400年以上前に設立された東インド会社は、現代的な意味での株式会社の特徴を備えてはいなかった。しかし、企業家たちが資本を持ち寄って法人格を獲得して事業を展開したという点では人類史上画期的なことであり、その意味で「最初の会社」と言うことができる。法人(会社)とは何か? なぜ法人が生まれてきたのか? 『会社と株主の世界史 ビジネス判断力を磨く「超・会社法」講義』(中島茂著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。

法人って何?

 私は小学生のころ、近所の大学生のお兄さんと散歩していたとき、「法人って何?」と無邪気に聞いたことがあります。目の前に「学校法人○○学園」と大きく書かれた看板があったからです。漫画のヒーローで有名な「鉄人」や「超人」は分かるのだけれど、「法人」は見当もつきませんでした。

 お兄さんはちょっと黙ったあと、「法律の上では、人だということだよ」と教えてくれました。私はまだ分かりませんでした。が、“それ以上、聞いてはいけない”と思い、質問しませんでした。

 東インド会社は、1600年の末に世の中に登場しました。以来400年以上の時がたちます。が、今日に至っても、法人は世の中で理解されているとは言えません。

 例えばB社の営業部長である甲が、ライバル会社Aの営業秘密を不正に盗み出し、逮捕、送検されたとします。背景には悪質な企業姿勢があったとしてB社も送検されました。その場合、マスコミは必ずと言っていいほど、「甲部長とともに法人としてのB社も書類送検された」と報道します。

 B社が法人なのは分かりきったことのはずですから、「甲部長とともにB社も書類送検された」とだけ、シンプルに書けばよさそうなものです。なぜ、わざわざ「法人としての」と注意書きを付けるのでしょうか。それは、「会社は法人だ」ということが、私たちの日常生活のレベルで十分には理解されていないからです。

(イラスト:中島茂)
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「法律の上では人である」とは?

 教科書には、「法人とは、自然人以外で、自然人と同じように、法律上の権利・義務の主体となることを認められているもの」と定義されています。お兄さんが「法律の上では人だということだよ」と説明してくれた言葉は正しかったのです。

 けれども、この説明だと、自然人というのが、まず分かりません。ここに言う自然人とは、“自然を愛する、純粋な魂を持った人”といったロマンチックな意味ではありません。生身の体を持った私たち人間のことです。

 私たち人間は、自分の名前で銀行からお金を借りて家などを買うことができます。これを法律的に表現すると、私たちは、銀行に対して弁済の「義務」を負い、家を買って所有権という「権利」を得ることができる、ということになります。

 これと同じように、会社は銀行から借り入れができ、建物などを買って所有権を得ることができます。会社は法人だからです。「法人は自然人と同じように、権利・義務の主体となる」とは、このことです。

法人はなぜ必要なのか

 なぜ法人という制度が必要なのでしょうか。その理由について教科書では、複数の人で共同事業をするときに「法人制度があると便利だから!」と説明されています。

 そこで、この点を理解いただくために、佐藤さん、高橋さん、山本さんの3人の共同事業を設定します。自動車好きの3人で自動車整備事業を始めようと意見がまとまり、パートナー契約を結びます。設備費や光熱費、従業員の賃金などは平等で負担し、利益も平等で分配する、という契約です。

 しかし、事業を始めるため整備工場用建物の購入資金を借り入れようとするときに不便なことが起こります。「佐藤・高橋・山本」という3人の連名で口座を作ろうとしたら、銀行が「連名口座はお受けしていません」と難色を示したのです。

 仕方なく、高橋さんの単独名義で資金を借り工場用の建物を買えたとします。3人平等ですから、連名で不動産登記を済ませました。その後、事業用資金が必要となったため、整備工場を担保に入れようとするとまた不便なことが起こります。整備工場は3人の共有ですから、全員そろわないと抵当権の設定はできません。また、建物の修繕などは過半数である2人が賛成しないとできません。

 ところが、株式会社を設立すると、状況は一変します。資本金は1000万円とし、年上の高橋さんが400万円を、佐藤さん、山本さんがそれぞれ300万円ずつを出し合いました。3人が取締役となって取締役会を作り、高橋さんが社長になりました。「取締役会のある会社では監査役を置かなければならない」のが法律上のルールです。そこで、経理に詳しい山本さんの奥さんが引き受けてくれました。

