「またか」「何度言っても直らない」「今日も部下のミスの尻拭いで残業。自分でやったほうが早かった……」。周囲の“いつものミス”にため息をつくことはありませんか? また、他人だけでなく自分のミスにうんざりすることもあるでしょう。そんな時に使えるのが「失敗マップ」という新ツールです。失敗マップを使って、どうミスを防ぎ、どう改善につなげるのか。その具体的な方法や事例を紹介している『 失敗マップのすすめ 』(飯野謙次著)より抜粋してご紹介します。今回は「失敗マップを使う利点」についてです。
「失敗マップ」はなぜ効くか
改善点を伝えて指導しているはずなのに翌日には同じミスを繰り返したり、まったく意に介していなかったり……。そんな様を見てイライラすることがあると思いますが、曖昧(あいまい)な注意や根性論ではこのイライラは解消できません。
特に昨今は、ハラスメントの問題もあり、もし問題になったらかえって面倒だとついつい自分で始末してしまいがちです。どうやって相手に自分のミスを気付かせるか、ほとほと困ってしまいます。
本書『失敗マップのすすめ』では、こうした悩みを解決するまったく新しいツール「失敗マップ」をご紹介します。2つの質問に答えるだけで、自分自身のミスはもちろん、チーム全体のミスを減らし、あなたをイライラから解放する手助けとなります。
また、相手がいる場合、直接指摘するのではなく、ツールを介することでワンクッション入れることができます。そうすると、叱責(しっせき)されている感じが消え、外部コンサルを入れて問題を共に考えている印象をつくり出すことができます。
とはいえ、失敗マップは実際、どのような点で失敗対策に有効なのでしょうか。
実は失敗のパターンはみんな似ている
今の日本では、おおむね国が定めた指導要領に沿って小学校、中学校、高校と進みます。
そこから一般大学に進学した者は理系・文系の違いこそあれ、前半は同じ体系からつくり出された教養系の課目を履修し、後半でようやく研究室・ゼミといった、その担当教授の個性的な指導を体験することになります。
こうやって、知識、問題の解決法、歴史の認識、文化の受け止め方まで、ほぼ似たり寄ったりに教育されて社会に進出した私たちは、問題を提起されたときに、同じような道筋で解決策を考えるのです。これが、失敗マップが効く理由です。
大きな社会問題として、昨今ようやく認識されてきたものに、リチウムイオンバッテリーの安全性があります。
バッテリーは充電式の家電製品の多くに使われていますが、充電・使用を繰り返していると、だんだん最大充電容量が減り、バッテリーが「もたなく」なってきます。そのため、製品そのものの寿命がきていなくても、数年おきにバッテリー交換が必要です。
あるメーカーの掃除機についても例外ではなく、取扱説明書などには「純正品に交換すること」と書かれています。
しかし、ネットで検索すると、純正品ではないコピー品がすぐにヒットします。それらのコピー品があまりに安価なため、購入者が相次ぎ、コピー品のバッテリーを取り付けて掃除をしていたところバッテリーから発火して火事になる、ということが繰り返されました。
2021年には経済産業省が注意喚起のニュースリリースを出すまでになっています。「自分は正規品や純正品を使っているから関係ない」と考えるのは早計です。もっと身近なところでは、今や誰もが持っているスマートフォン(以下、スマホ)にも、小型のリチウムイオンバッテリーが搭載されています。
実はこのバッテリーが衝撃に弱いことを知っていますか? 「スマホを落とす」ことが、火事につながる可能性もあるので注意が必要なのです。
最近、飛行機や新幹線に乗っていると、バコーンと大きな音がして、「あ、スマホだ」と気が付くと身が縮む思いがします。パソコンは落とさないのに、スマホはよく落とす。とても不思議な現象です。
私はそんなことがないよう、スマホは伸びるストラップで体のどこかに取り付けています。落とさない自信がないのです。
おそらく、「安くてもだいたい同じ性能を備えているだろう」「スマホくらい落としても大丈夫だろう」と多くの人々が考えているため同じ過ちを繰り返してしまうのでしょう。
そう、人々の思考は似ているのです。だからこそ、失敗マップで失敗を分類し、その分類に応じた対策を立てれば、思考のクセに対応しているため、より多くの失敗を防ぐことができます。
昨日の誰かの失敗を、自分・周囲の糧にできる
