テレビ東京「Newsモーニングサテライト」のキャスターを務める傍ら、ロシアのウクライナ侵攻や台湾有事など最新の国際情勢を解説する動画「豊島晋作のテレ東ワールドポリティクス」を配信、大きな反響を呼んでいる豊島晋作さん。
そんな豊島さんが、世界の現実を知るために今読むべき1冊として取り上げたのは、元米国国家安全保障問題担当大統領補佐官にして、戦車戦史上類いまれな戦果を上げた軍人であり、歴史学者でもあるH・R・マクマスター氏の『戦場としての世界』だ。
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この本に出合ったのは、ロンドンの大型書店。まだ日本語版の 『戦場としての世界』 (日本経済新聞出版)が出版される前のことで、広いフロアに原書の「BATTLEGROUNDS」がダーッと平積みにされているのを見て手に取りました。
著者のH・Rマクマスター氏は、湾岸戦争のとき28歳の若さで戦車部隊を率いてイラク軍と戦い、戦車戦史上最大といわれるほどの戦果を上げた英雄。30年以上にもわたる米陸軍士官としてのキャリアに加え、退役後は、国家安全保障問題担当大統領補佐官として米国政治の中枢で活躍、一方で歴史家としての見識も持つという人物です。
そんな彼の目に映る世界は、今――Battlegrounds―― 「戦場」なんですね。
世界が戦場だなんて、あまりにタカ派的で冷酷過ぎる見方ではないか、という疑問は当然あるでしょう。私の中でもそう思う部分はあります。でも、2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻し、ヨーロッパは戦場になった。この本で述べられていることが、裏付けられてしまったのです。
2021年の10月、私は「テレ東ワールドポリティクス」 で、マクマスター氏に単独インタビューを行いました。
日本にとって一大事となる台湾有事についてアメリカはどう見ているのか、アメリカには同盟国を守る気があるのか? ぶつけた質問への答えはすべて明解で厳しく現実的だった。
考えたくない未来に備える冷静さ
『戦場としての世界』で、彼は非常に冷徹なまなざしで、各国の利害が対立し互いにせめぎ合うこの世界の残酷さをあぶり出していきます。読者に突き付けられるのは、戦争というシナリオも含めたあってほしくない現実や考えたくもない未来。ただ、それだけでこの本は終わりません。歴史に照らし合わせつつ、ロシアや中国、北朝鮮などといかに向き合っていくべきかが語られるのです。
その、あってほしくない現実や未来に備えるために、必要な冷静さを教えてくれる1冊として本書をお薦めしたいと思います。
この本の大きな特徴は、歴史家でもある著者の「歴史に学ぶことが重要」というメッセージが全編に貫かれ、歴史的な分析とそれに基づく提言が中心をなしていることです。
「世界は平和だ」というのはおごりかもしれない
人間というものは、他者と平和に共存できる生物のはずだ、という思いがきっと我々の中にはありますよね。だから、「もっと仲良くして、もっとビジネスや経済でつながりあい、平和で安全で清潔で健康で、病気も戦争も飢餓もない世の中をつくっていこう、それをつくれるのが人間だ」という人間観が、20世紀を通して最近までありました。
でも、歴史をちょっと学べば、それは幻想であることに気づかされる。人間は地球上で互いに仲良く生きていくために、実は相当苦労してここまでやってきました。多くの戦争を振り返れば、お互いに殺し合ってきた種族である、と言っても言い過ぎではない。そのことを無視して、世界は平和になったなどと言うのは、歴史を知らない者のおごりでしかない、と思うのです。
その意味では、この本を読むことは、目を背けたくなるような殺し合いが今後も起こり得るという現実について考えるきっかけになるのではないでしょうか。
これまでずっと戦争を繰り返してきた人間の本質は、そう簡単に変わるものではありません。その事実に謙虚に向き合う。つまり、戦争はまた起きるかもしれない、じゅうぶん起こり得るものなんだと捉える。その上で、どうすれば起こらないようにできるのか、と考える。これが平和を考える出発点なのです。
