世の中に強烈なインパクトを与える革新は、どう生み出せばいいのか? タクシー大手日本交通のほか、全国と東京のハイヤー・タクシー連合会会長、タクシーアプリGO会長という「三足のわらじ」を履いて、タクシー業界に数々の革命をもたらしている川鍋一朗氏と、『 妄想力 答えのない世界を突き進むための最強仕事術 』の著者で吉野家CMO(最高マーケティング責任者)である田中安人氏の対談をお届けする。その前編。
変化はコントロールできない、ただ、その先頭に立つのみ
田中安人氏(以下、田中):私は仕事をする上で、世の中の課題解決につながる「だったらいいな」という妄想を大事にしています。妄想というとネガティブに聞こえるかもしれませんが、現在の延長線上でモノを考えていても、世の中の課題は解決できません。今ある課題は、頭のいい人たちでも解決できないから課題としてそこに残っているわけで、それを何とか解決するには、もっと自由な発想で強力なパワー、つまり妄想力が必要だと思うんですよ。川鍋さんのタクシー業界における数々の革新を見ていると、「こういうことがあればいいな」と感じたことを素直に実行されている。それはまさに妄想力なんじゃないかと勝手に思っているのですが。
川鍋一朗氏(以下、川鍋):普通の企業家はビジョンがあってそこからスタートしますが、私の場合は、タクシー会社の3代目で、自分からスタートするという文脈ではなく、駅伝のある区間を任されて、次の走者にタスキをつなぐ役割を天から与えられているという感覚があります。
私の家業でもある日本交通は創業から95年続いていて、祖父は、最初に無線で配車する仕組みを入れ、タクシーの業界団体もつくった。私も偶然ですが、タクシーアプリを日本で最初にスタートした。祖父も父も私も、自分がこの業界を次の時代に引き継ぐ責任があるという感覚なんですね。自分の夢とかビジョンを追うというよりも、これが自分に与えられた道であり、格好よくいえば運命なんだと思っています。
田中:タクシー業界も変化の荒波にさらされていますね。
川鍋:この先10年以内に、ロボタクシー(無人運転タクシー)の時代が来ます。経営学者ピーター・ドラッカーの言葉に、「変化はコントロールできない。できるのは、変化の先頭に立つことだけ」というのがあります。私はこれを信条としていて、自動運転という変化が起きるのであれば、自分がその変化の先頭に立ちたいという思いがあります。
だから、外からは「想像を超えた妄想」とかビッグビジョン的に捉えていただくことも多いのですが、自分の中では、どちらかというと必然なんですね。これから起こる波を想像しながら、当然しなければならないことをしているという感覚なんです。
ドミノ・ピザの注文アプリから類推してできたタクシーアプリ
田中:初乗り運賃410円の導入や、料金は同じなのに上質のサービスを受けられる黒タク、子どもが安心して乗れるキッズタクシー、そして、簡単にタクシーを呼べるタクシーアプリなど、画期的なアイデアを次々と思い付く秘訣は何ですか?
