「仕事と読書を両立するのは難しい」。でも、だからこそなんとかしたい!と思っている人も多いのではないでしょうか。働きながら本が読める社会をつくることを目指す文芸評論家の三宅香帆さんが、働きながら読書する日々を綴り、「働いているからこそ面白く読める本」を紹介します。2回目は「お金について考える」3冊を取り上げます。
1月某日
新NISAがスタートし、ニュースでお金の話題が盛り上がっている、といってもお金の話題は他人と共有するのが、非常に難しいものであると思う。新NISAの話題をするにしても、投資枠を満額埋める(だけの経済的な余裕がある)のか、そもそも投資に対して相手がどれくらいガチ勢なのか空気を図りかねる。時には資本主義や株式投資という枠組みそのものに対して否定的な人がいることもあり、現代では非常にセンシティブな話題である。
我々世代では、他人の「政治、宗教、応援球団」はセンシティブな話題だからあまり深掘りしないという空気感が強いが、正直現代においては「投資、貯金、資本主義」に関する信条こそ人と話すの難しくない? と思う今日この頃。
そんななかでも、投資についてセンシティブでない方向性で人にお薦めできるなあと感じる本が、山崎元・水瀬ケンイチ著『 全面改訂第3版 ほったらかし投資術 』(朝日新書)。わかりやすく、安全で、貯金額に関係なく新NISA対策として入門書におすすめの一冊。
先ごろ亡くなられた山崎元さんの評論家としてのスタンス、本当に素晴らしいと思っていた。評論家として、大衆に分かりやすく、本当にお薦めできるものを広め、初心者にはリスクが高い商品や不要なものはバッサリ断ち切る。もちろん応用編の知識を得るには十分ではないかもしれないが、それはその分野に興味を持った人が調べればいい。重要なのは入門であり基礎である、ということを山崎さんはよく分かっていた。彼の著作を読むたびそう思う。なにより山崎さんのnote、とても面白かったのだ。
1月某日
めちゃくちゃ面白い小説を読んだ。チャン・リュジン著、バーチ美和訳『
月まで行こう
』(光文社)。韓国のメーカーに勤務する女性会社員3人が暗号資産(仮想通貨)にハマる話である。スカッと爽快で、テンション高く読めて、だけどハラハラする場面もたくさんあり、エンタメ小説として最高の一冊だった。本当に、どうしてこんなに面白いんだろう! とドキドキしながら読んだ。
特に私が好きだったのは、主人公が自分の手取りではこれくらいの部屋しか住めないのだ、と嘆きつつ夢を見る場面。水があふれて、泡だらけになる夢、私も同じような夢を見た気がする、とぼんやり思った。働く女性なら絶対に楽しめる小説だと私は思う。いろんな人に読まれてほしい。
もう、ロマンスよりも夢よりも、お金がほしいよなあ、分かるよ、と思いつつ読んでいた。ロマンスするにも夢を見るにも、お金がないとやっていけないから。日本にも早くこういう、「若い女の子のお金小説」が誕生してほしい。
次に印象的だったのは、3人女子グループで、暗号資産を早くから始めた2人と、暗号資産なんて怖いし詐欺ではないかと言って手をつけようとしなかった1人で、仲たがいする場面である。女子3人グループで、お金の使い方をめぐって2対1に分かれるなんて、考えただけで切なくなる。しかしすごくありそうな話だ。
お金というのは、ただの単位のはずだが、社会的評価の表れのような気がどこかしてしまう(少なくとも私の場合は)。だからこそ給料が上がったり、預貯金が増えたりすると、うれしい、という面もあると思う。
単純に自由に使えるお金が増えるからうれしいというだけではなく、お金には評価の軸という一面もあり、金額はその結果でもある。だからこそうれしいという面が確かに存在しており、そこがお金の話を他人と共有する難しさでもある。しかし『月まで行こう』は女子同士で暗号資産の話をキャッキャとする様子が楽しそうで、心強い。
投資のいいところは、お金の社会的評価という側面をある意味解除できるところではないだろうか。資産額が、個人への評価ではなく、ただの個人の「ゲーム」の結果になるということだ。
1月某日
『月まで行こう』を読みおわり、働く女性の小説が読みたくなって、高殿円『
上流階級 富久丸百貨店外商部
』(小学館文庫)シリーズを読み返す。芦屋の百貨店の外商部を舞台にした、さまざまな富豪のお買い物を覗き見ることができる、大好きな小説。読むとなんだか元気になる。何度も何度も読み返している。とくに富豪の皆様方の買い物も楽しいけれど、主人公たちの住んでいる家のリッチさも読んでいて楽しい。
そういえば、投資の話はしづらくとも、買い物の話はみんな大好きだよなあ、とぼんやり思う。もちろん私だって好きだ。何を買ったか、なぜ買ったか、買い物にまつわるストーリーはいつだって心を打つ。こないだ読んだ雑誌『BRUTUS』の「人生最高のお買いもの。」特集も面白かった。
買い物話のいいところは、金額を超えた価値観について共感できるところにある。高価なものを買ったとしても、誰ひとり「高価だから買った」なんて説明はしない(当たり前だ)。「高価だけど、自分はこういう価値を感じて、こういうストーリーをここに見出して、買ったのだ」と言う。買い物とは自分の資産と商品の交換なわけだが、金額以上の価値をそこに見出したからこそ、買うのだ。その価値観を知ることができるのは、楽しい。
しかし、貯金額やいくら投資したという話題は、価値観の部分ではなく、むき出しで資産の話をすることになる。だからひるんでしまい、他人と話しづらいのだろう。
『上流階級』シリーズは、働くとは何か? 買うとかは何か? という問いを突き詰めた小説だ。そういえば働くこともまた、資本と労力を交換する行為だ。同じ労力をかけるなら、いくらもらえるのか、どういう労力の掛け方ならストレスなく日々を送ることができるのか。私がお金の話や労働の話を小説で読むことが好きなのは、それがむき出しの人間らしさを表現する装置だからなのかもしれない。



