大手企業から中小企業まで、いま企業倫理が厳しく問われています。多様な倫理的な課題を、組織が誠実に判断する方法をまとめたのが『組織は倫理をないがしろにする 戦略的に「誠実性」をデザインする』(ロバート・チェスナット著、並木将仁監訳、松山宗彦訳、日経BP)。今回は「経費と企業リソースの不正を防ぐ 判断軸となるルールの必要性」をテーマに、本書から一部を抜粋し、お届けします。
会社のリソースと経費についての疑問
私自身、長年の経験の中で一番多く問い合わせを受けたのは、必要経費についてのルールや、会社のリソース利用に関する規則だった。例えばこういう質問だ。
● 会社から支給された携帯電話を使ってネットにアクセスして、個人的な買い物をしてもいいか?
● オフィスのコピー機で今週末に家で開くガレージセールのチラシを作ってもいいか?
● 友人にセキュリティ専門家がいて、うちにリクルートしたいと考えている。彼はゴルフ好きなんだけど、彼をゴルフに招待して、その経費を会社につけてもいいか?
● 今、家で料理する暇がないぐらい忙しいんだけど、会社のキッチンにある食べ物を少し拝借して、子供のサッカーゲームに持っていくスナックにしていいか?
● 会社支給のラップトップかスマホで勤務時間以外にAVを見たらクビになるか?
● 書類をひと箱家に持って帰らなくてはならなくて、公共交通機関で持ち運ぶのが無理なぐらい重いんだけど、タクシー代を会社が払ってくれるか?
これらは大金が絡んだ倫理のジレンマというわけではない。以上の質問に対する答えは、質問文に直接書かれていないような細かい状況次第で変わってくるだろう。だが倫理アドバイザーにとって、こうした質問をうまくさばいて答えを出すのが時間の無駄遣いなどとは私は考えない。
このカテゴリーに分類される事項は実に多種多様であり、その取り扱いにはコミュニケーションと透明性が重要となる。つまり、はっきりしないことがあったらマネージャーか倫理アドバイザーに相談せよということだ。
自分のやろうとしていることが正しいことなのかどうか、一旦立ち止まって問いかけるようにすれば、そのたびに自分にとって誠実性の筋力アップにつながり、自分のキャリアを左右するようなジレンマに直面した時に備えられるのである。
あなたの会社で定めるべきルールは?
特に今日多くの従業員が気に掛けているのが、会社から支給された個人用デバイスの取り扱いに関するルールである。
そこで我々の会社では、そうした規則についてはかなり具体的に踏み込んで規定している。だからこれについては、それぞれの会社ごとに、さまざまな点を考慮に入れた異なるポリシーが存在する。
私にはある忘れられない非常事態の経験がある。
私が働いていた会社に、アメリカ映画協会(現モーション・ピクチャー・アソシエーション)から脅迫的な内容の手紙が届き、それによると従業員の誰かが会社のコンピュータでオフィスWi-Fiを用いて『パイレーツ・オブ・カリビアン』を違法にダウンロードしたというのである。これを行った人物は、いろいろなレベルで判断を誤ったと言える。
後に分かったのだが、その従業員が利用した動画共有サイトは映画会社が設けた「釣り」サイトで、違法ダウンロードを捕まえるためのものであった。どうにもお恥ずかしい話だ。
そこで我々がエアビーアンドビーの規則を作った時には、会社の備品を違法行為に利用するのは禁止であると明文化したし、具体的な禁止行為として違法ダウンロードも入れたのである。
やり取りがデジタルで行われると、必ず記録が残る。
犯罪行為が行われたり、法執行機関が捜査に当たったりすれば、携帯電話の通話記録やテキストメッセージの一行でもあれば、誰かを召喚する格好の的となる。
同じことが個人用の電話や仕事用の電話にもいえる。携帯電話のキャリアは掛けたり受けたりの情報を持っているし、テキストメッセージのデータも保存されている。
企業の成功やブランドの評判へのリスクとしては、リソースの不正使用とか不適切な必要経費の問題は、私から見れば心配事リストの上位にはこない。