また、冒頭でも触れたように、失敗マップは自分の失敗を防ぐだけがメリットではありません。チームメンバーのミスによって被(こうむ)る理不尽な被害を防げる、他人のミスに対して建設的な指導ができる、一緒に高みを目指せるというメリットもこの失敗マップにはあると考えています。
つまり、失敗マップをきっかけに失敗対策ができるようになることで、自分だけでなく周囲も成長できるチャンスを創出できるのです。
他人の知恵は、自分の安全を守るために本当に役に立ちます。失敗学会では定期的にフォーラムを開催し、知恵を拝聴する機会を設けています。フォーラムが終了したら懇親会でがやがや話すのですが、中でも、先日のフォーラムの際に元消防士に聞いた知恵には、感心させられました。
その御仁いわく、「入り口が1つしかない構造の店には入らないようにしています。いざというときに逃げられなくなってしまいますから」とのことでした。
それを聞くまでは気にしたことはなかったのですが、聞いてからすぐによく行く店の裏にもう1つ出口があることを確認しました。
またある別の元消防士の方は、1972年の北陸トンネルの火災で救助に出動されたとおっしゃっていました。北陸トンネル(総延長14キロ弱)の中程を走行中の15両編成の急行列車内で火災が発生し、列車は緊急停止。乗客乗員が、煙の立ちこめるトンネル内に取り残されてしまった事故です。
その方は何人もの乗客を救われたとおっしゃっていました。
いわく、「トンネル火災の中を進むときは、トンネルの真ん中を、身をなるべく低くして息を止めて進み、ほほをフッと冷たい空気が触れたら息をするチャンス」とのことでした。火災からの熱気がトンネル内を上り、天井に当たって、両側のトンネル壁を伝って下りてまた真ん中を上るという、左右対称の二重渦をつくるからなのだそうです。
世の中、いつ何があるかわかりません。それでも、日々多くの方々が問題に立ち向かい、時に失敗をしながら知識を蓄積しています。そうした他人の知識を吸収して備えるに越したことはなく、そうした知識の共有にも失敗マップは有効なのです。
例に挙げた災害級の事故への備えや生き延びる知恵でなくても、日常の失敗を何かの形で残し他人と共有していくことで、未来の誰かを助けることにもなるのです。
部下・後輩の指導のツールとしての活用も
本来、職場における「指導」とは、部下や後輩などに成長を促すために必要なものです。
しかし最近はパワハラやセクハラなど、いろいろなハラスメントの関係で、部下に指導するにもどう伝えればよいか、ためらってしまうことが多々あると思います。実際、上司にはそのつもりがなくても、立場的に弱い側が「ハラスメントを受けた!」と感じてしまうこともあるでしょう。
ハラスメントを避けながら指導したい時こそ、失敗マップの出番です。
「このマップを使って一緒に考えてみよう」と声をかけ、出来事を一緒に見直す機会を設けてみましょう。マップの作成を通して、建設的・客観的にミスを振り返ることができます。
この過程で、部下や後輩が今、何に悩んでいるのかがわかったり、必要とするサポートが見えたりするかもしれません。すると、失敗への対策がその場で明確化できるだけでなく、「じゃあ今度からは、この作業前には相談する機会を必ず設けよう」といった指導ができるようになります。
もしかしたら、マップをつくってもつくらなくても、指導内容は同じ「この作業前には相談する」だったかもしれません。それでも、マップをつくるプロセスによって、上司側だけでなく部下も一緒に考え、その思考を視覚化することができます。アプローチが変わることで、失敗やミスへの振り返りをハラスメントだと感じる部下も減るでしょう。
また、マップは文字ではなく、絵の一種です。絵には、文字以上に、人間の意識に直接働きかけてイメージを膨らませてくれる力があります。
私は、東京大学などで、工学部の「創造設計」という授業を担当してきました。この授業は、「何か世の中の困り事や、それ自体が存在していない便利な機能にいち早く気が付いて、それを解決する機械を自身の創造性を発揮して設計する」というものなのですが、その中でも自分たちが考えている機械を絵にすることを重要と考えています。
みなさんも子どもの頃に、自分が見たり想像したりしたものを絵にすることに喜びを感じたことはありませんか。失敗マップで一度、文字ベースの思考から離れて絵ベースで思考できれば、いざ失敗が起こりそうになった場合にも直感が働いて、マップを生かして回避・改善することができるようになるはずです。
飯野謙次著/日経BP/1980円(税込み)



