「K-BOOKフェスティバル」2日目の2023年11月26日午後、フェスティバルの最後を飾る「日韓SF作家対談 キム・チョヨプ×小川哲――時をこえ、自分をこえて」と題するイベントが行われた。キム・チョヨプさんは韓国のSFシーンをけん引する作家で、日本にもファンが多い。小川哲さんは『地図と拳』で山田風太郎賞・直木賞を同時受賞した注目作家。二人とも理系研究者出身という共通点がある。本記事では対談の一部を紹介する(進行役はキム・チョヨプさんの作品を数多く翻訳しているカン・バンファさん)。
毎月の締め切りを越えたい小川さん
K-BOOKフェスティバルの今年のテーマは「こえる」です。そこで、この「こえる」という言葉を聞いてどう思いますか。また今一番越えたいものは何ですか?
小川哲さん(以下、小川) 優等生的に言えば、人種、文化、性別、国境などいろいろな壁を小説によって越えたいと考えています。でも本心を言うと、月末にやって来る締め切りを越えたいです。
キム・チョヨプさん(以下、キム) 私は逆に、長編の締め切りを終えて新刊が出たところなので、とてもすがすがしい気持ちです。ここしばらくは新型コロナウイルス禍で家に閉じこもっていましたが、今年からはいろいろなところに出歩き、越えていくことができるのを楽しんでいます。
キム・チョヨプさんは今年、第2短編集『 この世界からは出ていくけれど 』(カン・バンファ、ユン・ジヨン訳/早川書房)を刊行されました。所属している世界から他の世界へ抜け出す人を描いています。こういう人たちを描こうと思ったきっかけは?
キム 私は子供のころからSFを読むのがとても好きでした。それは自分の属している現実が嫌で、別の世界に逃避できる感覚が楽しかったからだと思います。いざ本を読んだ後、現実に戻ると置いてきぼりになったようで、さびしくなりました。SF作家になって思ったのは、読者には本を読みながら挑戦したり、冒険をしたりしてほしい、そして本を閉じて現実に戻ってからは、現実を振り返るきっかけになってほしいということです。
私の小説には別の世界に行ったり、そこから弾かれてしまったりする物語が描かれます。これは私たちの人生に似ています。現実の世界にもどこかに属しているけれど、所属感を得られない人やアイデンティティーを探しながら奮闘している人々がいると思います。
小川さん、キム・チョヨプさんの作品を読まれた感想をお聞かせください。
小川 キム・チョヨプさんとキム・ウォニョンさんの共著『 サイボーグになる テクノロジーと障害、わたしたちの不完全さについて 』(牧野美加訳/岩波書店)で、キム・チョヨプさんが人間のあり方について、「暗黙のうちに正常、異常を切り分けている」という鋭い指摘をしています。サイボーグの発想には、異常なものを正常なものに直そうとする危険性が含まれているというのです。
キムさんの作品には「人間とはこうあるべきだ」と押しつけられ、苦しんでいる人が物語の中心になることが多く、共感できます。それだけならば他の作家が書いていることでもありますが、キムさんの場合、作品自体が「正常とは何か」を問うものが多いと思います。
例えば『 地球の果ての温室で 』(カン・バンファ訳/早川書房)では、地球が一種異常な状態になっていて、地球の何が正常で何が異常なのかを巡って人々が対立します。また、『この世界からは出ていくけれど』収録の「古(いにしえ)の協約」においては、僕らが正常だと思っていることが、ある地球外惑星では正常ではないと描かれます。
私たちは個人に対し正常・異常を押し付けているように、この世界に対しても押し付けているという危険性を感じます。戦争や地球環境問題などのいろいろな問題も、いわば地球をサイボーグにするという見方ができると思います
キムさん、何か付け加えることはありますか?
