「生成AIに任せてよい仕事」と「生成AIには任せてはならない仕事」の境界線は、どこにあるのでしょうか? そんな疑問を解き明かすのが 2025年11月刊『その仕事、AIには無理です。』(髙木 裕仁著、日本経済新聞出版)です。ブレーンストーミング、ドキュメント要約、営業AIエージェント、メルマガ生成といった活用事例をもとに、新進気鋭のデータサイエンティストが生成AI・LLM(大規模言語モデル)の可能性と限界、ビジネス活用の注意点を解説。本書から一部を抜粋・再構成してお届けします。3回目は、「AIエージェントの活用方法」について。
補助的なAIから自律的なAIエージェントへ
生成AIはこれまで、「質問に答える」「文章を要約する」「コードを生成する」といった、あらかじめ定められたタスクを効率的にこなすためのツールとして活用されてきました。どのタスクを行わせるかは人間が決め、生成AIはその指示に従うだけという構造が基本であり、あくまで「補助的な存在」にとどまっていたのです。
しかし近年、この関係性に大きな変化が生じつつあります。生成AIが、単なる補助ではなく、「自律的に思考し、目標に向けて戦略を立て、状況に応じて判断し、行動する」という、より高度な知的活動を担う存在として期待されるようになってきました。いわゆる「AIエージェント」という概念です。
具体的なビジネスシーンを例に考えてみましょう。たとえば営業現場において、ニーズに即した提案書のたたき台を自動生成してくれるAIエージェント、いわば「提案資料作成AIエージェント」を導入するケースを想定します。ここでは「長年取引のあるA社向けの資料を作成する」という業務が対象です。
提案資料の作成には、単なる文書作成以上の、高度な情報収集、状況理解、論理構成、さらには価値訴求の設計が求められます。これは決して、一言の指示で完了するような単純作業ではありません。
まず必要となるのは、「A社」に関する情報の収集です。人間がこの作業を行う場合、インターネットでA社の最新情報を検索するのはもちろんのこと、長年の取引先であれば、自社のCRM(顧客関係管理)システムを開いて過去の商談履歴ややり取り、担当者の情報、過去の提案内容とその反応なども確認するでしょう。さらに必要に応じて、社内の共有フォルダやメールのログを探し、より実態に即した情報を集めるはずです。
AIエージェント導入に立ちはだかる壁
では、AIエージェントの場合はどうでしょうか。この情報収集のプロセスを詳細に設計せずに、「自律的に判断して」と丸投げしてしまうと、AIエージェントは最も身近な手段としてインターネット検索で得られる公開情報のみに頼ることになります。その結果、生成AIは「A社」の一般的なニュースや企業概要を取得することはできても、営業提案に不可欠な「これまでの取引の流れ」や「担当者ごとの細かな事情」といった重要な情報にはたどり着けない可能性が高いのです。
したがって、AIエージェントが意味のある情報収集を行うためには、まず「どこから」「どのような情報を」「どの順番で」「どんな基準で」取得すべきかというフローの設計が必須になります。
ただし、「タスクをフロー化・テンプレート化する」という作業は、決して簡単なものではありません。むしろ、AIエージェントを導入する現場においては、最大のハードルとして立ちはだかることが多いのです。
「あの部長はこういうのが好き」を形式知化できるか
では、なぜタスクのフロー化はこれほどまでに難しいのでしょうか。その背景には、大きく分けて「暗黙知が多すぎる」と「タスクの全体像が見えていない」という2つの構造的な理由があると考えられます。
多くの企業において、業務の大半は暗黙知によって支えられています。たとえば営業の現場では、「今回はこの方向性で提案しよう」といった判断がなされることがありますが、それは明文化されたルールに基づいているわけではありません。多くの場合、「これまでの案件の流れからするとこうだ」「あの担当者はこのようなタイプだから」「他社の動向を踏まえるとこの切り口が有効だ」といった、勘や経験、感覚に基づいた非形式的な推論が背景にあるのです。
こうした判断の背後には、社内文化や過去の失敗談、商談中の相手の口調や態度、業界特有の事情など、実に多くの「その場にいたからこそわかる」「体感としてつかんでいる」要素が含まれています。
生成AIに業務を任せようとする場合、こうした暗黙知を可能な限り形式知に変換する必要があります。つまり、判断の基準や前提、条件分岐などを明確な言葉で表現し、生成AIが理解できるルールとして構築するというプロセスが不可欠になるのです。
髙木裕仁著/日本経済新聞出版/2200円(税込)

