英国で東インド会社が設立された背景には、国家の運営資金を必要とする「国王側の差し迫った事情」と、魅力に満ちたビジネスを渇望してやまない「企業家たちの情熱」があった。そして、国家から与えられた貴重な特許(独占権)という「宝物」を長く保存できる、永続性ある「入れ物」として法人制度が考え出された。『会社と株主の世界史 ビジネス判断力を磨く「超・会社法」講義』(中島茂著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成してお届けする。
欧州の弱小国家だった英国
英国で東インド会社が設立された背景には、国家の運営資金を必要とする「国王側の差し迫った事情」と、魅力に満ちたビジネスを渇望してやまない「企業家たちの情熱」とがありました。両者の願望の接点から東インド会社が誕生するのです。
16世紀後半のヨーロッパでは絶対王制が始まっていました。国王の強力なリーダーシップのもと、商業を発展させ富を獲得することに懸命で、当然、莫大な運営資金が必要でした(重商主義)。さらに15世紀末には羅針盤が実用化、造船技術も発達し、大航海時代が始まります。重商主義の行き先が海外へと向かうのは自然なことでした。
当時、英国はまだ弱小国家で、官僚制度も常備軍も十分には備えていません。そうした中で、他の列強国に「追いつき追い越せ」の時代に突き進んでいたのです。ここで起こったのがスペインとの対立に基づく戦争(アルマダの海戦)です。国庫収入は30万ポンド(約80億円)くらいで、海軍はできたばかりという状況の英国が、「太陽の没するところのない帝国」スペインの「無敵艦隊」に立ち向かえるとは、誰も思いませんでした。
ところが、海戦は英国の圧勝に終わります。理由は決戦が大西洋で行われたことにあります。スペイン艦隊は波の穏やかな地中海でオスマントルコの海軍とばかり戦っていました。これに対して、英国海軍は波の荒い大西洋でスピードを持った海戦の経験を積んでいたのです。この戦いで英国は一躍、世界の舞台に躍り出ました。
とはいえ大国スペインが一度の敗戦で国力を失うはずがありません。実際、無敵艦隊はすぐに再建されます。エリザベス1世は、来たるべき「次の戦い」に備えて国家の運営資金を獲得しなければなりません。これが国王側の差し迫った事情です。
エリザベス1世がとった「特許政策」
皆さんは「資金が必要なら、税金を徴収すればよいではないか!」と思われることでしょう。しかし、英国にはマグナ・カルタ(大憲章)といって、「国王といえども、議会の承認なくしては課税できない」という伝統的な原則があるのです。この原則は現代にも引き継がれ、「租税法律主義」と呼ばれています。議会が承認しない限り課税はできないという民主主義の基本となる考え方です。
「資金は喉から手が出るほどに欲しい。だが、勝手に課税はできない!」。エリザベス1世が置かれていた過酷な状況です。
そこでとった方策が「特許政策」でした。特許とは、国王が行政権(立法・司法以外の国家権力)の行使として特定の人に独占権を与え、その代わりに対価を徴収することです。広く国民一般を対象とするなら議会の承認を得て法律の形にしなければなりません。しかし特定の人への「個別的な権利」の付与なら、行政権の行使として国王限りでできます。特許料は税金ではない! ここがポイントです。
この政策は考え抜かれた戦略でした。エリザベス1世は特許を与える特定の者に対しては「特許状」(チャーター)を交付しました。チャーターとは「特定の者に権利や自由を与える文書」という意味で、東インド会社設立をきっかけに独占の範囲を律する重要機能を持ったことから、会社の「定款」の意味も持つようになります。
エリザベス1世による特許の特徴は、(1)行政権(国王)によって独占権が与えられること、(2)独占権の侵害者には損害賠償、刑事罰など法的ペナルティーが課されること、(3)ペナルティーの範囲を広く国民に示すため独占権の内容が公開されること、(4)誰かが独占権を持つことは他の人々にとって迷惑なので期間限定であること、(5)特許権者は特許権料として行政権(国王)に利益の一部を納付する義務を負うことです。
この政策の基本的なポイントは、今日の発明特許にそのまま引き継がれています。違うのは対象範囲の広さです。少しでも国庫収入が欲しいエリザベス1世は、干しぶどう、塩、トランプ・カードなど、きわめて広く特許状を発行して独占権を与え、その数は40品目に達したと言われます。
会社という「器」には人々の夢と情熱が積まれていた
さて、企業家側の事情です。
15世紀後半、アフリカの南端を回って東インドに達する航路「喜望峰ルート」(東インド航路)が、ポルトガルによって開拓されます。当時、中東を通る陸路「キャラバン・ルート」はオスマントルコに支配されていて通ることができませんでした。
これを契機に、ヨーロッパの企業家たちは、競って東インド貿易の実現に向けて動き出します。その情熱の対象となったのは、輸入面では胡椒(こしょう)などの香辛料と、シナモン、ナツメグなどの香料です。特に香辛料のニーズは切実でした。当時は牧草や飼料を発酵させて保存するサイロの技術がなく、仕方なく牧草が枯れる冬には家畜を食肉にしていました。長い冬の間の保存料、調味料として胡椒などは必需品でした。
