンチャーキャピタリスト、あるいはさらに幅広く投資家全般の行為までをも取り締まれるような集権化された人事機能は存在しない。そして投資家が従業員と交流することは当然起こる。
つまり従業員にハラスメントを受けたり言い寄ったりしてくる相手が、顧客やコンサルタント、あるいは有力なパートナーである可能性もある。そしてその従業員が拒絶したり言うことをきかなかったりすると、仕返しを匂わせて脅してくるのだ。
そこであなたが目撃したことを証明できないという懸念についてはどうだろう?
あるいは判断が難しいグレーゾーンにありそうな行為を目撃して、加害者は別に変な意図はないと主張するが、あなたにはそうは見えない、あるいは相手が嫌がっているそぶりがあなたに分かっている場合はどうだろう?
その行為を絶対に認められないとあなたが判断して、止めに入るような一線はどこにあるのか。
同僚は味方になるか
#MeToo運動は職場における不適切な発言やその前兆になるような言動に対する認識を大きく覚醒させた。被害者が何も言えず泣き寝入りすることも減っている。
だが今なお傍観者はそのまま目を背けていることも多い。今日でさえも、ハラスメントの現場に居合わせた同僚が声をあげて加害者を名指ししてくれるのか、立ち上がってくれるのか、それはきわめて怪しいと言わざるを得ない。
それは特にセールスやクリエイティブな部門でより難しくなる。ライバル社とだけでなく、社内でも従業員同士の競い合いが激しい分野だからだ。
実際問題、誰かがハラスメントを受けた者に何らかの救いの手を差し伸べる時、それは被害者が同僚の時よりも、自分より下のレベルの者である場合のほうが、手を差し伸べる可能性が高くなるのだ。
前出のFTIによる調査では、調査対象のプロとして働く女性のうち43パーセント、男性のうち31パーセントがセクシュアルハラスメントを経験するか目撃するかしたが、それを報告しなかったと答えている。
ハラスメント被害=注目を浴びる?
あるソフトウェア会社の上級幹部(ここでは「サリー」と呼ぶことにしよう)は、私にある話をしてくれた。
何年も前、彼女がまだ20代のグラフィックデザイナーとして働いていた時の話だ。その会社は女性の採用に積極的であった。サリーはそこに勤めて6か月が過ぎていた。
その会社の会計部門が得意先の顧客をディナーに招待することになり、彼らと交流を深めるためにCEOもニューヨークから飛んできた。自分の会社の出席メンバーには、配偶者を一緒に連れてくるよう奨励された。
サリーと彼女のマネージャーにも、会計部門トップのドンからディナーに出席するよう誘いがあった。サリーには婚約者がいたので、そのフィアンセを一緒に連れていっていいかと彼女は聞いてみた。ドンの返事はノーで、配偶者オンリーということだった。
サリーがそのイベントに着くと、ドンはまっしぐらに彼女のところにやってきて、クライアントに彼女のことを次々と紹介し始めた。
「いうまでもないけど、サリーがうちの会社に来てから、オフィスの雰囲気が華やかになったんだよ」
「フレッシュでイケてるブランドを作りたかったら、フレッシュで見た目もホットな才能を雇わなきゃいけない」
サリーは唖然(あぜん)としたが、にこやかに対応しようと努めた。
「なんだか自分がオフィスの飾り物として連れまわされている気分でした」と彼女はいう。
ディナーが始まるころには、ドンにはかなりの量の酒が入っていた。
彼は立ち上がり、そこにいた40人ほどの出席者を前にスピーチを始めた。
その最後に会社がゴルフトーナメントをスポンサーすること、そしてそこにいる全員が招待されていることを述べた。そしてサリーのほうに目をやりながらこう締めくくった。
「あと運が良ければ、サリーもまた来てくれます。彼女のゴルフクラブを振る姿を見たいのは私だけじゃないでしょう?」
サリーによると、そこに最低でも20人はいた男たちは笑うか黙るかのどちらかで、声をあげる者はなかった。彼女はすぐに席を立って、その場を去った。
翌朝、CEOの女性アシスタントが彼女のところへとやってきた。
「昨日の晩、あなたが来てくれてよかったっていうボスの伝言を持って来たの」。そしてこう続けた。
「ドンはいつもあんな感じだから。あなたがとんでもなく嫌な思いをしてないといいのだけれど。あれはさすがにひどすぎよね、代表して謝るわ」
サリーはマネージャーに彼女がやってきたことを伝えた。
「ああ、君に会って話をしていいかどうか聞かれたんで、大丈夫、君はあれぐらいじゃへこたれないよって答えといたんだよ。でもさ、あそこでぶち切れなくてよかったじゃないか。君はいまや注目の的なんだよ」
サリーの知る限り、ドンのやったことについて彼に物申しに行った者は誰もいなかった。彼に謝られることもなかった。彼女はあれ以降、彼を避けるようになった。
ハラスメント被害者はキャリアに有利という価値観
なんというゴタゴタだろうか。この話にはリーダーシップの存在などみじんも感じられない。
明らかにこのハラスメントは事前に計画されたものだ。ドンはサリーがフィアンセを連れてこないようにし、出席者にトロフィーを見せびらかすかのように連れまわしやすくした。そこにいた企業幹部は全員男性で(女性出席者は彼らの妻だけであった)、彼らはみんな目をそらしただけであった。
もしそこでCEOが、ドンの言動を愉快なものと感じていない様子を見せておけば、彼らもそれをうかがい取ったかもしれなかったが、CEOにとってはゲストの顧客が楽しんでいるかどうかのほうが大事であったのだ。
サリーのマネージャーは要するに、サリーがハラスメントに「おつきあいしてくれた」ことをほめたたえており、それが彼女のキャリアにプラスになると考えたのだ。
「自分の仕事は気に入っていたし、マネージャーもいい人でした」
サリーはこう回想する。
「でもあれ以降、オフィスにいる男性たちからの嫉妬のようなものを感じるようになったんです。私が注目を浴びてることに。つまり、分かった、君は『ボスのお気に入り』の座を手に入れたってことだね、うまくしてやられたよ。こんな風に思われたんです」
「最初の発端」となる不適切行為が起こらないようにする
デューク大学のダン・アリエリーと話した時、彼はセクシュアルハラスメントについて、ある興味深い点を指摘してきた。
誰かが同僚に暴力をふるったり、クビをちらつかせて脅迫したり、昇進と引き換えのセックスを匂わせたりが起きてからでは、すでに危機的ポイントに達してしまっており、そのような恐ろしい行動を簡単に修正できないというのである。
だから、そうなる前の最初の不適切行為を防ぐために全力を投入せよと、彼は提唱している。他の従業員の身体に触れるとか、職場での酒類と関連した危険のような問題に焦点を当てろというのである。
このようなことは悪しき行為の前兆になっていることが多く、軽度な違反の段階で対処しておくほうが、より効果的なのだ。
放置されることによって、悪しき行為は正当化され、違反者はそれに味を占める。最初の小さな不適切行動が処罰されないことにより、次の非倫理的行為へと進むのだ。
彼らの心の中で非倫理的行為の境界線はあいまいなものとなっていき、行動はより大胆となり積み重ねられて膨れ上がり、やがては惨劇を招くかもしれないのである。
ロバート・チェスナット著、並木将仁監訳、松山宗彦訳/日経BP/2970円(税込み)

