亡き父が遺した山里の一軒家に移住したミステリ作家・三馬(みま)太郎が、誘われるままに地元の消防団に入り、町の人々と数々の不可解な謎に立ち向かう『
ハヤブサ消防団
』(集英社文庫)。作家・池井戸潤氏が生まれ故郷をモデルに書き、2022年に発表された第1作は、新境地の“田園ミステリ”として評価を集め、翌年、第36回柴田錬三郎賞を受賞。また同年、テレビ朝日系列でドラマ化され、好評を博した。
あれから3年。待望のシリーズ第2作となる『
ハヤブサ消防団 森へつづく道
』(集英社)が、2026年8月に刊行された。自然豊かな八百万(やおろず)町、その一員としてすっかり馴染(なじ)んだ太郎だが、ある日、シングルマザーが謎の事故死を遂げる事件が発生。その衝撃を引きずりながら、やがて町の空気は不気味に軋(きし)み出す。
町長選挙と町の変容、作家としての太郎が迎える転機、運命的な出会い、そして発生する新たな謎。森とは? そして、道の行き先にあるものとは。第2作の読みどころを、2回シリーズで作者に訊く。

地元の町にミュージアムが誕生
第1作の『 ハヤブサ消防団 』は、ドラマ化もあいまって大いに人気を集めました。モデルとなった地元の方々の反応はいかがでしたか?
池井戸潤氏(以下、池井戸) 感想が直接僕のところに届くことはあまりないのですが、地元の町に「ハヤブサ・ミュージアム」という施設ができました。原作関連の資料や、ドラマで使った居酒屋のセットや小道具などを展示した施設で、幸いなことに賑(にぎ)わっているようです。
作品が“町おこし”につながったわけですね。
池井戸 町役場の若手職員の方々が率先して動いてくださっています。当初は観光客誘致に主眼を置いていましたが、なにぶん田舎なもので、せっかく訪れていただいても、集まる場所や移動手段に事欠くありさまです。
そこで、僕からも提案して「ハヤブサプロジェクト」という事業もスタートしました。町の名産品や町で開催されるイベント、あるいは町にゆかりのあるスポーツチームなどに、新しく作ったロゴを提供して、産業振興に役立ててもらおうという仕掛けです。

読みながら登場人物の声や姿が浮かぶ
生まれ育った町への恩返しができるのが、大人世代。シリーズ第2作となる『 ハヤブサ消防団 森へつづく道 』でも、物語序盤の八百万町の町長選挙で、太郎が所属する消防団のハヤブサ地区分団長・宮原郁夫が立候補の名乗りを上げます。太郎や消防団の面々の活動の様子や会話がありありと浮かぶのは、ドラマの効果も大きいですね。
池井戸 そうですね。太郎を演じた中村倫也さんをはじめ、それぞれのキャラクターの姿と声が浮かんでくるので、その面では、第2作は非常に書きやすかったです。
しかし、宮原は地元の名家出身で東京のIT企業経営者である浅井素基(もとき)に敗北。30代という若さ、ITを駆使した選挙活動、自身の報酬返上や給付金の支給といった目玉政策を掲げるのは、いかにも当世風です。
池井戸 素基に特定のモデルはいませんが、現代の日本、世界にいる幾人かの政治家像の集合体として造形しています。実際に、東京から帰ってきて地元の政界に立候補する人もいますよね。僕も知っている事例がありますが、本人のキャリア形成などがまだ途上なだけあって、なかなか難しい面もあるように感じます。この素基の存在が、全編にわたって影響を及ぼしていきます。
文学賞の裏側、作家の本音をリアルに
一方で、太郎にも大きな転機が。移住してから執筆した作品が、直木賞の前哨戦とも位置付けられる文学賞の候補にノミネートされ、一躍、脚光を浴びることになります。発表を待つ候補者の気持ち、取材などで極める多忙ぶりなど、文壇の裏舞台が覗(のぞ)ける興味深い描写です。
池井戸 僕もこれまでさまざまな賞の候補になった経験があるので、そのあたりのリアリティーには自信を持っています。
自分の体験としてもっとも厄介だなと感じたのは、やはり直木賞候補になったときです。特に「待ち会(編集者や関係者と受賞結果を待つ催し)」をしていて、落とされるのがしんどかった。正直、賞がそれほど欲しいわけではないですが、周りが期待するでしょう? 「ごめん、落ちた」と告げたあとの雰囲気が、もう最悪で。3回目の候補で受賞したときは、「ああ、これでもう待ち会をしなくていいんだ」と、心からホッとしました。
同時候補となったのが、骨太な歴史エンタテインメント作を発表する美貌の作家・北原未南(みなみ)。偶然、八百万町を訪れていた彼女は、町を気に入り、太郎と同じ店で待ち会をしたいと申し出ます。
池井戸 先ほどリアリティーには自信を持っていると言いましたが、ここはフィクションです(笑)。そんなことがあったら、もちろん史上初、前代未聞ですし、文壇的には大事件だと思います。
編集者は「ちょっとズレてる」くらいがいい
文壇や賞の舞台裏を知ると、あらためて作家と担当編集者の関係の濃さがうかがえます。本作でいえば太郎と中山田洋ですが、ドラマでは山本耕史さんが演じた、遊び好きで、一見お気楽そうな中山田が、デビュー前から太郎の創作を支え、導いてきた人であることが分かります。
池井戸 そういうケースも、ままありますね。僕にとっての編集者は、一緒に飲んで、しゃべりながらアイデアを考える相手です。どこか馬の合うところがあって、話しているうちに「これ、書きましょうよ」という雰囲気になり、作品が生まれることがよくあります。
中山田のいいところは、真面目にふざけているところ。八百万に来ては釣りをして遊んでいるのに、賞の前後では太郎に「今が大事なときなんです」とハッパをかけたりする。なんだかんだ言っても、そうしてずっと太郎に伴走してくれる人です。彼のキャラクターは、僕の担当編集者の要素を集めてできていますね。いいところも、よくないところも含めて(笑)。
池井戸さんが編集者に求めるのも、やはり中山田のようなあり方なのでしょうか?
池井戸 そうですね。適度に軽薄な感じがいい。担当編集者があまりにも重々しいと、こちらも少々くたびれてしまうんです。質問や意見も、ピンポイントに正確なところにばかり球を投げてくれるよりは、ちょっとズレている質問をするなど、ばらけていたほうが、発想の可能性が拡がる気がします。
何より「これ、次、どうなるんですか?」「ここが気になるんですけど」と、毎回、リアクションをくれること。編集者は、作品の最初の読者ですから、その反応はやはり気になるんです。
(後編に続く)
構成/大谷道子 写真/尾関祐治
