年齢を重ねた親や身近な高齢者の様子がおかしくなってくると、「ひょっとして認知症では」と不安に思う人は多いでしょう。しかし、『老いた親はなぜ部屋を片付けないのか』の著者である医師の平松類さんは「真の理由は別にあります」と断言します。どんな料理にもドボドボとしょうゆをかけてしまう父親はなぜそのような行動に出てしまうのでしょうか。著書より抜粋してお届けする連載、第2回です。
血圧を抑えなければと分かっているけれども…
厚生労働省によると、高齢者で介護が必要になった主な原因のうち、男性の1位、女性の5位が「脳卒中」です。脳卒の背景にはさまざまな要因がありますが、最大のものを挙げるとすれば「高血圧」でしょう。
高血圧の予防のために塩分の取りすぎを控える。このことは誰もが知っていることと思います。しかし、なかなかそれができない。まして高齢になって血圧がだんだん高くなってきたのに、むしろ塩分を欲してしまうことさえあります。これはなぜなのでしょうか?
その原因の1つに味覚の衰えがあります。高齢になると味覚が衰えるということをご存じの方もいると思いますが、味覚というのは均一に衰えていくわけではありません。高齢になって視力が衰えて老眼になったとき、手元が見にくくなるけれども遠くは見える。それと同じように、味覚が衰えたときも「衰えるところ」と「衰えないところ」があるのです。
ではどの味覚が一番衰えるのかというと、それが塩味を感じる味覚です。
子「父さんそれ、しょうゆのかけすぎじゃない?」
父「何を言っているんだ。ちょうどいいぐらいだよ」
子「そうなの? ちょっと食べさせて……うわっ! しょっぱいよ」
父「そうかなあ」
母「 そうなのよ。お父さん最近すごくしょうゆを使うようになって。血圧が高いんだからやめてって言っているのに」
味覚には塩味・苦味・うま味・酸味・甘味というものがあります。その中でも塩味は、高齢になると若いときよりも12倍感じにくくなるという研究があります(*1)。一方、そのほかの味覚は塩味ほど感じにくくはならず、うま味は5倍、甘味は2.7倍というように、種類によって違いがあります。
普通、味覚が衰えるというと「味がしなくなる」という印象を持ってしまいます。そのため、仮に塩味だけが感じにくくなったとしても、それが味覚の衰えとは気が付かず、「料理の問題」だと思ってしまいがちです。

外食が多かった人が薄味に慣れていないことも
会社員のときは仕事の接待などで外食が多く、濃い味付けの料理を食べることが多かったという男性が、定年退職後に自宅で妻の手料理を食べる機会が増えたことで、「味付けが薄い」と感じることもあるそうです。「料理がまずい」と文句を言ってはいけないと思い、しょうゆをかけたりして調整していたところ、それは妻にとっては非常に気に障る行為であり、ケンカになってしまいます。
このように、味覚の衰えというのは家族間のトラブルまで引き起こすものです。そして何よりも、塩分の取りすぎは体の異常をきたす、高血圧を引き起こすという問題があります。
健康診断で高血圧の結果が出ても、それを誇らしげに言う人がいます。もちろん高血圧は万病の元であることは知っているけれども、何となくピンとこないからでしょう。一方で、医療現場にいると、高血圧で苦しむ人をたくさん見ています。そうした人たちも、最初は「血圧ぐらい」と言っていたのです。
ある男性は、高血圧を指摘されていましたが、長年放置していました。上の血圧が200mmHgを超えることがあっても、「忙しいから」と医師に診てもらわなかった。本当は、作ろうと思えば内科に行く時間が作れないわけではありませんでした。なぜなら、彼には趣味の釣りをする時間がありました。お酒を飲みに行く時間もあったのです。
そんな生活を続けているうちに、突然目の前に黒い点々がたくさん出てきました。手で払ってみても取れません。目自体に何か問題がありそうです。「寝れば治るかな」と思って寝てみますが、1日たとうが2日たとうが消えません。そうこうしているうちに、もう片方の目も同じような状態になり、ついに見えなくなりました。
実は、この黒い点々は、高血圧を原因とした目の奥の出血が始まっているサインだったのです。このように、目の出血、脳の出血、心臓の病気など、さまざまな病気を引き起こしてから初めて受診する高血圧の患者さんは後を絶たず、医師は「なぜもっと早くに血圧を下げなかったのか」と言いたくなる状況なのです。
うま味や酸味を上手に使う
令和元年(2019年)国民健康・栄養調査によると、日本人の食塩の摂取量は平均10.1g(男性10.9g、女性9.3g)です。一方、日本人の食事摂取基準2020年版では、日本人の食塩の目標摂取量は男性7.5g未満、女性6.5g未満と設定されています。国が定めた目標に比べて、まだまだ塩分の摂取量が多いわけです。
とはいえ、がんばって塩分をひたすら我慢するという方法には限界があります。食事指導などを受けて適切に減塩する上でも、人間がどのように味覚を感じているのか、それが加齢でどう変わるのかを知って対策を講じたほうが効果的です。
塩分の制限の仕方に関しては栄養士さんやクリニックに相談することをお勧めするとして、ここでは高齢になって味覚の変化が起きたときにどうすればそれを補えるか、という視点でお話をします。
まずは塩分よりも加齢の変化を受けにくいうま味成分を使うことです。具体的に言うと、味付けを塩分に頼るのではなく、だしを使って味を補うのがいいでしょう。さらには酸味という衰えにくい味覚をアクセントに使うことで、塩味をより感じやすくなります。食事の中に酸っぱい料理を入れておくのです。こうしたアクセントを使うだけで弱った味覚を補うことができるという研究もあります(*2)。塩味自体も、普通の塩加減の料理と薄めの料理を作ることでメリハリができ、塩味をより感じやすくなり、食事全体の満足度につながります。
味覚は、舌だけではなくて嗅覚・視覚からも大きく影響を受けます。子どもの頃、嫌いな食べ物を目をつぶり鼻をつまんで食べた経験がある方もいるでしょう。実際に、味覚以外の感覚を遮断すれば、味を感じにくくなるのは事実です。反対に、色合いがいい料理のほうが視覚を刺激し、おいしく感じやすいということも分かっています(*3)。
食卓の照明も、蛍光灯のような青白い色よりは、白熱灯のような電球色のほうが食事をおいしく感じられます。食卓は電球色にしてみるのも1つの方法です。さらには食器の活用も効果的です。ついつい何も考えずに白い米を白い茶碗に入れがちですが、白い米は黒い茶碗にのせたほうが、色の差(コントラスト)が出るためにおいしく感じられます。同様に、黒っぽくなりがちな魚や肉に関しては、白いお皿に盛りつけたほうがコントラストが出ておいしく感じられます。
実際私の勤務する病院では、高齢の患者さんが多いため、なるべく黒い茶碗に白いお米、白いお皿に肉・魚を盛り付けるように取り組んでいます。おかげで病院食にもかかわらずおいしいと多くのお声をいただいています。
ぜひ、こうした工夫も参考にしつつ、血圧を抑える食事を心がけてみましょう。
*2 近藤健二 嗅覚・味覚 耳鼻咽喉科・頭頸部外科 2012;84(8):552-558.
*3 織田佐知子ほか 照明の種類が食物のおいしさに与える影響 実践女子大学生活科学部紀要 2011;48:13-18
平松類著、日本経済新聞出版=日経プレミアシリーズ、990円(税込み)