 株式会社となったおかげで、会社の名前で銀行口座を開けます。会社として借り入れもできます。不動産登記もできます。整備工場を担保に入れることも、取締役会で決議すればできます。まさに自然人のようです。たいへん便利ですね。

 教科書的には、法人の必要性についての説明は「以上で終わり」です。法人を設立することを「法人格を取得する」といいますが、法人格があると、ビジネスはとても便利になるということです。

法人とは「法律の上では人だ」ということ(写真:Johannes/stock.adobe.com)
法人とは「法律の上では人だ」ということ(写真:Johannes/stock.adobe.com)
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法人は自由につくれるわけではない

 「便利だ!」というだけなら、時代のニーズに合わせた多様な法人を自由に設立してよいはずです。ところが、日本をはじめ多くの国々では、法人を設立したい人は法律に基づいて設立の申請を行い、国による確認を受ける制度になっています。

 日本では、民法が、「法人は、この法律(民法)その他の法律の規定によらなければ成立しない」と、かっちりと定めています。この原則は、一般には法人法定主義と呼ばれます。「法で定められている場合しか法人は設立できない」という意味です。

法人の本質を知るカギは定款と公証人

 株式会社、一般社団法人などは、設立に際して組織の根本原則を「定款」という文書にまとめて「公証人の認証」を得る必要があります。なぜ公証人の認証が必要なのか。そこに法人の本質を知るカギがあります。

 法人と並んで定款もまたなじみの薄い言葉です。よく、「定款は会社の憲法のようなもの」と説明されます。しかも法律では「法人は…定款その他の基本約款で定められた目的の範囲内において、権利を有し義務を負う」のが大原則と定められています。目的の範囲の外では権利を持てないし、義務も負わない。よく分からないながら、とにかく定款はとてつもなく重要な規則のようです。

 皆さんにとって、もっとなじみのない言葉は公証人ではないでしょうか。公証人法による正式の名称で、オフィスは公証役場と呼ばれます。本来は、国王、教皇(ローマ法王)が作成すべき正式文書を、それに代わって作成する権限を持つ高い権威を持った職業として誕生した、実質的には公務員です。ただ、公証役場というオフィスを構え、文書作成など事案ごとに依頼者からサービス料を受領するシステムであるため、「公務員」と言い切るのがためらわれるのでしょう。

 なぜ法人の設立には、このように国家が関与するのでしょうか。「会社の憲法だ」と言われるほど重要な定款について、なぜ、公証人という権威ある人の認証を受けなければならないのでしょうか。その答えは法人誕生のエピソードの中にあります。関与どころか、国家こそが法人の生みの親でした。

法人が生まれた日──東インド会社の登場

 1600年12月31日、英国王エリザベス1世は、ロンドンの企業家たちが設立した東インド会社に特許状をもって「東インド貿易の独占権」を与えました。それ以前にも「モスクワ会社」(ロシア会社)がありましたが、大規模な活動を行い、英国の歴史に大きな影響を与えていくのは、東インド会社です。東インド会社が設立されたときが、実質的に法人が生まれた日と言ってよいでしょう。

 設立当初の東インド会社は、企業家たちが資本を持ち寄って法人格を獲得したという点にきわめて大きな意義があります。ただし、当初は株式会社と言える存在ではありませんでした。

 現代的には、株式会社の特徴は、(1)法人格があり、権利義務の主体になれること、(2)構成員である株主が有限責任であること、(3)株主の立場は自由に譲渡できること――の3点です。東インド会社は当初、(1)と(3)はまだ備えていません。しかし、企業家たちが資本を持ち寄って法人格を獲得して事業を展開したという点では人類史上画期的なことであり、その点で「最初の会社」と言うことができます。

英国東インド会社の時代まで遡り、会社の存在意義と経営のあり方をめぐる株主・社会と経営者・時の権力者とのせめぎ合いの歴史を、数々のエピソードとともに追跡。現代ビジネスにとって重要な様々なテーマから、今日的な経営課題をクローズアップする。

中島茂著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)