受験塾を舞台に中学受験の光と影を描き、大反響を呼んだマンガ『 二月の勝者-絶対合格の教室- 』(小学館)。7年にわたった連載が2024年5月に完結し、7月に最終巻である21巻が発売されました。作者の高瀬志帆さんに、同作で描きたかったことや中学受験での親子関係のあり方などについて伺いました。日経ムック『中学受験を考えたらまず読む本 2025年版』から抜粋・再構成。

社会全体の教育を描きたかった

はじめに、『二月の勝者』を描くことになったきっかけを教えてください。

高瀬志帆さん(以下、高瀬) 『二月の勝者』を連載する前、編集者の小林延江さんが『 中学受験をしようかなと思ったら読むマンガ 』(現在は新装版が販売中。漫画:高瀬志帆/原作:小林延江/日経BP)の原作をお持ちになり、「漫画化してみませんか?」というご提案をいただきました。

 私は地方出身者なので、中学受験をするのは、ご両親が医師であるとか一流企業に勤めているとか、学年で成績トップの子とか、そうした一部の子たちだけというイメージだったんです。そのため、小学6年生の2月初めはクラスの半数が受験のためにお休みするなど、そこまで中学受験が浸透し一般化しているのだと知って驚きましたし、興味が湧きました。

 また、時代は異なりますが、私自身の学生時代を振り返ったとき、塾に通うこともできなかったので、金銭によって教育に差がついていくことへの不安感がありました。そうした教育格差なども含めて、「中学受験」というテーマで日本社会全体の教育についてもっと知りたい、漫画にしたいと思ったことが大きなきっかけです。

『二月の勝者』の作者、高瀬志帆さん
『二月の勝者』の作者、高瀬志帆さん
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中学受験の実態が非常にリアルに描かれていますが、どれくらい取材されたのでしょうか?

高瀬 首都圏の主要な塾はほぼすべて取材しました。保護者の方とお子さんのほか、塾講師の方にも取材し、直接お話を伺いました。漫画の制作と並行して取材を行っていたのですが、最終話を描く直前まで新しいトピックが集まったのが印象的です。

 学校の情報についても入念に調べました。私立中学校は収入を得ないと運営できなくなるので、生徒を集めるためのさまざまなうたい文句を掲げています。ただ、そこには明確な理念があり、その理念を踏まえたうえで正しい経営をされています。そうした学校のあり方や姿勢は、作中でしっかりと描写できたのではないかと思っています。

家庭の事情で十分に勉強する環境がない子どもたちを教える「無料塾」も物語の核になっています。無料塾を登場させたのは、どのような理由からですか?

高瀬 日本社会全体の教育を描くうえで、無料塾を中学受験と同軸で扱おうと当初から決めていましたし、この2つを切り離すことは考えられませんでした。中学受験をする子どもは、公立小学校に通っている場合が多いわけですが、家庭の生活状況の格差が存在します。中学受験に挑戦できる家庭の子どももいれば、経済的な問題で塾に通うことすらできない子どももいます。そうしたまったく異なる家庭環境にいる子ども同士が机を並べているわけです。

 昔は学校だけで勉強が完結していましたが、今は塾に通わないとフォローできない部分があり、金銭によるサポートがないと十分な教育が得られないような構造になってしまっていると思います。中学受験と無料塾を分断せずに描くことで、読者の方に何か響くものがあるといいなと思いました。

中学受験の実態をリアルに描いた『二月の勝者』。画像クリックでAmazonページへ
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受験は子どもが主体であることを忘れない

作中には、さまざまな親子が登場します。特に8巻を中心に描かれている、島津順さんの父親が最難関校を目指して厳しく指導する様子が印象的です。「教育虐待」ともいえるのではないかと感じました。