川鍋:どうやって新規事業を思い付くんですかと聞かれることがたまにありますが、自分にしてみると、逆に「何で思い付かないんですか」と思ってしまう。私の場合、何を見ても「これ、タクシーに応用できるんじゃないか」とすぐ考える習性が付いているんです。
タクシーアプリも、実は、日本交通の入社前に在籍していたマッキンゼーの後輩から、「こんな便利なモノがあるんですよ」とドミノ・ピザの注文アプリ「ピンポイントデリバリー」を見せてもらったのがきっかけです。
このサービスは、今自分がいる場所の住所が分からなくても、アプリの地図上にピンを落とすと、そこにピザを届けてくれるという画期的なサービスだったんですよ。例えば、上野公園で花見をしていても、アプリの地図にピンを落とすと宴会している場所まで宅配ピザを届けてくれる。「これいいじゃん! タクシーにそのまま使える」とすぐに思いました。
田中:本業を深掘りされていると同時に、常に多方面から情報をインプットしているから、新しい発想が生まれるんですね。妄想力を生かすポイントの一つは「類推」です。ある分野の成功事例を、他の分野で応用することなんですが、タクシーアプリではそれが見事にはまったのではないですか。
川鍋:他の人との違いがあるとすれば、私には、日本交通、全国と東京のハイヤー・タクシー連合会会長、タクシーアプリ『GO』の会長などいろんな立場があり、多様な視点で物事を見ることができる点だと思います。
だから、今これを始めたら、こちらのグループの人たちは反対するけど、あっちのグループは多分賛成してくれるだろうから、落としどころはこの辺りにしようかな、というのが見えてくる。
タクシーアプリを始めるとき、これはタクシー業界の人にとって必ずプラスになると直感しました。乗務員さんにもタクシー会社にとってもプラスだし、もちろんお客様にとってもプラスになる。まさに「三方よし」のサービスになるという思いがありました。
誰のメリットにもならないライバルとの競争をやめた
田中:米国でウーバー・テクノロジーズがモバイルアプリで車を呼ぶサービスを立ち上げたのは2011年ですが、同じ年の1月、川鍋さんは日本初のタクシーアプリのサービスをスタートさせましたね。
川鍋:ウーバーのまねをしたと思っている方もいるのですが、私がウーバーを知ったのは2013年ですから。
田中:僕がすごいなと思うのは、タクシーアプリを開発し、それを他社にも開放し、さらに2020年には、アプリの最大のライバルであるMOV(DeNAの事業)と合併したことです。昨日までのライバルと手を組むというのは、なかなかできることではないと思うのですが、どのような決断があったんですか?
川鍋:もちろん、タクシーアプリでは日本交通のタクシーを呼んでほしいんですけれど、日本交通が保有するタクシーの数にも限りがあるので、他のタクシー会社さんに使ってほしい。もう少し視点を引いてみると、鉄道でもバスでも、歩くのでも自転車でもなく、タクシーを使ってほしいという思いがあります。
田中:魚の目、虫の目、鳥の目という言葉があります。魚の目で見ると他社はライバルですが、「業界」や「移動」という大きな視点、つまり鳥の目で見ると、共に手を携えて戦う同志ということになりますね。
MOVとの合併は、タクシー業界にとってもユーザーにとっても画期的な出来事だったと思うんですが、それに踏み切ったのは大きな視点から見た「大義」によるものですか?
川鍋:大義と言われれば、そうかもしれません。「MOVとの競争には意味がないなあ」と常々思っていましたから。こっちはMOVがアプリに新機能を加えるたびに対抗策を考え、向こうもうちを徹底的にベンチマークして、お互いにエンジニアのリソースが潤沢でもないのに張り合っているわけですよ。これってマジ無駄だなと。
しかも、正直に言うと、こっちのアプリの出来はMOVに比べていまいちだけど、アプリで呼ぶことができるタクシーは、あくまでも私の見方ですが、こっちのほうがいいわけですよ。だから、向こうのアプリをこっちのタクシーに接続できたら圧倒的にいいだろうなと思っていました。
お客さんからも「アプリを2つ入れるのは面倒。一緒になればいいのに」という声をたくさん頂いていました。そこで、DeNAの南場智子会長に話を持ちかけました。南場さんはマッキンゼー時代の僕の上司であり、あうんの呼吸が分かる人だったので、そうした人が交渉相手だったことは、僕にとってラッキーでしたね。
田中:「未来のことを考えたらそっちのほうがいい」と妄想するだけでなく、その思いを実現しようと直ちに行動されているところが素晴らしいですね。
交渉の進展を阻んだ「エゴ」
川鍋:ところが、合併交渉は簡単には進みませんでした。まず、社内でMOVとの合併を提案したときは、「どうして後発のライバルと組まないといけないのか」と大ブーイングでした。
もちろん私にもその思いがありました。こっちがはるか前にアプリ事業を始めていて、市場シェアもトップでした。だから、合併の条件面での交渉になると、社長の座は絶対に譲れないとか、持ち株比率はこうじゃなきゃいけないとかいう話になってくる。
南場さんはマッキンゼー時代の上司だけれども、この分野においては自分たちのほうが上だという自負があるから、それが合併の条件交渉においても目に見えて現れてくる。南場さんのほうも、「それじゃ難しいわね」となっていったんですね。
合併交渉は難航し、決裂してもおかしくない状況にまで追い詰められていました。実はその状況を救ってくれたのが、日経ビジネス電子版で偶然読んだ、京セラ創業者、稲盛和夫さんの記事( 「オレがオレが」が経営者の晩節を汚す )だったんです。
田中:どんな話なんですか?
