「K-BOOKフェスティバル」2日目の2023年11月26日午前、「イ・テゴン×内沼晋太郎対談 日韓の本屋の未来を語る―本と街と人をこえて―」と題するイベントが行われた。イ・テゴンさんは祖父から譲り受けた故郷の村の廃校を活用し、本屋・図書館・本の学校・出版社などの機能を持つ本のコミュニティ、「本の村ヘリ」を営んでいる。聞き手となる内沼晋太郎さんは東京と長野で独立書店の経営や本のプロデュースなどを行っている。話題は書店にとどまらず、出版文化の未来にまで広がった。
海辺の廃校が本屋、図書館、本の学校に
内沼晋太郎 「本の村ヘリ」とは、どういう場所なのですか?
イ・テゴン 韓国・全羅北道の海辺の村・高敞(コチャン)にあります。私の祖父が設立した学校が廃校になったので、それを購入して活用しています。本屋だけではなく、図書館や博物館、出版社を兼ねたような空間です。
「本の村ヘリ」ではさまざまな学校を開いています。地域の教育委員会と一緒にやっている学校もありますし、私どもが独自に企画をし、全国から人を募って展開しているプログラムもあります。例えば、詩人学校、漫画学校、絵本学校、エコ学校などです。参加者は文章を書いて編集し、そして最後には必ず成果物として本を出版します。そして出版記念会を行って解散となります。
それ以外にも、エコ芸術祭っていうのもやっています。「本の村ヘリ」は干潟の近くにあるので、エコロジー的な感受性を育てようと行っているイベントです。大学生や青少年が、メンター役のアーティストと一緒に長くて1週間、短くて3、4日間、浜辺のゴミを拾ってきてそれをもとにオブジェを作ります。
内沼 いろいろな活動をされていますね。いったいどうやって運営しているんだろうっていうのが最初に思う疑問だと思います。廃校を取得された後、20年間ビジネスとしてどう成り立たせてきたのか教えていただけますか?
イ・テゴン 最初に始めたときは大きくもうけようというより、細々とやっていけたらと思っていました。現在はさまざまな活動をしているので、いくつかの収入源があります。
まず「本の村ヘリ」の空間に入るには、入り口にある本屋で本を買わなくてはなりません。日本はどうか知りませんが、韓国の50代、60代の男性は自分で本を買う経験があまりなくて、最初は反発もあったんですけれども、今はおおむね従ってもらっています(笑)。
それから、本屋に隣接するカフェの収益があります。また本作りの体験ができる出版キャンプをやっています。短いものは1泊2日、長いものは半月のコースがあります。また、私は30年あまり編集者としてあらゆる分野の本の編集を手掛けた経験があります。地域の出版社の方々と一緒に出版活動をし、そこからも大きな収益を得ています。
実は新型コロナウイルス禍によって対面での活動がまったくできなくなりました。一方、自宅にこもって本を読む人が増えたおかげで、以前、私が出していた教育関連の本が結構売れたので全体では収益を維持することができました。
内沼 祖父の方が設立した廃校を活用して、本を作るための場にしようという発想は、いつから持たれていたのですか?
イ・テゴン 私は大学で韓国文学を専攻し、その頃から出版にも携わっていました。大学院に進み、韓国の文字や言語がどのようにつくられてきたかを学びました。そこで実は、紙も活字も東アジアで発明され、西洋に伝わったことを知りました。すなわち東アジアには本を生産する基盤がずいぶん前からあったのです。
であれば、もし東アジアで「本の村」をつくるなら、本を消費する空間ではなく、本を作る空間、著者を生む空間にしたいと思いました。
80歳のおばあさんが絵本作家に
内沼 出版キャンプでは20年間で約5000人が参加して著者となり、本を作ったとのことですが、その中で著名な作家になった方はいらっしゃいますか?
イ・テゴン 私どものブースに本があるのですが、キム・ソンスンさんという80歳の女性は『80歳、花』『ワカラナイハナ』などの絵本を出版し、大変有名になりました。
内沼 イ・テゴンさんは新しい著者を育て、本の歴史を伝える活動を行い、著者を生み出し、韓国の出版文化に貢献されていますが、他の出版社や出版業界からはどのように見られているのでしょうか?