息子に自分の言うことを聞かせようと怒鳴りつける島津順さんの父親(8巻第69講「十月の凶兆」より) [出典]『二月の勝者-絶対合格の教室-』(C)高瀬志帆/小学館
息子に自分の言うことを聞かせようと怒鳴りつける島津順さんの父親(8巻第69講「十月の凶兆」より) [出典]『二月の勝者-絶対合格の教室-』(C)高瀬志帆/小学館
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高瀬 中学受験における教育虐待だけを過剰に描くつもりはありませんでした。受験だけでなく、スポーツなどでも教育虐待といえるケースはあると思います。

 いずれにせよ、保護者の視野が狭くなってしまうことが原因なのではないかと思います。保護者も真剣だからこそ、カッと頭に血がのぼり、コントロールが利かなくなってしまう。多くの保護者は、時間がたつと自分がしてしまったことを反省しますが、その「反省」は自分自身への攻撃になってしまう側面もあると思います。反省が積み重なっていくと、ストレスへと変わり、また子どもにぶつけてしまう……。

 そうした状況に陥ったとき、一番の対策は親が適切な場所でカウンセリングを受けることだと思いますが、自分自身が教育虐待を行っていると気づけるかどうかが難しいところです。ですので、『二月の勝者』を読んだ際、「もしかしたら自分も同じことをしてしまっているかも」という気づきにつながればと思って描いたエピソードでもあります。

作中の今川理衣沙さんは、母親が偏差値の低い学校の受験を拒んだため、すべての学校で不合格となる危機に陥ってしまいます。そうした親の見栄が子どもを苦しめることもありそうです。

実力に見合った学校の受験を断り、無理に偏差値の高い学校を受けさせようとする今川理衣沙さんの母親(8巻64講「十月の操縦」より) [出典]『二月の勝者-絶対合格の教室-』(C)高瀬志帆/小学館
実力に見合った学校の受験を断り、無理に偏差値の高い学校を受けさせようとする今川理衣沙さんの母親(8巻64講「十月の操縦」より) [出典]『二月の勝者-絶対合格の教室-』(C)高瀬志帆/小学館
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高瀬 近年は、「コスパ」という言葉をよく聞きます。「この偏差値より下の中学だと大学進学でコスパが悪い」といったような言説も散見されます。私の取材前のイメージだと、私立中学を受験する理由は、その学校ならではの教育プログラムを受けたいとか、その学校の理念に共感したといったことだと思っていたんです。

 もちろん、そういった理由も多くあると思いますが、実際は偏差値の高い大学に入るために中学受験をするご家庭が多い。その背景には、就職など将来への不安感が世の中にあふれていることもあるのではないかと思います。

「子どもにこうなってほしい」「この学校に行ってほしい」という親の思いと、子どもの希望や学力とどう折り合いをつければよいのでしょうか?

高瀬 保護者も一生懸命になって、どんどん子どもの受験にのめり込んでいくと、まるで自分が進学するんじゃないかというくらいの気持ちや姿勢になってしまうこともあると思います。そうしたときは、黒木先生の「学校に通うのは自分じゃなく子ども」という言葉を思い出してみてください。教育虐待を防ぐためにもいえることですが、まずは「自分と子どもは違う人間なんだ」ということを肝に銘じることが大切だと思います。

保護者面談にあたって、黒木先生は、保護者ではなく子ども本人の意向を優先するよう説く(7巻63講「十月の岐路」より) [出典]『二月の勝者-絶対合格の教室-』(C)高瀬志帆/小学館
保護者面談にあたって、黒木先生は、保護者ではなく子ども本人の意向を優先するよう説く(7巻63講「十月の岐路」より) [出典]『二月の勝者-絶対合格の教室-』(C)高瀬志帆/小学館
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学校選びについて、偏差値とは別に私立中学校のよさはどんなところにあると思いますか?