キム 小川さんには小説だけでなく、ノンフィクションの『サイボーグになる』まで読んでいただきうれしく思います。実は『サイボーグになる』と『この世界からは出ていくけれど』はほぼ同じ時期に書いています。この2冊に描かれている問題意識をつなげて読んでいただければ楽しめると思います。『サイボーグになる』はノンフィクションなので、私の答えに近いです。一方で『この世界からは出ていくけれど』では私自身も混乱していて、さまざまな問いを物語の形で投げかけています。ですから一緒に考えていただけたらうれしいです。
小川 キムさんの小説の魅力は、こうした問題意識だけではなく、どこか最後は人間を信じている温かさだったり、最終的に愛を肯定したり、他人を許したりするところ、キムさんの信念みたいなものが出ているところがとても好きです。
どちらも研究者出身
小川さんの作品は、韓国では『 君のクイズ 』(朝日新聞出版)が出たばかりです。『 嘘と正典 』(ハヤカワ文庫JA)は現在制作中で、原稿を読まれたとうかがっています。小川さんの作品のご感想を教えてください。
キム 実は、小川さんの『君のクイズ』がある日、宅配で届いていました。その時点では対談があるのを知る前だったので、なぜ届いたのか分からないまま受け取りました。本を手に取ったとき、とてもコンパクトだけれど強烈な印象がありました。読み出したら止まらなくなって一気に読みました。この本の著者は本当にスマートだな、知的な物語を書く方なんだと思いました。
『嘘と正典』の方はPDFファイルで受け取りました。全部は読めてはいませんが、緻密な研究をされ物事を深く掘り下げている、普通の人には及ばない着眼点を持っているという印象を持ちました。私のスタイルとはまったく異なるので、だからこそお会いできたら面白いと思っていました。
韓国で翻訳されている小川さんの作品は、どちらかというと読みやすいカジュアルな本が中心です。小川さんは、長編の刊行は韓国では難しいのではと話されていました。でも、もしそうした作品が韓国で紹介されたときは、一生懸命宣伝したいと思います。
小川 ありがとうございます。キムさんは元研究者で、僕も大学で研究をしていたという共通点があります。キムさんの本には参考文献も載っていますね。
僕とキムさんの表現の仕方はかなり違うところがある一方で、SFを読んで救われた体験など、近しいものがあるのでは思います。だからこそキムさんの小説にすごく共感します。
小川さんの作品には、クイズを解いたり謎を追いかけたりと、何かに挑戦する設定が多く見受けられます。こうした設定にはどのような意図があるのでしょうか?
小川 僕が小説を書くとき大事にしているのは、他者を知りたいという気持ちです。『君のクイズ』では、クイズのプレーヤーってどうしてあんなに真剣なんだろうっていうのが、作品を通じて考えたいことでした。だから小説を書く上で未知の存在を考えることで、自分とは遠いと思っても分かり合えるかもしれないという信念を捨てないようにしたいです。そこに希望を見つけたいという点は、キムさんの作品にも通ずる部分だと思います。
キムさんの作品には未来を描いた世界が多く、小川さんの作品は過去に戻っていく過程が多く登場するように思います。未来を描いたり、過去をたどったりすることはどんな意味を持つのでしょうか?
キム 私の場合、現実が嫌で他の空間に飛んでいきたいという気持ちがあり、未来を多く書いている気がします。そして過去には答えがないと思っているのかもしれません。過去にノスタルジーを感じたり、前向きな印象を持ったりすることがありません。
最近の世の中は暗い出来事がいっぱいあります。そんな世界の中に光を発見していく作業は、まるでSF作家がディストピアの中に希望を見いだしていく作業に似ているのではないかなと思います。
小川 例えば、宇宙人について書くのは、僕の中で他者というか分からない存在について小説を通じて考えてみたいということがあります。歴史に題材を取る場合も、今とは科学技術のレベルも文化も価値観も違うわけで、僕の中では過去の世界の人たちについて考えることは、宇宙人について考えることととても近いです。
作家としての弱点は?
この場で、お互いに直接聞いてみたいことはありますか?
キム 小川さんは自身とは遠いところにある題材や物語に果敢に挑戦されていますが、その秘訣をお教えください。
小川 僕は大学ではアラン・チューリングという数学者の研究をしていました。作家になって最初、アラン・チューリングの小説を書こうとしましたが、うまくできませんでした。なぜかと言えばあまりにこの人物について知りすぎているので、読者がチューリングのどういうところを面白いと思うのかが分からなかったからです。
自分が深く知っている知識によって小説を書こうとすると、ニッチになってしまうというのが僕の作家としての弱点だと思います。それを回避するため、何も知らないものをイチから勉強して作品を書いていくということをやってみたところ、大変でしたが小説としてはうまくいきました。
キムさんも小説家として弱点と思っていることはありますか?
キム 私は研究者だったので、世界に対する見方が物理的な現実に縛られている気がします。本来SFであれば物理的なルールを超えて破壊したり、突破したりするところに面白さがあると思います。でもそういうものを書こうとすると、抵抗感のようなものが湧いてしまいます。
最後にお話ししたいことはありますか?
小川 今日は真面目な話もたくさんしましたが、作家としての究極的な願いは面白い小説を書きたいという一点です。自分が本当に面白いと思う小説を書いて、結果として読者が変わるきっかけになったら言うことはありません。
キム これまでの作品の大半は、自分の好きな領域をひたすら掘り下げて書いてきました。今、一つのシーズンを終えて、今後はまた違う分野に向かっていきたい。同じSFであっても違う題材や雰囲気のものを書いてみたいと思っています。
取材・取りまとめ:桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 写真:K-BOOKフェスティバル事務局


