企業経営は課題解決の連続だ。「課題を見つけるには、現場に行くのが一番」とタクシーアプリ最大手GOの川鍋一朗会長は語る。タクシー大手日本交通の3代目経営者でもある川鍋氏は、社長就任後に1カ月間、タクシー乗務員として勤務したことでも知られている。その川鍋氏と『 妄想力 答えのない世界を突き進むための最強仕事術 』の著者で吉野家CMO(最高マーケティング責任者)である田中安人氏の対談をお届けする。その後編。

(前回「川鍋一朗GO会長『稲盛さんの言葉でエゴを乗り越えられた』」から読む)

社長業を休んでタクシー乗務員を1カ月務めたワケ

田中安人氏(以下、田中):川鍋さんは必ず現場に行かれるじゃないですか。社長に就任されたのは2005年ですが、2007年の大みそかから1カ月間、社長業を休んでタクシーの乗務員として勤務し、そのときの体験は『日本交通・三代目若社長「新人ドライバー日誌」 タクシー王子、東京を往く。』(文藝春秋)という本にもなっています。また、タクシーアプリ事業を立ち上げる際も、現場で何を話しているのかよく分からないからといってプログラミングのスクールに通って勉強するなど、非常に多忙な中で、現場に足を運んで理解しようとしているところが、革新を生む原動力になっているのではないですか。

川鍋一朗氏(以下、川鍋):今年の3月にも、15年ぶりに乗務員として乗りました。今回は2日間だけでしたが、アプリ専用の車両をつくったので、乗務員として体験してみようと思ったんです。私がなぜ現場に行くかというと、それは純粋に学びが多いからなんですよ。あー、現場はこうなっているんだとか。自分が考えていることの答え合わせみたいなところもある。自分が「多分こうだろうな」と思って改革してきたことが、現場に行ってみると効果が出ているのかどうかが手に取るように分かる。

 現場に行けば分かることが山ほどあるのに、どうして他の経営者はあまり現場に行かないのかなと不思議に思いますね。中には、「たまに現場に降りてきて、数千もある事象の一つだけを見て、それだけを課題と思われても困る」とか、否定的な理由を挙げる人もいます。確かにその面はあるかもしれないけれど、0が1になるというのはもうめちゃくちゃ大きいことなんですよ。

川鍋一朗(かわなべ・いちろう)氏<br>1970年東京生まれ。93年慶應義塾大学経済学部卒業。97年米ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン勤務を経て、2000年に祖父が創業し父親が経営するタクシー会社大手の日本交通に入社。05年8月社長就任。現在は、日本交通のほか、タクシーアプリ運営を行うGO株式会社の会長、東京と全国のハイヤー・タクシー協会の会長という「三足のわらじ」を履く。
川鍋一朗(かわなべ・いちろう)氏
1970年東京生まれ。93年慶應義塾大学経済学部卒業。97年米ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン勤務を経て、2000年に祖父が創業し父親が経営するタクシー会社大手の日本交通に入社。05年8月社長就任。現在は、日本交通のほか、タクシーアプリ運営を行うGO株式会社の会長、東京と全国のハイヤー・タクシー協会の会長という「三足のわらじ」を履く。
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川鍋:僕の場合、現場にぱっと行くだけで10個ぐらいの課題は思い浮かびます。あとはそれらを検証していって、10個あれば2つか3つは全社にまたがる課題を発見できるんですよ。だから、疑問に思うとちょっと現場に行って、ぱぱっと話を聞く。もう、効率がスーパーにいい。

田中:現場は課題の宝庫というわけですね。そこで「もっとこうなったらいいな」ということをたくさん見つけて妄想し、実行に移す。

川鍋:最近、「東京駅八重洲口でタクシー待ちの行列が長すぎる、タクシーが少ないのではないか」というクレームをたくさん頂いているので、見に行ったんですよ。現場に行くと、理由がすぐに分かりました。タクシーが足りないわけではない。少し陰に隠れて見えにくいのですが、十分な台数がいます。けれども、乗り場では3台ずつ乗車する取り決めになっていて、それが行列を長くしている原因でした。

 東京駅でタクシーを利用される方は、新幹線の利用客や外国人のお客様が多く、トランクなどの大きな荷物を持っているので、タクシーに荷物を積んで出発するまで時間がかかる。だから、流れが悪く、行列が長くなってしまうんです。それが分かったので、先日、JR東日本の深澤祐二社長のところに伺い、3台ずつの乗車を4台か5台ずつの乗車に増やしていただけないかと、直接お願いしてきました。

現場は1粒で3度おいしい!

田中:現場は課題の宝庫と分かっていても、トップになるとなんだかんだと理由をつけてなかなか行かない人が多いですね。

川鍋:もったいないことです。私はもう、現場に行くことのメリットに味をしめているんですよ。現場に行くと1粒で3度おいしい。課題発見ができて、全社のプラスになって、なおかつ自分も「トップなのに現場を見て回ってすごい」と褒められる(笑)。

田中:私は仕事において「世の中にこれがあったらいいのに」という妄想を大事にしているんですけれど、単に妄想するだけでなく、それを形にして実行することこそ大事だと考えています。川鍋さんも現場で課題を見つけると、ゲームのようにそれらを次々と解決していますね。