だがこれをどれほどの重要ごととして取り上げるべきかは、その会社がどういう業種かにもよる。例えばもしあなたが民間警備会社を経営しているのであれば、従業員による火器や制服の取り扱いについては詳細なルールが必要だろう。宝石店チェーンのオーナーなら、従業員による個人目的での宝飾品の貸与を認めるポリシーが欲しいかもしれない。
これについてのポリシーは、各部門での慣習によっても決まってきて、その場合現場のマネージャーが倫理プロセスに頼らずとも必要経費の不正を防ぐ権限を持つことになる。
伝統的に営業部門は接待にも金を使うしクライアントのために時間も使う。だがもし技術者のひとりが「リクルート」のためと称して、飲食費を週2回分請求してきて、しかも候補者を実際に連れてくることはなかったとしたら、マネージャーは彼女に対して、もしこれが続くようなら必要経費は認められないと警告すべきであろう。
不正に表れる従業員の不満
ひとつ考えておくべき大事な点があって、それは些細(ささい)な不正が横行している状況は、それが職場への不満やイライラのバロメーターでもありうる点だ。
従業員の中で自社のミッションや文化に賛同していない者、もっと給与が高くてしかるべき、注目も集めたい、責任ある仕事がしたいと思っている者もいて、企業の価値観としての誠実性をわざと無視する場合がある。
例えば個人用のメールや荷物を会社のメールルームから送ったりする。金銭的ダメージとしては大したことないが、こういう行為に及ぶ人間は「みなやっているから」と主張するし、仲間をも引き込みたがるのである。
これらは意図的誠実性を蝕(むしば)むものだ。
勤め先のものをちょろまかす行為には中毒性があるし、同じ穴のムジナ的な仲間意識としても広まりやすい。
職場におけるストレスの蓄積や倫理への脅威を示す兆候については常に注意を払っておかなくてはならない。会社の所有物の乱用が小規模であっても継続的に行われている証拠などはそれを匂わせる一例だ。
ルールは具体的に定める
特に必要経費や会社のリソースについて実際のルールとして言葉で表現する時に、私としては「ベストの判断」のような曖昧な表現に頼るのを避けるべきだと強調しておきたい。
それは「ベストの判断」が何かを、それを下すべき従業員個人に丸投げしてしまうことであり、個人的な欲求によって判断が曇ることもあるからだ。
具体性こそ重要だという一例として、実際に起きた話をさせていただきたい。
2年ほど前のこと、あるテクノロジー企業が幹部をカリフォルニアからアジアのオフィスへと異動させた。その中でその幹部は会社と交渉して、彼の車をアメリカからアジアへと運ぶための費用を「妥当なレベル」で会社が負担するという契約を結んだ。
数カ月後、その幹部は会社に913万1000ドルの請求書を送ったのである。そこで分かったのはその車がランボルギーニ・アヴェンタドールでありその費用には彼が赴任地で車を受け取るまでにかかった、輸送、保険、関税、車検のコストが含まれていた。会社はこのばかげた必要経費報告を受理せず、実際の輸送コストのうちのそれなりの一部のみを支払ったのである。
このごたごたは解決に相当の時間を要している。
ここでもまた、曖昧さが誠実性の罠(わな)を生み出しているといえる。
会社からすれば、自動車の輸送費は事前に承認を受けなければならない、あるいは輸送費をあらかじめ見積もっておいて支払いの上限をあらかじめ設けておくというようなシンプルなポリシーがあればよかっただけなのだ。
職場で起きる多種多様なこの種の問題と取り組んでいると、いちいち書き記すのはうんざりだ、「分別ある」人間なら判断つくではないかと思える状況に多々出合うであろう。
そういう種類の判断が求められる場合にはよりよい解決として、複数のマネージャーもしくは倫理チームの承認を必要とするか、承認のプロセスに誠実性が織り込まれるようデザインすべきである。
このランボルギーニの持ち主にとっては「妥当で分別ある」行為であっても、純然たる厚かましさを持ち合わせない一般人にとってはそうでないことだってあるのだ。
ロバート・チェスナット著、並木将仁監訳、松山宗彦訳/日経BP/2970円(税込み)