軍拡は愚かなことなのか
国家間に著しい力の不均衡が生じると、大きな力を持ったものに侵略する要因を与えてしまう。これは長い歴史を通じた経験則です。
だから、例えば、隣国の脅威に対抗するために軍備を増強する。すると今度は相手が増強する。これに対抗するためにさらに増強する……、軍拡すれば当然このロジックに陥っていく。そんななかで、こんな愚かな軍拡はやめようという声が上がってきます。
でも、「お互いそんな愚かなことはやめようよ」とその連鎖を断ち切れるほど、人類が進化したのかというと、人類はまだそこに至っていない。
人類が核を捨てていない以上、愚かしいことは重々承知の上で、その愚かさを冷静に受け入れていくしかありません。なぜなら、私たちは、それ以外に戦争を抑止する方法をいまだに持っていないから。もちろん、外交努力を重ねるのは当然のことです。
「おまえたちが軍備を増強するなら、俺たちも増強するぞ。今戦争を起こしたらとんでもない痛手をおまえたちが被ることになるんだぞ」と相手を脅すことで平和を守っていくという、非常に残酷で残念な国際政治の現実。
我々はまさにそこにいて、そこから考えていくしかないということを、この本は歴史をひもときつつ明らかにしていきます。
ただ、太平洋戦争で大きな傷を負った日本にしてみれば、この現実は感覚的にどうしても受け入れがたい。戦場としての世界なんて見たくない。そんなことは20世紀の世界大戦で終わったはずじゃないか。世界は平和な場所であるべきだ――その思いは、もちろん、私自身の中にもあります。
世界は戦場という残酷な世界認識
しかしながら、今、突き付けられている現実的な脅威。これに対して「ありえない」と感情的に目を背けていたら、本当に想像したくない現実が起こったときどうなるのか。冷静に思考し、日頃から議論をしたり備えたりすることが、いざというときの的確な判断と行動につながるのではないか。
感情論から歴史を振り返った冷静な思考への切り替えは少しずつ進んでいると思います。そのきっかけとなったのは、1つはウクライナ戦争でしょう。日本に近い経済水準の民主国家が隣国に侵略される。これを目の当たりにしたことは大きかった。
さらにもう1つ、私たちに大きな示唆を与えるのが本書の「戦場として世界をとらえる」という残酷な世界認識なのではないかなと思います。
この1冊だけ手元に置いておけばいい
とはいっても、この本、なかなか手を出しにくいですよね。500ページを超える厚さ。物理的にも内容的にも重く、価格もそれなりにする。
ただ、僕に言わせれば、この本はリーズナブルなんです。なぜなら、ここには世界で起きたことがほぼ網羅的に書いてあり、これを1冊読むだけで過去10年、そして、今後10年くらいの全世界に対する認識がほぼ手に入るから。
この本を書いているのが、マクマスター氏であることに大きな意味があります。なぜなら彼は、長い軍歴を誇る軍人で政治の中枢にもいたことのある歴史学者。アメリカのほぼすべてのインテリジェンス情報にアクセスすることができ、外交安保の最前線で各国の要人と向き合ってきた人物であり、軍人として残酷な戦場の経験と、歴史家としての深い見識もある。世界で最も多くのインテリジェンス情報を持っている国はアメリカで、そのトップオブトップが書いた本なんです。日本で書かれた他の関連本を何冊も読むくらいなら、この1冊を読むだけで、確度の高い情報に触れ、現実的な理解を進めることができると思います。
近年、世界で起きていることの背景に、何があるのか。ちょっと知りたいときに辞書的に使うために持っておくのもいい。索引が充実しているので、ニュースを見ていて気になる言葉が出てきたらその部分だけを調べる「ゾーン読み」することもお勧めです。
手元に置いておくことで、世界の見え方が変わり、冷静な思考へと導いてくれる、そんな1冊だと思います。
取材・文/平林理恵 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集部) 写真/斉藤順子