川鍋:稲盛さんが2007年、東京証券取引所でマザーズに上場している経営者を前に、素晴らしい業績を残している企業家がなぜ晩節を汚してしまうのかというテーマで講演したことを振り返る記事でした。
成功した企業家も年老いて、最後のほうは「オレが、オレが」でわがまま放題になって時代からずれていく。その理由は何なのか。稲盛さんがそれに気づいたのは、京セラがIPO(新規株式公開)するときで、「これで大金持ちですね」と証券会社の人に言われて強い違和感を覚えたそうです。
もちろん自分が努力して京セラを大きくしたのだけれど、自分がやらなかったとしてもきっと誰かがやっていたはずで、そこにたまたま自分がいた。自分はあくまで歴史舞台の中の「稲盛和夫」という役割を与えられて動いているだけで、今日は主役を演じているけれど、明日は別の人が主役でもいい。にもかかわらず「オレが、オレが」と言っている。それこそが、自分のエゴが増大していく元凶であり、晩節を汚す原因であるというのです。
そのとき、はっと気づきました。確かに自分がタクシーアプリを最初に立ち上げ、トップシェアを取ったかもしれないけれど、それは「オレがやった、だから偉い」というのとは違う。自分はその役割を与えられただけで、これは歴史的必然なんだと。
交渉が進まずものすごく悩んでいるときに、この記事を見て、まるで自分のことを言われている気がしたんです。「オレが、オレが」のエゴで、この先もMOVとの戦いを続けていくのは本当に意味がない。そこで、持ち株比率と社長のポジションについてMOV側に譲るというカードを切ったんです。そうすれば、南場さんが絶対に乗ってくれると思って。最後に、このカードを切れたのは、稲盛さんの記事が背中を押してくれたからなんです。
応えてくれた南場さんの手腕に感服
田中:なかなかそんなカードは切れないですよね。
川鍋:南場さんもすごかった。うちとの交渉は決裂しそうだったので、MOVはもう別の計画を考え始めていたんです。まさに最後のタイミングで私がカードを切り、南場さんが応えてくれたんです。普通だったら、「ごめん、もう別の話が進んでいるので、今さらひっくり返せないわよ」と断られてもおかしくない。けれども、私の最後の提案を見て、南場さんは「これまでのとは違うわね。少し時間をちょうだい」とおっしゃり、恐らく普通ならあり得ないような意思決定の仕方で社内をまとめてくれたんです。さすがだと感服しました。
田中:やはり、損得勘定ではなく大義があると、それを何とか実現しようと人は動く。川鍋さんの日本交通では「後世に徳を残す」ことを社是にされています。この件でも、社是が生かされたのではないですか。
川鍋:自然にそれが実践できればもっとよかったんですけれど、やはりエゴがあって、迷いが生じました。それを乗り切れたのは、記事にあった稲盛さんの言葉でした。私の場合、深く考えているとき、誰かに何か言われたり、「書中の師」というか、本や雑誌に書いてあったりすることにぽんと背中を押されることが結構多いんですよ。
取材・文/沖本健二(日経BOOKSユニット第1編集部) 写真/鈴木愛子
田中安人(著)、日経BP、1870円(税込み)