香辛料は英国では生産できません。今では想像できないほど貴重なもので、中世末のヨーロッパでは「風で飛び散らないように窓を閉めて、大商人が胡椒粒を1粒、また1粒と、ピンセットで数えた」と言われます。
危険な東インド貿易に乗り出そうとする企業家たちの情熱の根底には、英国民の食生活を改善し「人々の役に立ちたい」という企業家魂がありました。もちろん、成功すれば莫大な利益が見込まれました。人々に奉仕したいという情熱と利益を獲得したいという願望から「会社」が、そしてやがては「株式会社」が生み出されていったことは、「これからの株式会社」を考える上で非常に重要なポイントです。
「独占」はすべての企業家の夢
「市場を独占すること」は事業を行うすべての人にとって「夢」です。ビジネスとは、消費者に対して商品・サービスを提供して収益を上げることですが、そのためにはライバル事業者と品質と価格で厳しい競争をしなければなりません。
品質で勝負するには、消費者のニーズを読み、それに応えるため絶えず技術革新を中心にイノベーションを行う必要があります。大変な投資、努力、不屈の企業家魂が求められます。価格で競争するにはコストを少しでも下げる工夫が求められます。
もし市場を独占することができたら、ビジネスは本当に楽です。多少品質が悪くても、価格が高くても、それしかないのであれば、消費者は延々と同じ商品・サービスを買い続けてくれるでしょう。しかし、独占は消費者にとっては大変な迷惑です。商品・サービスは次第に確実に質が悪くなり、価格も限りなく上昇します。
現代では法によって厳格に規制され、行政処分や刑事罰の対象となる可能性すらある独占行為を、特許という形で堂々と認めていたのが、エリザベス1世の特許政策です。
国王側の、特許料の徴収で少しでも国庫収入を増やしたいという差し迫った事情と、危険ではあるが莫大な利益を見込める東インド貿易を行い、できれば独占したいという英国企業家たちの「情熱」とがピタリと合致したところで、東インド会社設立の動きが具体的に始まります。
企業家が求めた「永続性」
夢のような独占権も、永続性がなければ意味がありません。素晴らしい権利を一度獲得したら、子や孫の代まで永く存続させたいという願いです。「もし東インド貿易について独占権を得られたならば、それを半永久的に存続させたい」。企業家たちの願望は果てしなく広がります。
ところが、それまでは共同事業を行う方法としては、当事者がお互いの信頼関係に基づいて共同事業を行うパートナーシップ契約しかありませんでした。第1回「 法人って何? ビジネスがとても便利になる効果が発生 」で説明した、佐藤さん、高橋さん、山本さんの3人が共同で自動車整備事業を行う事例を思い出してください。「車を愛する者同士」という3人の相互信頼関係があればこそのパートナーシップ契約です。
ですから、もしパートナーの誰かが亡くなったとき、その相続人が自動的に立場を引き継いで共同事業に参加してくるのは困るのです。残っているパートナーたちと相続人との間には何の信頼関係もないからです。パートナーシップ契約は長くても一代限り、それも相互の信頼関係が続いている期間だけに限られます。
「半永久的」に独占権を確保したいと切望する企業家たちとしては、一代限りのパートナーシップ契約では困ります。「なんとか半永久的に続く組織を作りたい」。東インド貿易を目指す企業家たちが考えたのは、自分たちが資金を出資して、その出資者の立場を相続人に引き継がせることです。また、出資者たちがお互いに納得するのであれば、特定の承継者に引き継がせることも可能にしたい。そうした組織を作れば、相続人、承継者がいる限り、半永久的に組織は続きます。
株式会社(法人)の原型が生まれる
その永続性を持った組織は、個々の出資者やその相続人・承継者の移り変わりとは関係なく、1つの組織体として存続し続けます。まるで組織それ自体が1つの生命体のようです。それが法人です。独占権という企業家にとって至高の宝物を入れる宝箱、「入れ物」として法人が考え出されたのです。引き継がれていく「出資者の立場」は構成員(メンバー)と呼ばれることになります。
企業家たちの胸には、「女王陛下は東インド貿易の特許権については、慣例に従って『期間限定』をお付けになるだろうが、きっと更新してくださるに違いない!」という確信に近い期待がありました。女王が国家の運営費用を必要とする状況は、半永久的に変わらないからです。エリザベス1世としても、国庫収入を維持し続けるために、東インド貿易の特許権の更新を認めて継続させることに異存はありませんでした。
法人制度は、このように国家から与えられた貴重な独占権という「宝物」を長く保存できる、永続性ある「入れ物」として考え出されました。その後、独占権に対する批判が次第に強まり、独占権の入れ物としての性格は今日ではなくなりました。その結果、現代では「パートナーシップ契約より便利」という点だけが残っています。
けれども、国から与えられた貴重な独占権を入れる入れ物であったという法人誕生の事情は、今日に至るまで、「定款」「公証人の認証」「法人法律主義」などに、色濃く影響を残しています。生い立ちのエピソードを抜きにして、法人制度や株式会社について理解することはできません。
中島茂著/日本経済新聞出版/2420円(税込み)