田中安人(たなか・やすひと)氏<br>グリッドCEO、吉野家CMO(最高マーケティング責任者)。1965年京都市生まれ。89年大学卒業後、八百半デパート(後にヤオハンジャパンに社名変更)に入社。広告制作会社を経て、2002年に広告代理店を起業。10年マーケティング関連のコンサルティングを手がけるグリッドを設立。17年吉野家CMOに就任。HR(人事)、IR、経営戦略、海外戦略、マーケティング、スポーツマーケティング、ベンチャー投資、アドバタイジング・エージェンシーなどでの幅広い経験から、多くの企業のアドバイザーを歴任する。
田中安人(たなか・やすひと)氏
グリッドCEO、吉野家CMO(最高マーケティング責任者)。1965年京都市生まれ。89年大学卒業後、八百半デパート(後にヤオハンジャパンに社名変更)に入社。広告制作会社を経て、2002年に広告代理店を起業。10年マーケティング関連のコンサルティングを手がけるグリッドを設立。17年吉野家CMOに就任。HR(人事)、IR、経営戦略、海外戦略、マーケティング、スポーツマーケティング、ベンチャー投資、アドバタイジング・エージェンシーなどでの幅広い経験から、多くの企業のアドバイザーを歴任する。
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川鍋:マッキンゼーのコンサルタントだったときから、物事に取り組んで前に進めることに喜びを感じていました。やることはシンプルだったり、つまらないことだったりでもいいんですよ。ただ、自分がやっていることが世の中に受け入れられて、効果を発揮していく。その結果としてビジネスが成り立つことにやりがいを感じます。

 マッキンゼーで分かったのは、コンサルタントとして優秀な人というのは、知的好奇心が旺盛で、より難しい問題を解くことが大事であり、そこに喜びを感じる人が多い。だから、つまらないオペレーションの問題は人気がない。でも、私の場合は、つまらないオペレーションの問題でも、例えば1円でもコスト削減できると喜びを感じられて、それがクリエーティブかどうかとか、新しいかどうかはあまり関係ない。

同時にたくさんの事業を小さく始めるのがコツ

川鍋:自分の周りにある課題をどんどん解決していくことが好きだし、言うだけでやらないというのは、極めて無責任っていうか、それでは世の中が何も変わらないし、自分の性に合わない。「とにかくやればいいじゃん」という考えが自分の中では支配的で、色々とやってみるうちにうまくいき出すと、みんな勝ち馬に乗りたいんで人が集まってきます。

 そうすると、あまり説得する必要もない。だから、同時にたくさんの事業を小さく始めて、うまくいかないものは、恥ずかしげもなくどんどんやめる。これが革新を起こすのに意外に大事なことだと思っています。

田中:同時に複数、スモール・スタート、ダメならすぐやめるがポイントですね。

川鍋:実はタクシーアプリ事業を始めたときも、それを含めて同時に3つの事業を立ち上げました。1つは、子どもだけを運ぶキッズタクシーや観光タクシーなどの「EDS(エキスパート・ドライバー・サービス)」、もう1つは、介護事業(デイサービス)でした。

 未来を思考する中でどれが当たるかは分からない。でも、数打ちゃ当たるんで、良さそうなものを複数、できる限り同時並行で進めたほうが、逆にうまくいかなかった事業をうまくいかせようと固執しなくて済む。

田中:サンクコストの誤謬(ごびゅう)にはまらずに済みますね。

川鍋:半年ぐらいやったら、どれが有望かすぐ分かったんです。アプリ事業はどんどん勝手に拡大していきました。一方、介護事業は想像と違った部分もあって手応えが全くなかったので1年で撤退しました。EDSは、大ヒットこそしなかったのですが、社会的意義のある事業であり、今でも続けています。このように複数の事業を同時並行で小さく始め、取捨選択し、手応えのある事業に全振りすることが成功の秘訣といえるかもしれません。

タクシー不足解決に規制緩和を

田中:最後に、今、にわかに話題になっているライドシェア問題についての見解を聞かせてください。

川鍋:タクシー業界としては、イコールフッティング(双方が対等の立場で競争できるように条件をそろえること)を求めたいと思っています。

 タクシー業界には様々な規制があります。乗務員になるには二種免許を取る必要がありますが、これが一つのハードルになっています。なぜかというと、これらは50年以上前につくられた制度で、当時は乗務員になりたい人がいっぱいいたので、厳しく精査して選りすぐりの人だけをタクシー乗務員にするという時代でした。今は環境が大きく変わりましたが、制度だけがそのまま続いています。

 そうした状況にあるのに、「タクシー業界が努力していないから、タクシーが足りない。だから、タクシーではないものを入れて同じサービスを提供させよう」というのは、さすがにアンフェアです。

 サッカーをするのに、タクシーチームは手を使ってはいけません、新規参入のライドシェアチームは手を使っていいですよと言われているようなものです。ルールをそろえてもらえないと戦えないというのが、タクシー業界側の考えです。

 また、タクシーの乗務員を増やすために、非常に難解な地理試験の見直しや二種免許取得日数の短縮、安全装置付き車両などを対象とする限定的な二種免許の新設、外国籍ドライバーの拡大など、担い手を増やすための規制緩和を一日でも早く進めるべきです。

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取材・文/沖本健二(日経BOOKSユニット第1編集部) 写真/鈴木愛子

今、企業に求められているのは、「世の中の課題」を解決して利益を上げ、成長していくこと。けれども、そもそも課題とは、専門家たちでも解決できないから、そこに積み残されているものです。解決するには、斬新で強力な発想、つまり「妄想力」が欠かせません。ただ、多くの人は、社会や組織に適応し、常識・慣習やルールが染みついていくにつれて、その力が封じ込まれてしまっています。本書は、その封印された妄想力を解き放つべく、著者のユニークな実例を基に指南します。

田中安人(著)、日経BP、1870円(税込み)