高瀬 私が強く感じるのは「理念」です。私立中学校は、それぞれの学校の理念が色濃く出ているので、その子に合った教育理念を掲げている学校を選べると思います。特に、キリスト教や仏教をはじめとした宗教教育を取り入れる学校があることも私立中学校の特徴です。

 また、高校受験によって教育が中断されず、6年間をゆったり過ごせるため、自分の人生について考える時間を多く確保できることもメリットです。受験のための勉強だけでなく、自分のやりたい勉強ができる。そのためのプログラムや環境などが中高の学びの連携によって整備されているという点も大きいですね。

子どもの意思を尊重する

受験生の中には、勉強が嫌いな子どもも多いと思います。作中には、石田王羅さんや武田勇人さんのようにモチベーションも成績も上がらない生徒が登場します。このような子どもに対しては、親はどのように接すればよいのでしょうか?

高瀬 私の主観になってしまいますが、保護者が子どもをコントロールしないよう心がけることが大切だと思います。よく「どのような声かけが効果的ですか?」といった質問をいただくのですが、勉強をさせるための声かけ自体が、たとえ意図せずとも子どもをコントロールするものになってしまうと思います。

 そのため、「素でほめる」ことがよいのではないでしょうか。「勉強をやりたくないときもあるよね。でも、ちゃんと塾に通っててすごいじゃん」といった感じで、勉強をやりたくないという気持ちを認めたうえで、塾に通っているという事実をほめる。このとき、「子どものやる気を引き出したい」といったことは考えずに、自然にほめることができたらいいですよね。

『二月の勝者』は2月1日からの受験本番でクライマックスを迎えますが、不合格になった生徒は非常につらい状況に陥ります。中学受験は数年間の努力の結果が一瞬で出て、ときに不合格で終わるという、子どもたちには大変厳しい経験になりますが、保護者はどのような心構えでいればよいでしょうか?

本命だった中学校の不合格を知り、母親にすがり泣き崩れる柴田まるみさん(18巻第152講「二月の狂気」より) [出典]『二月の勝者-絶対合格の教室-』(C)高瀬志帆/小学館
本命だった中学校の不合格を知り、母親にすがり泣き崩れる柴田まるみさん(18巻第152講「二月の狂気」より) [出典]『二月の勝者-絶対合格の教室-』(C)高瀬志帆/小学館
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高瀬 一番は、子どもの意思を尊重することです。子どもに「仲良しの友達と一緒の学校に行きたい」「習い事を中断したくない」という気持ちが強ければ、その声に耳を傾けることが大事だと思います。ただ、体調面やメンタル面に支障をきたすようになったときは、撤退を考えるべきでしょう。特にメンタル面は一生の傷になってしまうかもしれません。私は、子どもの心に傷をつけてまで得るものはないと思っています。親は、子どもにとって絶対的な味方でいてほしいなと思います。

 戦略的なことだと、第1志望の学校以外にも進学したいと思える「お守り校」を何校か考えておくのがよいでしょう。作中にも描いたのですが、「第1志望の学校に受かるのは全体の3割」です。受験勉強を始めた頃は挑戦すればいいと思うのですが、本番が迫った本格的な志望校選びの際には、その子に合った学校を選ぶのがいいと思います。

最後に、これから「中学受験をしようか、やめておこうか」と迷っている保護者の方へメッセージをお願いします。

高瀬 『二月の勝者』を読んでみて、「うちには無理かも」と思ったら、撤退してもいいと思います。逆に、やる気が出る場合もあると思いますので、中学受験に挑戦する判断基準の一つとして、ぜひ活用してみてください。

 私は、中学受験は親子関係を壊してまでやるようなものではないと思っています。そのことを前提としたうえで、親子で協力し合い、高いハードルを越えていくことができたら、理想論かもしれませんが、親子にとって宝物のようなイベントになると思っています。

「心と体の健康が第一! そこが守れれば、中学受験はきっと価値のある経験になるはずです」
「心と体の健康が第一! そこが守れれば、中学受験はきっと価値のある経験になるはずです」
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取材・文/鷲尾達哉(カラビナ) 写真/小野さやか

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