イ・テゴン 私は地域に根差した出版を重視してきました。私が作った本を読んでくれた読者が、また著者になっています。そしてその著者になる体験は、また新しい読者を生んでくれると思っています。私はたくさんの著者と出会って一緒に本を作りましたが、誰一人として1冊出したからもうこれでいいと言った人はいません。皆さん、次はこれをやりたい、次はあれをやりたいとおっしゃいます。
著者が多くなることはそれだけ読者が多くなることでもあります。出版業界とは極めて友好的な関係を持っており、「本の村ヘリ」がうまくいっているかどうか、とても関心を持っていただいています。
内沼 非常に大きな質問ですが、韓国の出版業界全体をどのようにご覧になっていますか?
イ・テゴン 私は片田舎に住んでいる一編集者にすぎないので、出版業界全体について申し上げることはできないのですが、あえて言えば、今韓国の出版界は模索のただ中にあると思います。さまざまなメディアがある中で、本の活路となるのは、書き手の役割を強調した企画を作ることだと思います。
それから、本の定価販売制度のおかげで、韓国には街の小さな本屋さんがたくさんあります。こうした本屋さんと一緒にコラボをして小さな企画をたくさん立ち上げていくのがいいと思います。「本の村ヘリ」は、地方にいながら出版企画を媒介する空間になっており、出版業界の直面している課題を解決する一つの方法だと思っています。
都市でなく地方にある意味
内沼 「本の村ヘリ」には、年間1万~2万人の方が来場されるほどの集客力があります。もし「本の村」がソウルにあったとしたら、10万人とか100万人来るかもしれません。そこで質問です。イ・テゴンさんは地方の不便な場所で活動することに意味を感じているのか、それともソウルのような大都会でやってもいいと思っているのか、どうなんでしょうか?
イ・テゴン ソウルでやるとしたら、今の形とはもっと別の形になったと思います。「本の村ヘリ」は一つの事例にすぎません。韓国にもっと第二、第三の「本の村」ができていったらいいと思います。都心には本のためのインフラがありますが、地方にはありません。一方で、地方には地方ならではのコンテンツがたくさんあります。「本の村ヘリ」のようなものが、いろいろな形でさまざまな場所にできたらいいでしょう。
内沼 聞けば聞くほど可能性を感じます。もし、これから「本の村ヘリ」のような場所をつくりたいという人がいたら、何かアドバイスはありますか?
イ・テゴン 日本の宮崎県にも「木城えほんの郷」という本のコミュニティがありますね。絵本を中心に小さな共同体を楽しく運営しているのを見て、とても感銘を受けました。
アドバイスをするとすれば、自分たちでつくった場所を、自分たちの力で運営すべきだということです。例えば、行政的な支援を受けられるかもしれませんが、頼り過ぎないほうがいいでしょう。もし支援が打ち切られたら立ち行かなくなってしまいますので。
内沼 「本の村ヘリ」への注目が集まってくると、私もここで働きたいという人が増えてくるのではないですか?
イ・テゴン そうですね。一緒にやりたいっていう人はいますが、スタッフは今私を含めて7人で、これ以上受け入れる態勢にはなっていません。その代わりに雇用関係以上の協力関係をつくっていけるのではと考えています。
例えば、出版キャンプを通じて若者が本の著者になれば、著者と出版社という新たな協力関係が生まれてくるからです。
内沼 すごく面白いです。日本の出版社や本屋さんと一緒にやりたいことはありますか?
イ・テゴン 「K-BOOKフェスティバル」のように、それぞれの国で一緒にイベントができたらいいですよね。大きなことを語るのは難しいのですが、民間レベルでお互いのやりとりを増やしていくことで関係ができ、問題を解決するための主体になっていくことができると思います。
内沼 僕も韓国にうかがって、「本の村ヘリ」をぜひこの目で見たいと思います。
取材・文:木村やえ(日経BOOKプラス編集部) 写真:「K-BOOKフェスティバル」事務局、木村やえ



