「忙しくて本が読めない」と、嘆く人は少なくありません。しかし、働くことと読書することは両立しないのでしょうか。本連載では、働きながら本が読める社会をつくることを目指す文芸評論家の三宅香帆さんが、働きながら読書する日々を綴り、「働いているからこそ面白く読める本」を紹介します。1回目のテーマは「2024年の私たちを考える」本です。
12月某日
忙しい。信じられない。忙しい。
つい心の一句を詠んでしまう。年の瀬だもの。年末進行が重なるこの時期、忙しくなってしまうのは仕方がない。しかしできるだけ「忙しい」と他人に言いたくないので、心に一句にとどめておきたい。…ハッ、この読書日記は公開されるんだった。他人に言っていることになるではないか。私は日ごろからひとりで誰にも見せない日記を延々と書いているタイプの人間なので、「日記」という形式だと、普段の原稿よりもつい油断してしまう。「日記」は人に見られていないだろう、という安心感の下で書いてしまうのだ。
日経BOOKプラスという、一生懸命、熱心に働いている方が数多く読んでいそうな媒体で、読書日記を連載することになった。働くことに熱心な人が、果たして、読書の日記を読みたがるんだろうか…? と無限のハテナが頭に浮かんでしまう。不安になってきた。しかし一方でこうも思う。「いや、私だって働きながら、読書してるんだよな!」と。
働くことと読書することは、私にとっては両立し得ることである。しかし、どうやって両立しているんだろう、と自分でも疑問に思うことはある。この連載では、私の働きながら読書する日々について綴りながら、むしろ「働いているからこそ面白く読める本」を紹介していきたいなと思う。
働くことと読書することは、両立する。いや、むしろ働いているから読書が面白くなる、という側面は大きい。これについて書くには今日は枚数が足りない。明日の議題に回そう。最後に私の心の声かも? と思うようなタイトルの本を紹介して今日の日記は終わろう。『 疲労社会 』(ビョンチョル・ハン著、横山陸訳/花伝社)である。
2023年に読んだ本の中でも1、2を争うくらい興奮した本だった。いわく、現代は「疲労社会」状態に陥っている。それは決して誰かに強制されて疲れてしまっているわけではない。私たちは、自分で自分を忙しくして、自分で自分を疲労させる社会に生きているのだ。 なぜそのような社会になってしまったのか? それは韓国生まれでドイツ在住の哲学者である著者が『疲労社会』で解説してくれている。「疲労」を感じている人にこそ読んでほしい一冊だ。
12月某日
なぜ働いているのか? そう問われれば、私は間違いなく「面白く本を読むため」だと答えるだろう。
私は2022年までIT企業で働いていたのだが(副業で書評の仕事をしていた)、なぜ国文学というドメスティック文系分野の大学院から、東京のIT大企業という、真逆の場所にキャリアを進めたのかというと、ひとえに「IT企業に勤めたほうが、読める本が増えそうだったから」なのである。…まあ、あとIT企業は副業に寛容そうだという思惑もあった。
日本人の中で「サラリーマン」はマジョリティーである。だとすれば私も一度はサラリーマンを経験しておいたほうが、実感を持って読める本が増えるのではないか。サラリーマン小説を面白く読めるのではないか。そんな欲望から就職活動をしていた。
今やっている物書きの仕事も、やっぱり物書きの仕事をしていると、たくさん本を読めてうれしいなあ~という感情が根底にある。本の情報も得やすいし、自分が本を書くとなると、また違った視点で本を楽しめる。私が働いているのは、本を読むためだ。
しかし、そういうふうに、ある意味「自己実現」的な側面ばかり仕事に見いだしていると、忘れそうになる。――働くのは、お金のためだ、ということを。
『 時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。 』(和田靜香 著、小川淳也取材協力/左右社)は、国会議員とライターの対話によって作り上げられた書籍である。タイトルにもあるように、「労働と賃金」の問題についてかなり深く、分かりやすく掘り下げている良書。面白かった。
政治家とライターの語りはさまざまなジャンルに及ぶ。例えば「これだけ高齢者が増えているのに、なぜ定年制はなかなか撤廃されないのか? 雇用の年齢制限があるのか?」という問いに対して「退職金を優遇する退職課税が存在していること」や「以前は労働組合が大きな影響力を持っていたからこそ労働者の権利が守られていたが、現在では労働組合が形骸化してしまっていること」などの歴史的背景を踏まえた回答がなされる。
政治や経済の問題は、「従来とは人口構成や慣習が変わってきているのに、制度が変わっていない」ことによって生まれる問題がとてもとても多い。そのことを、本書を読む中で私は痛感した。だとすれば若い世代が、自分の目の前の仕事を頑張るだけではなく、政治や経済という「社会制度」の仕組みに関心を持つこともかなり重要なのだろうな、と思う。忙しい中で大変なことかもしれないが、本書がその関心の一助になるといい。
12月某日
それにしても、忙しい。連載の初回からこんなことばかり言っていて大丈夫なのだろうか。しかし忙しいのは私だけではない。同世代はみんな忙しそうだ。12月だから仕方ないのか。だがそんなことを言っていては、少子化なんて止まらないよな…とニュースを見ても思うし、『 なぜ少子化は止められないのか 』(藤波匠著/日本経済新聞出版)を読んでもやはり思った。
アラサーの私世代にとっては切実な問題だ。少子化。私は年が明けて2024年、30歳になる。が、周囲を見渡しても、同世代で妊娠・出産まで至っている子はそこまで多くない。最近結婚ラッシュがやってきたから、もうあと数年したら出産ラッシュなんだろうか?
それとも結婚したがDINKs(=Double Income No Kids、自分たちの意思で子どもを持たない共働きの夫婦)のままでいる、という選択を取る人が多いんだろうか? 私には分からないが、どちらにせよ『なぜ少子化は止められないのか』を読んでいると「とにかく子どもを産みたい人が産みづらい社会であることは確かだよな…」という思いを新たにする。
出産すると、どうしても子どもを産む以前と同じようなキャリアを紡ぐことは難しくなる。それは働く女性にとって身を切られるような痛みではないだろうか。それまで頑張ってきたことが、出産によって突然取り上げられてしまうのだ。無理だろう、そんなの。「や、じゃあ産みません…」と思うほかない。
保育所の整備や子ども手当といったサポートも重要だが、根本的には『なぜ少子化は止められないのか』が提言するように、経済成長と企業の協力が不可欠だろう。夫が永遠に働いている中で妻のキャリアを断念しないなんて無理だ。夫の働き方を企業に変えてもらうしかない。『なぜ少子化は止められないのか』はたくさんの人に読まれてほしいし、同書を読んだ企業の人たちには日本人の働き方を変えてもらいたいところである。本当に。
2024年はどんな年になるんだろうか。忙しい人も多いかもしれないけれど、働く人が少しせも本を読む余裕を持つことができる社会に近づくことを願っている。この連載のこともひとつよろしくお願いします。
それでは皆様、2024年もどうぞよろしく。



